旅のプラズマ

これまで歩いてきた各地の、思い出深き街、懐かしき人々、心に残る言葉を書き綴る。その地の酒と食と人情に触れながら…。

ブログは意味があるか(2)

2009-02-28 12:51:40 | Weblog

 ブログを始めた動機のひとつに、出版したばかりの『旅のプラズマ』を宣伝しようという思いがあった。折角出したのだから少しでも多くの人に知ってもらおうと思い、不特定多数の目に触れる可能性のあるブログを使おうと思った。だから始めた当初は本の目次に沿ったテーマが多い。そのテーマを取り上げた趣旨とその裏話的な記述を続け、この2年でほとんどのテーマに触れた。
 そのような点からすると、その役割は既に終わった。

 もう一つの狙いは、『旅のプラズマ』に書かなかったこと、特に意識的に書かなかった「酒に関する話」を書こうと思ったことだ。これで『旅のプラズマ』を補完しながら、願わくば『旅のプラズマ パートⅡ~世界の酒と食』をまとめようという狙いだ。
 過去の旅の蒐集物などをめくりながら、これまで回った国々の酒の話を書いていくのは楽しかった。しかしこれとて一応書き終え、『世界の酒と食』をまとめようと思えば可能ではある。つまりこれも終わったと言えなくも無い。もちろん、今も旅は続けているので、題材はこれからも続くが・・・。

 そして何よりも、これまでの旅の記録をまとめたり、酒について書いたりするのが主眼であるなら、何も公開することは無いだろうと思う。つまりブログである必要は無い。いくつかのコメントやご意見で勉強になったことはあったが、それとて、いつ来るかどうかも分からないコメントなどに期待するより、確実な批評や意見を受ける方法はいくらでもある。
 
やはりブログに意味は無いのではないか?

 しかし、書いてきて良かった点も何かあったのではないか?
 止める前にそれくらいは考えてみよう。
                         


ブログは意味があるか

2009-02-26 21:12:14 | Weblog

 世間を騒がす様々な事件の背景の一つとして、ケ-タイをはじめとしたネット環境の問題がある。特に中小学校生たちの不良化やいじめなどに、このネット環境が悪い役割を果たしているのであろう。
 インターネット技術自体に何の罪も無いが、それを使う人間が、規範的にも道徳的にも追いついていないので、悪い面だけが浮き彫りになってくる。事実、先行きに大きな不安を抱かずにはいられない。

 今朝もそのようなニュースを見ながら、ワイフに「貴方もブログに、家庭内のことなど変なこと書かないでよ。書き込みなどされて問題にならないように注意してね」と言われた。
 全くそのとおりかもしれない。一瞬にして世界を飛び交う通信網に載るわけだから、何が起こるか全くわからない。
 それを思うと、ブログなんて意味があるのかと思い始めた。私などは、全く一方的に発信しているだけであるので、それならば何も公開することは無いのかもしれない。「公開日記」の日記に重点を置くならば、なにも公開することはなかろう。対象を設けて論争でもしようというのなら、それは日記ではなく別の目的を持つことになる。
 私のブログなんて、一日の訪問者は80前後で、コメントなど2~3の人がたまにくれる程度で、特に意見を交わしているわけでもない。どうも公開の意味はなさそうだ。
 ここはじっくり、止めるかどうか考えて見よう。
                            


悲しき日本政治

2009-02-24 17:31:23 | 政治経済

  約一月前の128日の本稿で「悲しき日本酒」という記事を書いたが、日々の政治状況を見るに、酒のあり方を嘆いているような生易しい場合ではなさそうだ。

  総理大臣自身が、あれほど鳴り物入りで行った郵政民営化を、当時の閣僚でありながら「俺は反対だった」などと無責任なことを言い始め、予算審議の真っ只中で提案責任者たる大臣が酔っ払って酩酊記者会見を行う有様だ。あの酩酊振りはまさに「悲しき日本酒」そのものだ。幸いにして飲んだのはワインのようであるが、G7後のローマという世界のヒノキ舞台でそれを演じる感性は、不見識とか常識外れとかいう一般国民のものさしからも遥かに外れた水準ではないか。

