旅のプラズマ

これまで歩いてきた各地の、思い出深き街、懐かしき人々、心に残る言葉を書き綴る。その地の酒と食と人情に触れながら…。

大阪国際女子マラソンを観て

2010-01-31 15:07:27 | スポーツ

 

 マラソンは大好きなスポーツ(もちろん観戦だが)であるが、今日の大阪国際女子マラソンを観て改めてその難しさを痛感した。
 スポーツの中でも、マラソンは最も多くの敵と戦わなければならないスポーツの一つであろう。しかも長時間にわたって。

 相手との戦いは当然であるがこれはさておき、もう一つその日の気象条件と戦わなければならない。しかもだんだん変化する気象条件と長時間戦うのは大変なことだと思う。
 今日は朝から雨・・・、スタート時は上がっていたが途中からひどくなり、それに応じて気温が下がる。ゴールした殆どの選手が後半の体の冷え込みが辛かったと話していた。「いつも後半は体が冷えてくるが、今日は特にひどく体が動かなくなった」と言う選手も居た(高位入賞者で)。夏の高温、冬の冷え込み、しかも予想以上の天候に見舞われたとき、その変化との戦いは並大抵のことではないだろう。

 それ以上の大敵は「自分」ではないか? 自己との戦いはあらゆるスポーツに共通するが、2時間以上かけての戦いは熾烈であろう。
 自己といってもいろいろある。先ず体調。これも走り始めて新たに気づくことも多いだろう。相手と気象との戦いとあいまって「不安」や「恐怖」との戦いも厳しいと思う。逆に「慢心」「驕り」も大敵に違いない。

 今日の赤羽選手(ホクレン)は、これらの要素だけでなく私たちには想像もできない多くの敵と戦い続けていたのであろう。膝の故障をかかえ、大変な不安と恐怖と戦いながら、前半は好調に見えたが大阪城内の急な下り坂で一挙に調子を落とした。有森さんなどが「今後のことを思えば早くレースを止めるべし」としきりに放送していたが、以降10㌔近くを走り38㌔地点でコーチ(夫)に抱きかかえられついに棄権、中止させた彼は「もっと早く止めさせたかったが間に合わなかった」と話していたと言う。
 スポーツ者にとって途中棄権は最も恥ずべきことにちがいない。その「止めたくない」という自分との戦いが一番難しいことかもしれない。


思い出のリヨン

2010-01-30 10:29:51 | 

 

 昨夜10:45からのNHK番組「世界街歩き」は、フランスのリヨンであった。既に2年半近く前になるが、2007年9月にリヨンを訪ねた。わずか2泊2日の短い旅であったが、昨夜の番組がほとんど私たちの歩いたコースであったので、昨日のことのように美しいリヨンが思い出された。

 絹織物の町、美食の町、映画を生み出した町・・・、またギリシャ、ローマの遺跡から近代金融・産業街までをそのままの姿で保存してきた重層的な町が、丘と川の織りなす美しい自然と調和して佇んでいる。
 第二次大戦中はパルチザンの有力な拠点でもあった。商業、文化の発展とともに生きたリヨン人は、まさに自由の気概を持ち、パルチザンを戦い抜いていっそう高い自由の精神を育んできたのであろう。
 番組の幾つかを拾うと・・・、

 街の交差点で10人ぐらいの若者がスケッチをしている。指導している先生に「画家の卵たちか?」と問うと、「建築科の学生だ。建物の勉強には『空間を捉える力』が要る。そのために『建物と街とのかかわり』を描かせているのだ。特に今日はむつかしい旧市街に挑戦させている」とのこと。
 旧市街は道は曲がり、建物は丘に重なり合って建ち、全体の空間感覚をつかむには難しい課題と言うことだ。
 いい教育をしているなあ・・・と思った。

 ローヌ川(ソーヌ川? 未だ区別がつかない!)沿いの野外市場では、お菓子、果物、野菜など何でも売っている。花屋のおばちゃんがシャンソンを唄いながら花を並べている。そして通りかかる人々に
 「太陽をいっぱい受けた花だからよい香りを放つよ。あなた自身へのご褒美に、綺麗なお花をあげてはいかが?」
と呼びかけていた。花も綺麗だが、唄うシャンソンも呼びかける言葉も綺麗だ。どんな生き方をしていれば、こんな素敵な言葉が生まれてくるのだろうか?

