光圀伝 冲方丁(著)2012年8月発行
「この紋所が目に入らぬか~」が決め台詞の時代劇ドラマで有名な
水戸の黄門さま、水戸光圀の生涯を独自の観点から描いた大作。
感動を覚えるほどの力作で、
評価が高く話題を読んだ前作『天地明察』も良かったですが、
個人的には本書がそれを越えているのではないかと・・・。
今までほとんど知らなかった光圀の、躍動し瞑目し悩み苦しみ
笑い泣く姿を、目の当たりにしている気分にさせられ、
750頁もある長編ながら、それを感じさせない面白さ。
序ノ章に始まり、天ノ章、地ノ章、人ノ章とすすみ、義ノ章で終わる。
兄を差し置き世子となったことに対し悶々と悩み自分に苛立ち、
心通わすこと叶わぬ厳しい父との関係も、壁のごとく立ちふさがり、
一見、心身壮健で逞しいながら心に難題を抱え生きていた
若き日の光國「子龍」。
この悩み多き青春期を描いた章は、本当に面白い。
個性的な登場人物が花を添え、後の光國の生き方、思想を形成していく。
沢庵和尚や宮本武蔵、山鹿素行など、魅力的な脇役が活き活きと動き、
若き光國と交流する。
病などに倒れ寿命の短かった時代、驚異的な身体能力を備えていた光國
だったが、詩作を好み文才に優れていて、天皇から賛辞を贈られるほど
とは、恥ずかしながら知らなかった。
あのドラマの黄門さまのイメージに毒され過ぎていたと反省。
それにしても、光國ほど身近かの大事な人を見送った人も
いなかったのではないかと思うほど、真の友、愛する妻、父母、兄弟
師匠など、多くの大切な人の死を乗り越えている。
そして、晩年には、自らの手で、優秀な家臣を殺すことになる。
彼の生涯の謎にせまる本書では、光圀が指針とした「義」という考え方
に添って、その答えとしている。
明暦の大火で家屋敷から、周りの人々の多くを次々と亡くし絶望の時
にも、再び立ち上がり、強い志を胸に歴史書『大日本史』の編纂に
心血を注ぐ。
また、水戸の財政逼迫をなんとかせんと、貿易の為の禁じられた大船
を建造してみたり、大学制度を整備しようと試みるも、彼の時代には実現
ならずとも将来に託そうとする姿は、今の世にも見習うべきものがある。
とても、この750頁にわたる生涯を簡単には語れないが、
これだけ心身が強く、学問を探求し、文才に優れた人物だったとは驚きだ。
ドラマで見る黄門様の漫遊記は、隠居し「光圀」を名乗ってから、
水戸に住まい、水戸の地を豊にすべくアチコチを探訪した際のことが
基となったのか、あるいは、日本史編纂のために優秀な佐々を使者として
全国津々浦々(45カ国)を廻らせたことが、光圀が漫遊したこととして
語られるようになったのか、、、
歯に衣着せぬ言動で名君として庶民からの人気が高かったのも事実の
ようだし、いづれにしても黄門様のドラマの種は確かに撒かれていた
のだろう。
それにしても、
若き日の光國は、家督相続を巡る兄に対する負い目に悶々とし、
厳格な父からは、次々に世子として試される想像を越える
過酷な試練を課され、それを確実に克服せねばならなかった。
そのように大きな悩みを心に抱え、
荒ぶる青春の日々を過ごした「子龍」時代の光國の
痛ましくも逞しい姿の素晴らしい描かれようには感動する。
とことん悩み考え抜いた末に、光國がたどり着いた「義」が、
兄の子に水戸藩を継がせる、ということ。
彼なりの「義」を見いだした後の光國に迷いはない。が、
その「義」が、自ら育てた家臣を手にかけることにまで繋がっていく。
戦いのない安泰な世を作ろうとした徳川幕府によって、
それまでの武士のあり方が大きく変わらざるを得なかった時代。
光圀は変わりゆく武士社会を受け入れ、率先して新しい社会を
築いていこうと努めた大きな人物だった。
今の世にも必要とされるリーダー論にもなっていて興味深い。
自分も常に学問を極めようと、偉大な師匠を求めて師事していたし、
才能有る若者を積極的に育成、援助しようとしていた。
あの改暦の立役者碁打ちの「算哲」(後の「渋川春海」)も
そのなかの一人で、もちろん物語後半に登場し、
光圀との交流がさらりと粋に描かれている。
光圀の魅力はもとより、こうした登場人物の描写がたまらなく魅力的。
本書はなにしろ分厚いので、手に持つ重さは致し方ないけれど、
長さを感じる暇ない面白さ満点で上出来な大作と思います。
数年後には、大河ドラマになりそうな予感が、、、どうかな。
わがまま母