スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

血の色&確率論

2015-09-10 19:12:42 | 歌・小説
 『夏目漱石「こゝろ」を読み直す』では,奥さんにという名前が与えられたのは意図的だったと推測されています。僕はそのこと自体に関心はありませんが,乃木の殉死に触発された先生が,乃木が心中という方法を採用したことには否定的であったのは確かであると読解します。そして,僕がその根拠に据えた部分のテクストでは,別の観点から気になる記述があります。
                         
 先生はこの部分で,奥さんに残酷な恐怖を与えることを好まないと書いています。これはテクスト全体の文脈としては,奥さんと心中などはしないということを意味しているのではありません。先生は続けて,自分は妻に血の色を見せないで死ぬつもりであるといっているからです。この血の色を見せるという部分は,その直前の妻に恐怖を与えないという部分に直接的に関係していると読解するのが筋だと解するのが妥当であると考えるからです。これは逆にいえば,自分の血の色を見れば,奥さんは残酷な恐怖を感じると先生は理解していたということです。
 なぜ先生はそのように判断したのでしょうか。それはおそらく,Kの自殺と関係しているのだと僕は思います。
 Kは小型ナイフで頸動脈を切って自殺しました。このとき血潮が激しく飛んだようで,先生とKの部屋を仕切っていた例のに血が迸っていたのです。Kが決行してどのくらいの時間の後に先生が発見したのかは分かりません。ただ先生の記述は,それが直前まで生きていた人間の血液であることを彷彿させるような,非常に生々しいものになっています。
 たぶんこのときに,先生自身が残酷な恐怖というのを感じたのです。しかしそれは単に,その血の生々しさから受けるような,いわば物理的な意味での恐怖ではなかった筈なのです。たとえばこの部分のテクストの中に,運命の恐ろしさを深く感じたという一節があるように,物理的なものとは別種の恐怖であったと思うのです。
 自分の血の色を見せることで,奥さんはそれと同じような残酷な恐怖を感じるのではないかと先生は考えていたのではないでしょうか。しかし,先生が考えた,奥さんが感じるであろう運命の恐ろしさが何を意味するのかは,これだけだとよく分からないのです。

 『スピノザ往復書簡集』書簡三十八は,スピノザが質問をされた相手に答えるという内容になっています。スピノザが記述しているのは,一定のルールの下で賭けを行う場合に,倍率をどう設定すれば賭ける側も賭けさせる側も公平になるかということです。書簡の最後の部分の記述から類推するなら,賭ける側からではなく,賭けさせる側からみた場合の質問であったようです。
 この書簡はスピノザの死の直後に発刊された遺稿集に含まれていたものです。遺稿集の編集者たちは,膨大な量の書簡の中から,公にする価値があるものとないものを選別し,価値があると判断したものだけを公刊しました。したがってこの書簡は公開する価値があると判断されたことになります。上述したような内容のこの書簡がなぜ価値があると判断されたのか,僕にはよく分からないのですが,たぶんスピノザが述べていることが,数学問題のひとつである確率論と関係しているからだというのがその理由なのでしょう。
 『ある哲学者の人生』では、そういった内容に関係する記述があります。1664年から1666年にかけて,ホイヘンスとフッデ,そしてヨハン・デ・ウィットは,確率の計算に関連する共同研究をしていたのだそうです。書簡三十八は1666年10月に書かれたもので,その共同研究が行われていた時期と重なり得ます。つまりかれら3人が興味を抱いていた数学問題に,ほぼ同時期にスピノザも同じように関心をもっていた証明となるのがこの書簡なのです。
 ホイヘンスがフォールブルフ別荘に長期にわたって滞在し,スピノザとの関係が深化したと考えられるのが1664年です。また,スピノザがフッデにレンズの製作に関する助言を求めた手紙を送っているのは1666年6月です。つまり少なくともホイヘンスとフッデのふたりは,この時点でスピノザとかなり親しかったことになります。スピノザとデ・ウィットが知り合ったとすれば,ホイヘンスかフッデ,あるいは両者を介してのことではなかったかとナドラーは推測しています。また,スピノザの確率論への関心も,ふたりとの関係から考えることができるかもしれません。

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