      

 


パスポートの期限

2010-01-28 16:51:33 | 

 

 この313日で、10年間使ってきたパスポートの期限が切れる。めくってみると10年間に10回の海外旅行に行っている。ちょうど年1回の割合だ。2回の年が一年あり、ゼロ回の年が一年、あとは年一回ずつ行っているので、「年に一度は海外に行こう」という年来の夢を果たしていることになる。
 内訳を見ると、延べ16ヶ国を訪ね、足跡を残した町は40市町村を越える。16カ国に入ったり出たりした記録が、ページのあちこちに乱雑に記録され、手垢も含めてさすがのパスポートも薄汚れてきた。「・・・もう疲れたよ。いい加減に机の引出しの隅にでも休ませてくれよ」と言っているかに見える。

 言われるまでもなく、更新しなければならない。今年は3月に「『トスカ』を巡るローマの旅」が予定されていたので、昨年内にも更新の予定であったが、その旅が延びたのでゆっくりしているのだが、いつ何が飛び込んでくるかわからず、明日にでも手続きに行くつもりだ。
 ところで、今度の期限をいつにするか? 10年後は85歳になる。どうもそこまで生きているとは考えにくい。親父が54歳で死んだとき、「いくらなんでも早すぎる。おれは60歳までは生きたい」と思ったことを記憶する。当時、55歳定年制であったので、退職後5年ぐらいはゆっくりしたいものだ、という思いを根拠とした。しかしその後、定年も平均寿命も延びたし、何となく「70までは生きるだろう」としてきたが、気が付けば4月で75歳になる。
 明日死んでもおかしくない。しかしガンの宣告を受けているわけでもないし特に持病があるわけでもないので、何も無ければまだ生きるだろう。85歳は全く自信がないが、まあ10年で更新することになるのであろう。分別くさく5年か何かで更新し、またまた更新するなんて何だかみっともないから。
                    


知性豊かな人々

2010-01-26 20:26:12 | 時局雑感

 

 銀行には30年勤務しただけに、様々なOB会がある。一番小規模なのは二人で不定期に会っているものから、三人というのも有り数人規模から数十人規模のものもある。その中の一つに「むつみ会」というのがあり、これが一番中身が濃い。中身が濃いというのは、そこに集まる人たちが極めて知性にあふれていることによる。
 総勢20名ぐらいであるが、その中に7組の夫婦が含まれているので、数の割にはこじんまりした会である。銀行時代には部長や支店長を歴任した人もいるが、世にいう“冷徹な銀行マン”というタイプではなく、若いときには組合活動や文化活動の先頭に立った人たちが多い。主催者のK氏自体が、本来漫画家になるべきところが間違って銀行員になったような人で、絵画、映画、音楽、古典文学とその文化領域は果てしない。
 また、銀行のカウンターに座布団乗せてそこに座り、客席に従業員を座らせて落語を一席やった人や、中学生の頃から築地歌舞伎座に通い、その回数は何百回に達するが一階や二階席に座ったことは数回で、常に三階の定位置(〇〇屋!と声をかける向こう桟敷)に通い詰めたという落語通、また神社仏閣の話となれば専門家も顔負けの人から絵描きに至るまで多士済々・・・。
 その水準からして、私などは入れてもらえる筋合いに無いのであるが、銀行員で酒の本を出したやつはあまり居ないので、どうせ集まれば酒を飲むので何かの役に立つかもしれないと末席のおこぼれを頂いている。

 その集まりが一昨日あった。平均年齢約70歳だが、集まった人たちは意気軒昂、老いてますます盛んな高水準の話でいっぱいであった。しかしさすがに「当日手術と重なった」人が二人も居て(心臓と腸)残念であった。高い知能と豊かな文化水準をもってしても、肉体の衰えは防げないものなのか・・・? しかしそのお二人も、次回は元気に参加されるに相違なく、楽しみな会である。
                          


ブログ開設3周年

2010-01-23 16:38:00 | 時局雑感

 

 2007年1月にこのブログをはじめた。「今日からはじめます」と書いたのが2007年1月12日だったが、記事らしきものを書き始めたのは同21日からであるので、昨日でやっと3年が過ぎたことになる。

 昨日のアクセスが、訪問者(1P)197、閲覧頁(PV)431。3年間の総アクセス数では、「PV98,324、IP38,838」と、それぞれ10万と4万に近づいている。
 先週(10日~16日)のアクセス数は、訪問者1,304人で、gooブログ全加入者1,351,955人中7,662位となっている。

 これらの数字が、何か意味があるのか、またどの程度値打ちがあるのかさっぱり分からない。殆ど大した意味は無いであろう。ただ、毎日百数十人の人が読んでいるとすれば、それなりに緊張せざるを得ない。しかしグーグルやヤフーの検索が多いのであろうから、現れた数字の人が読んでいるわけではないのであろう。
 まあ、満3周年の到達点として記録にとどめておこう。それよりも、これまで書き溜めてきたものをどう料理するかがむしろ問題だ。人生の終末に向けて、そろそろ整理することを考えねばなるまい。
                           


英伸三「浅草初春事始め」写真展

2010-01-22 15:38:18 | 文化(音楽、絵画、映画)

