スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

妙手⑩&第三部定理一一

2010-04-10 19:00:44 | ポカと妙手etc
 第44回NHK杯2回戦より。
 ▲7六歩△3四歩▲9六歩△1四歩という出だしから,先手が相居飛車か相振飛車を志向するという将棋。以下▲6六歩に△8四歩と突いたので相居飛車に。先手が早めに9筋を突いたのを咎めようと後手が棒銀に出て第1図。
               
 ここで後手はいきなり△9五歩と仕掛けました。▲同歩△同銀▲同香△同香▲9七歩。棒銀では定跡的な攻めで,ここで△9八歩と垂らすのが棒銀の手筋。しかし後手の狙いは別のところにあり,△4四角(第2図)と飛び出しました。
               
 ここで先手は早指し戦としては異例の長考。▲2四歩△同歩▲同飛は△2三香で駒損するので指し切れず,▲3六歩と突きましたが,これは△2六香と打たれ,▲2七銀△同香成▲同飛と駒損を回復されてから△9八歩。これは棒銀大成功です。最後は一手違いになりましたが,将棋も後手が勝ちました。
 角換りの将棋ではこのように角を打って飛車先を狙う筋がありますが,この場合はもともといた角が出てくる手のため,先手の盲点になったようです。
 なおこの将棋に関しては,一月ほど前に田丸九段大内九段に関する記事に僕の思い出をコメントしたところ,丁重な返答があったため,指された時期が分かり,棋譜を探す作業が楽になりました。遅くなりましたがこの場を借りて田丸九段にはお礼申し上げます。

 尿意には排尿という運動自体を自分の身体に対して肯定する意志作用が含まれているということを『エチカ』に訴える場合に,僕がまず援用したいと考えるのは第三部定理一一です。
 「すべて我々の身体の活動能力を増大しあるいは減少し,促進しあるいは阻害するものの観念は,我々の精神の思惟能力を増大しあるいは減少し,促進しあるいは阻害する」。
 定理自体の意味には難しいところはないでしょう。なので詳しい説明は省きます。
 ところで,排尿という運動は人間の身体がその現実的本性を維持するためになされます。いい換えればそれは,身体の活動能力を増大ないしは促進する運動であるということになります。このことはこれと逆の場合,すなわち排尿という運動がなされない人間の身体の場合というのを考えれば一目瞭然で,この場合にはその人間の身体は,その活動能力が減少ないしは阻害され,最終的には破壊される,すなわち死に至るということになるでしょう。したがって,排尿という運動の観念,これはここでいう尿意とは異なっていますが,身体に溜まった尿を体外に排出するという意味での排尿という観念自体は,その人間の精神の活動能力を増大ないしは促進する観念であるということがこの定理から理解できます。
 もちろん単にこのことだけでは,尿意のうちに排尿自体を肯定する思惟の様態が含まれているということを説明できるわけではありません。しかし少なくとも,排尿という運動を自分の身体に対して肯定することが,自分の身体の働く力を促進するということ,そしてこれは自分の身体の現実的本性にも合致しているということは,ここで明らかになったといっていいでしょう。

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