  当然のことながら各紙の世論調査では内閣支持率は10パーセントすれすれに落ちてきた。それを見た自民党幹部が「ああ、よかった。まだ二ケタあった」と言ったそうだが、これも一般国民が持っているものさしでは測れない感覚だ。不支持率80パーセントというのはかつてない高い数字と聞くが、問題はそれでも辞めない、ということだ。この感覚も、もちろん測るものさしを持たないが、こんな事態は外国では余程の独裁国家でしか通用しないのではないか?

  国民の80パーセントが支持しないというような状況になれば、本来は8割の国民なりその代表なりが国会に押し寄せ、即時退陣せよと迫るのではないか? そのような動きを微塵も見せない国民の従順さを熟知しているので、国会で茶番劇を繰り返し、政党内では責任を擦り付け合って、「どうすれば選挙に勝てるか」など国民不在の政局のみに身を委ねているのであろう。

  かく言う私も、国会に押しかけるわけでもなく、「悲しき日本酒」などと酒のあり方を嘆いているのだから、水準において大した差はないが・・・。
                                                         


フルネット社の『地酒人気銘柄ランキング』

2009-02-21 15:09:47 | 

 楽しみにしていたフルネット社の『地酒人気銘柄ランキング』を手にした。これは同社が2年毎に発行する本で、日本酒を、純米大吟醸酒、大吟醸酒、純米吟醸酒、吟醸酒、純米酒、本醸造酒の6部門に分け、それぞれにつき、厳選された全国100店の名酒居酒屋が投票により選んだ酒を順位付けたものである。
 一部の人によるテイスティングなどにより選ばれたものでなく、全国各地で毎日日本酒を提供している飲み屋さんが選んだものだけに、現場でどのような酒が飲まれているか、つまり現時点の日本人がどのような酒を好んでいるかを示すものとして、極めて貴重なデータであると思っている。

 冒頭の「発刊にあたって」によると、前掲の6部門にわたり「408銘柄、1,008商品を掲載していますが、前回登場した318商品が姿を消し、新しく505商品が登場していることからも、その競争の激しさを知ることが出来ます。」とあるので、日本酒の総消費量は減少傾向を続けているが、残った中では(平成19年度で369万石――ピーク時の4割弱)厳しい質の競争が行われていると言えるのであろう。
 ところが、そのような厳しい競争の中にあって、上位を占める銘柄がほとんど変わってないということに驚いた。例えば、部門別第一位の銘柄を2年前と比較してみると、純米大吟醸部門が「久保田万寿」から「十四代愛山」(前回3位)に代わっているが、大吟醸は「黒龍しずく」、純米吟醸は「〆張鶴純」、吟醸酒は「十四代吟撰」、純米酒「田酒特別純米」、本醸造「十四代本丸」が前回に続きトップの座を維持している。
 これらの酒は不動の地位を築きつつあるのであろうか?
 中でも「十四代」の人気はすごい。いや、それは単なる人気ではなくて、質において勝るものを持っているのであろう。因みに「十四代」は、大吟醸で3位、純米吟醸で2位、純米酒で3位と、全て3位以内に顔を出している。
 酒の戦後史を見るとき、第一次地酒ブームを先導したのが「越乃寒梅」であるならば、もう一段日本酒の質を高めた第二次日本酒革命を先導したのは「十四代」だと私は思っている。
 その値打ちが、いよいよ不動の地位を築こうとしているのかもしれない。