 

 英伸三さんの「浅草初春事始め」という写真展に行ってきた。思えば英さんとは半世紀近い付き合いになるが、彼の精力的な活動(写真集の発行、写真展の開催)には頭が下がる。1936年生まれであるから私より1歳若いが、毎年のように写真展を開いている。

      

 この写真展は、1980年代から毎年成人の日の浅草を定点観測し続けた記録である。わずか20~30年前であるが、懐かしい浅草の下町風景がだんだん失われていく姿が良く出ている。それにつれて「日本の元気」も失われていったように思える。80年代はバブルに向かう時期であったので、当時の元気がどこまで真正なものかについては議論もあろうが、少なくとも登場してくる人たちの顔には生気が満ちている。
 「今後も新しい題材を追及するのか?」と問うと、「さすがに体力がなくなってきたので、新しい追求は思うに任せない。ただ、過去に撮りためたものが沢山あり、それを現時点の様々な切り口からまとめてみたい。その点仕事は山ほどある・・・」と話していた。
 彼の、写真家としての「優しいまなざし」で見つめてきた(撮りためてきた)貴重な記録を、「市井に生きる日本人の歴史」として残していって欲しいと思う。

 親友の頑張りを見ると、自分も書き散らしてきたものをいくつかの切り口でまとめて行きたいと思うのだが・・・。
                           


キリンの首位奪回は意味があるか?

2010-01-20 17:17:48 | 

 

 2009年のビール系飲料の出荷量で、キリンが9年ぶりにアサヒを抜いて首位に立ったと各紙が報じている。ところが中身を見ると、本来のビールでは未だアサヒが首位で、特に「第三のビール」のトップ商品を持つキリンが、この分野で不況下の安物指向消費者を囲い込んで首位に立ったようである。

 日本のビール系飲料は、「本来のビール」と「発泡酒」と「第三のビール」に分けられる。ビールは麦芽とホップを原材料とした醸造酒で、ビールの本場ドイツでは「麦芽、ホップ以外のものが入っているものはビールと認めない」という『ビール純粋令』が500年の歴史を経て守られている。日本では、それに「法令で認められたもの」を麦芽の量の50%以内で添加することが認められており(麦芽比率3分の2以上)、前述の「本来のビール」といっても日本のビールの大半はこれら混ぜ物ビールで、ドイツなどから見れば本来のビールではない。ドイツ的本来のビールは、モルツ100%の『エビス』や『サントリーモルツ』など少量で、大半は米やスターチやコーンなどが入った混ぜものビールだ。
 ところがその上、「麦芽比率を規定以下に引き下げたもの」でビール的に造ったものを「発泡酒」と呼ぶことにして、税率を低くしたので低価格となり売れ行きが伸びた。麦芽比率が50%以下や25%以下などでは、最早ビールと呼べないのではないかと思うが、味やコクが劣っても低価格には勝てずローモルトビールとして売れている。
 かてて加えて「第三のビール」なるものが現れた。これはそもそも麦芽さえ含んでないのだ。えんどう豆や大豆のたんぱくなどを原料にして、とにかくビール風に作った「ビール風アルコール飲料」だ。これがまた一層税率が低いことから低価格となったので、この不況下、とにかく「これでビールを飲んだことにしよう」というのが実情だろう。

 国民が何を飲もうが各メーカーが何を作ろうがまったく自由で、なにも文句を申し上げるつもりは無いが、問題はこうして、日本国民の食生活の質が下がって行くのではないかということが心配だ。私は自分が自ら買うときはエビスかサントリーモルツしか買わないが、エビスビールなど本当に美味しいと思う。
 第三のビールでシェアーを伸ばして業界トップになったといって、それはそんなにお目出度いことなのだろうか?
                    


息子のマンションを訪ねる

2010-01-17 13:56:23 | 時局雑感

 

 昨年暮れに新しいマンションに転居した報を受けていたが、ようやくその息子の新居を訪ねることになった。親友S君を呼ぶのでついでに来ないか、と言うのでワイフと娘も行くことになり、計らずも家族新年会のようなことになった。息子の友人との間に割り込んだ家族会であるが、楽しい会であった。
 酒も「獺祭」と「まんさくの花」を持ち込み、S君が「出羽桜」を持ってきたので、申し分ない酒盛りとなった。

       

