桜井昌司『獄外記』

布川事件というえん罪を背負って44年。その異常な体験をしたからこそ、感じられるもの、判るものがあるようです。

慣れ

2009-03-08 | Weblog
俺は待っことに慣れている 長い月日をえん罪と向き合い 無実と認められる日を待って もう42年になるもの
俺は悲しみにも苦しみにも慣れている 父も母も知らぬ間に消えてしまい 自分が失ったものを 確かめるすべもないままにに 獄に過ごした29年 なし得ること なし得たこと 泡沫と失った総て
俺は幸せにも喜びにも慣れている 無実の罪に寄せてくれる人様の善意 善意からなる無償の支援行為 支援行為にある人間愛 人様の思いを全身に感じていた月日
今 俺は総てに慣れ過ぎた
悲しみや苦しみが息の詰まる苦悩だったとき その苦悩に正面から立ち向かい 自分の命と人生を必死に考えていた
幸せや喜びを感じているだけだったとき 人様の好意を真っすぐに 人様の思いを真っすぐに 人様の愛を真っすぐに見つめ 触れれば壊れるもののように慈しんでいた
余りにも大きな苦悩が生み出した幸せや喜び 独りになる寂寥をも そこから生まれるものがあると開き直る精神
手を取り合い 語り合い 抱き合い 直接に識る幸せと喜びは 風のように感じていた尊さを運び去った

俺は慣れた 総てに慣れ過ぎた

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