 いずれにせよ、このフルネットさんの労作を頼りに、美味しい日本酒を飲み続けて行きたいと思っている。フルネットさん有難う。
                            


底知れぬ世界不況への恐怖――オランダの事情にもふれて

2009-02-20 13:10:38 | 政治経済

 昨日政府が発表した「2月月例報告」によれば、日本経済は「急速な悪化が続いており、厳しい状況」と、5ヶ月連続で基調判断を下方修正した。5ヶ月連続はITバブル崩壊後の景気後退期以来で、記録の残るうえでは過去最長に並ぶそうだ。
 今後の見通しも一層暗く、個人消費の落ち込み、特にその底辺にある雇用不安が大きい。失業率は6%前後まで上昇するのではないかという見方が有力で、日本総研の主任研究員によれば「2010年初め
までに256万人の失業者が発生、個人消費を1.9%押し下げる」と予想されている。(本日付毎日新聞11面)

 驚いたのは、今回の世界不況の中でも経済安定で優等生とされてきたオランダやデンマークにも、ここ3,4ヶ月の間に急激な不況が襲いかかっているということだ。
 『残業ゼロ授業料ゼロで豊かな国オランダ』の著者リヒテルズ直子さんは、ブログ「オランダ 人と社会と教育と」の18日付で、「1931年以来の財政赤字と失業率急上昇の予測」と題して、急激に襲ってきた厳しい経済の先行きを憂えている。
 それによれば・・・、
 
「08年第四四半期の統計によれば、オランダの失業率は2.7%で、ヨーロッパ域内では最低。同時点でスペイン11.8%、フランス7.7%、ドイツ7.2%、オランダに次ぐ優等生のデンマークですら3.5%だった。オランダの経済成長率は0%であったが、予算赤字はまだ0.1%であった。」ところが、09年2月17日のオランダ経済政策分析局の発表によれば、「10年の失業率は9%にまで増加、予算赤字は5.5%にまで及び、この予算赤字率は1931年並み、つまり世界大恐慌の直後の時期と同レベル」ということだ。

 リヒテルズさんは、「短期間にオランダの経済予測をこれほど変えたのは、世界市場の商取引が激減していることが原因」として、先行きを次のように案じている。
 「この急激な経済悪化は果たしてオランダだけのことなのでしょうか。スペインやフランス、ドイツなど、すでに高い失業率を抱えている国々は、これからどうなっていくのでしょうか・・・。優等生だったオランダが1931年レベルに後退するということは、ヨーロッパ全域を見ても、世界経済全体を見ても、本当に巨大な不況期が目の前に迫っているのではないか、と思います。」

 このような大型不況は、その原因を作った者たちだけでなく、必死に働いて模範的な生き方を追い求めてきた人たちをも容赦なく襲う。
 薄ら寒い思いでリヒテルズさんのブログを読んだ。
                                                                                


24節気の酒 ・・・ 雨水

2009-02-18 17:01:09 | 

  今日は雨水・・・
 
立春を過ぎ徐々に陽気が増して、これまでの雪はとけて雨となる時節である。つまり、降り来るものが雪から雨に変わる微妙な頃合いを指している。
 
ところが、最近の季節の移ろいにそのような変化は見当たらない。第一、雪が降らない。冬を通じて降り来るものは雨であり、そこに変化はない。もちろん雪国は違うであろうが。
 加えてこのところの異常高温は何か? この13日は全国的に6月ごろの暑さとなり、夏日(25度以上)のところも現れた。雪が雨に変わるどころの話ではない。
 ただ、さすがに一昨日の夜から急に冷え込み、本来の季節に戻ってきた。日本海側は雪の予報であるので、季節は最後の雪を降り積もらせ、それは次第に雨に変わり、雨水を実感させてくれるのかもしれない。

  ある飲み屋の店主と、「雨水の酒は何か・・・?」を語り合った。
 店主は即座に「うすにごり酒」を主張した。私が立春の酒を「甘く冷たき“にごり酒”」と書いたことを知っている店主は、「雪がとけて雨となるごとく、濁りはうすくとけていく」として、長野県佐久は伴野酒造の「棚田うすにごり」を注いでくれた。店主の説明どおり「棚田に舞う雪のようなうすにごり」で、これは美味しい酒であった。
 最近は「にごり酒」も種類がひろがり、いわゆる「濁り酒」から「にごり酒」、「うすにごり」、「かすみがけ」などと様々な酒が出てきた。今の節気にふさわしい変化を感じる。