 それはさておき、息子の新居には驚いた。永福町駅に至近な位置にある「3LDK」と立派なものである。以前にも書いたが、息子は定職は無いがアルバイトをしながら目白大学3年に在籍する43歳の男だ。作曲をやる彼女と共稼ぎだからできるのであろうが、こんな立派なマンションに住もうとする生活意欲に驚いた。
 世の中では、若者たちの生活意欲の無さが問題になっている。息子は最早若者の中には入らないのだろうが、30歳前後から20代にかけて「嫌消費」という現象があるという。出来るだけ物は買わない。車も要らない、海外旅行など行かない、というより外国旅行など嫌だという現象のようだ。
 今朝の10チャンネル政治討論で、「外務省の職員にアンケートをとったところ外国に行きたくないという人が大半であった」という話で大笑いをしていた。水泳部の人間が泳ぎは嫌いだと言っているようなものではないか、と言うわけだ。

 このような意欲減退社会の中で、まあ少しでも広い部屋に住もうという意欲を持っているだけでもいいのではないか。
 暗いニュースの中で一つ光明を見た思いであった。
                           


ハイチ地震を憂う

2010-01-15 21:56:42 | 時局雑感

 

 「静かで、穏やかな元日であった・・・」、これが今年最初のブログの“書き出し”であった。特にいいこともないが特に悪いこともないだろう・・・、何とかこんな調子で一年が過ぎてくれないか、などと思っていたのであるが、そう甘くはないようだ。

 ハイチの地震など想像もしていなかったが、「国が無くなった・・・!」と呆然とする人たちを見ると、神はどこまで人類に試練を与えようとしているのかと思う。国家としての機能を十分に果たしえない国に、このような天災を与えて神は何をしようとしているのか? グローバル化した世界は、即座に支援体制を組めると神は思っているのだろうか? 何千キロ離れた地に“一滴の水”を運ぶには、この発達した21世紀の、このグローバル化した21世紀の社会でも何十時間を要する。
 そして、その何十時間の間に、水の無い人々は死していくのだ。

 思えば、一昨年来の世界同時不況(アメリカ発サブプライムロー不況)は、根源はアメリカ一国内の住宅ローン問題であったが、グローバル化した経済の中で一瞬にして世界不況に発展した。世界経済はコンピューターに繋がれて一瞬にして処理されており、だから不況も一瞬にして世界を駆け巡った。
 ところが、ハイチの被災者を助けることに世界は戸惑っている。情報は瞬時にしてハイチに届くが、食料や水は何日もかけてようやく届く。ようやく空路の救援物資が届いても、寸断された道路でその物資は求める人の手には届かない。その間に多くの人は命を落としていくだろう。グローバル化などしていない。

 グローバル化とか、コンピューター化などは、一部の金持ちの単なるゲームではないのか?
                            


承服し難い小沢一郎氏の政治姿勢

2010-01-14 16:07:40 | 政治経済

 

 昨年来、新たにスタートした民主党連立政権に期待すると書きつづけた。民主党を全面的にに評価するかどうかは別にして、長く続いた自民党政権(特にここ10年の自公連立政権)の悪政の総ざらいをして欲しいと願う気持ちからだ。そして、それこそ国民が民主党を選んだ理由と思うからだ。
 ただその中で、小沢と鳩山の政治資金問題だけは認めるわけにはいかない、とも書きつづけた。そして、今回の小沢周辺の強制捜査とそれに対する小沢の対応の仕方を見て、民主党に対するあらゆる期待を投げ捨てざるを得ないかと思い始めている。

 民主党は何故、薄汚い金の問題に埋もれつづける小沢と言う人物を党の中心に置いておかねばならないのだろうか? 小沢本人は「法に触れるようなことはしていない」と言っているが、小沢周辺に昨年に続き再び法の番人が強制捜査に入るようでは、「何かあるのではないか?」と思う方が常識的だ。検察だって、何億と言う金を使って全国的な捜査に入るのだ。何も無いのに軽々に動いてムダ金を使うとすればそれこそ問題だ。
 何よりもこれに対する小沢の態度が承服しがたい。「法的に問題ない」というのであれば、何故参考人聴取要請に応じて堂々と説明しないのか? そうすれば強制捜査などという金も使わないでいいのだ。当局を馬鹿にしているのであろうが、それはとりもなおさず法を馬鹿にしていることであり、法のもとに従順に生きている国民を馬鹿にしていることに繋がる。どれくらい偉い人間か知らないが、到底承服できることではない。

 もう一つ認めがたいのは、「政治資金などについては説明を終えて、その上で国民は政権を与えてくれた」というようなことを言っているが、国民が民主党を選んだのはそんなことではない。「鳩山・小沢の金の問題は説明不十分」と言うのが世論調査の上でも出ている。国民は自公政権の悪政に耐えかねて、金の問題があるがそれは十分に説明されることを前提にして、すがる気持ちで民主党を選んだのだ。

 その国民の真意がわからない人物に新しい政治は期待できまい。そんな人物は何とかお引取り願って、真面目に取り組んでいる残る人たちで冒頭の願いを実現してくれないか、とまだ祈っているのだが・・・。
                     


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