  この時節、私はふるさと臼杵にいた。そこは、雨水をはるかに超える時節にあった。 春の陽気は高まり、今が旬と誇る“ふきのとう”は弾けるように開いていた。その新鮮な苦味を含んだ天麩羅とともに飲んだ酒は、大分の誇る「西の関“立春初しぼり特別純米生原酒"」であった。それはもはや「にごり」を超えた「清酒」であったが、やはり「立春の酒」であり、「初しぼり」、「生原酒」という早春の酒であった。

 「西の関」を造る萱島酒造は、今でこそ市井で飲まれているがかつては門外不出とされていた吟醸酒を、他に先がけけて世に出すなど(昭和30年代のこと)現在の日本酒文化を築いた先駆的な蔵の一つである。
 それだけに、しっかりした酒を造る。雪解けを待って他に先駆けて芽をもたげる“ふきのとう”の強烈な個性――新鮮な苦味と香りを、がっちりと受け止める力を持った酒である。

 ふるさとに帰り、ふるさとの誇る酒で、ふるさとの味を味わった。それは、既に春たけなわの陽気ではあったが、雪が消えて春に向かう「雨水の酒」にふさわしかった。
                                                      


ふるさとの食べ物

2009-02-16 17:41:10 | 

 ふるさとの魅力の一つは、言うまでもなく食べ物である。子供の頃から食べてきたものが、その懐かしい味とともにあるからだ。
 冬の臼杵に帰ると先ず「ふぐ」を食べることができる。臼杵のふぐは知る人ぞ知る有名品である。わざわざふぐを食べるため臼杵を訪ねる人が昔からいた。今回もふぐを筆頭に以下のものを食べた。

  ふぐ  刺身から雑炊までフルコース
  アジの刺身 
  さざえのつぼ焼き
  鱶(ふか)の湯びき・・・酢味噌つき
  カマスの塩焼き
  ふきのとうの天麩羅
  うどのきんぴら(マヨネーズかけ・・・私はかけないが)
  きらすまめし

 いずれも、弟夫婦が心を尽くして準備してくれた“ふるさとの味”だ。
 いくつか説明が要る。アジの刺身は単なる鯵ではない。弟の親友M氏が、私のためにわざわざ釣ってくれたものだ。彼は釣りを好み料理を好む。したがって私はフィンランド旅行の土産に“バイキングナイフ”と“フィッシングナイフ(包丁)”を買ってきたのだ。それ以来、私の帰郷を聞けば必ず舟を出し、その時期の魚を釣って生きたまま持ってきてくれる。
 もう一つ“ふきのとう”は、母の実家の従姉妹が、これまた私たちに食べさせたいと、開いたばかりのふきのとうを届けてくれた。
 このようなものは都会では食べられない。それを届けてくれる人の心が味に伝わる。同時に、食物のいのちが新鮮さにあることを、こんなに実感することはない。その美味しさは、簡単に書き表せるようなものではない。

 ふきのとうは、まさに今が旬だ。驚いたのは、臼杵の街中を歩いていると、とある館の「紙雛(かみびな)」の横の活花の中にふきのとうが活けられてあった(最初の写真)。昼は美しい花として眺め、夜は美味しい天麩羅として味わうという貴重な経験であった。 
                            


美しいふるさと、しかし今や声の出ぬ母

2009-02-15 13:05:57 | 

 臼杵の風景は昔と変わらず美しかった。暖かい陽気に誘われ臼杵川の堤防を上流まで歩き、二王座をはじめ武家屋敷やお寺の続く町並みを歩いた。紙雛(かみびな)を飾る家々は、60~70年前の記憶を蘇させる同じ看板や名札を下げていた。当時から何代か後の人が住んでいるのであろうが。

 
 子供の頃から、我が家の前を流れる臼杵川の堤防から見る景色が、臼杵で一番美しいと思ってきたが、その思いは今も変わらなかった。それは、南面の山(その名のとおり「鎮南山」と呼ぶ)と緑に抱かれた寺の瓦屋根が臼杵川に影を落とす姿である。歌のとおり「山は青く水は清き」ふるさとである。

 今度の帰京は何度も書いたように、いよいよ動きのなくなった母を見舞うためであった。
 その母は、「帰ってきたよ」と大声で話しかける私と妻を、交互にジーッと見つめていつまでも目を離さなかった。そして何か言おうと身を震わす素振りを示し、確実に私の存在を分かったと思うが、ついに言葉を吐くことはなかった。
 弟によると、一月ぐらい前から歌を歌うことをやめ、声を出すことがなくなったという。最後の夜、弟夫妻とともに「母と歌う」試みに再び挑んだ。弟がウクレレをかき鳴らし、母が最も愛した「海(うみはひろいなおおきいな・・・)」や「ふるさと(うさぎおいしかのやま・・・)」を、四人で顔をのぞき込みながら歌った。母は私たちの顔を交互に見つめ続け、声を出そうと肩を震わせているかに見えた。
 しかし、ついに、母があれだけ歌い続けた歌を歌うことはなかった。
 私たちは、何度もなんども歌った。

  山はあおきふるさと  水は清きふるさと
  

 美しいふるさとの山河・・・、その常に変わらぬ姿を見るにつけ、人の世のはかなさを思うのであった。
                             


春一番が吹き抜けた臼杵を歩く

2009-02-14 20:55:40 | 

 一年ぶりに臼杵に帰った。全国的な傾向であったようだが想像を超えた暖かさで、南国に来た思いであった。
 子供の頃から親しんだ故郷の町は今も変わらず、打ち続く瓦屋根と白壁、武家屋敷の連なる間を石畳のせまい道が続き、そこを春一番が吹き抜けた(2月13日)。

 臼杵は今「紙雛(かみびな)まつり」の最中であった。これは今回はじめて見た。聞けば、稲葉藩時代のしきたりを3年ぐらい前から復活させたものらしい。稲葉藩は5万石の小藩、藩財政の苦しいときが続き、時の家老が豪華な雛を飾ることを禁じ「紙ひな」だけを許したという。
 民は和紙を使い知恵を絞って雛を作り、貧しい中にも春の祭りを楽しんできたのであろう。ところがそのような伝統行事もやがて忘れ去られ、長く姿を消してきた。私の子供時代にも紙雛の記憶は無い。
 それを、心ある人たちが古文書から探し出して市民の中に広げ、いまや春の行事になってきたようだ。集会所や旧家を訪ねると、おびただしい数の紙雛が飾られて目を見張るばかりであった。
 臼杵の町にふさわしい行事と思った。子供たちに広がっていけば、また一つ伝統行事が蘇ることになるだろう。
                              


母を見舞う帰郷

2009-02-10 22:17:25 | 

 明日から、妻とともに臼杵に帰る。95歳の母を見舞うためだ。
 母を見舞う、というよりほとんど動けなくなったという母を慰め、その面倒を毎日見ている弟夫婦と、母の介護をどうするか話し合うためだ。話し合っても解決方法など無いだろう。しかし、だからこそお互いに話し合う必要があるのだろうと思う。

 ふるさと臼杵も一年ぶりだ。自分を育ててくれた町に、長いことご無沙汰している。それよりも、まさに産み育ててくれた母に、ほとんど接することなく過ごしている自分を疎ましく思う。
 明日、母と顔を合わせても分からないかもしれない。
 しかし、母に会うために臼杵に帰る。
 だから、しばらくこのブログもお休み。
                             


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