ちいさな幸せ

幸せの基準ってある?
それは自分の心の中にあると思う。
私は何時も陽だまりのような幸せの中に居た。

息子が語る柴田トヨ

2012年08月02日 | 一寸そこまで

          「シンビジューム」    尼崎の町角で     (12-5-20)


展覧会を観て、一寸時間は早かったのですが、昨夜のうちに調べておいた「お
好み焼きや」にいきました。有名なお店らしく席は人で埋まっていましたし、私の
後は、店外の椅子がどんどん埋まっていきました。

お店の名物らしいので「豚のねぎ焼き」と言うのを頼みました「醤油味ですが、
よろしいですか?」と聞かれたときは「えっ!お好み焼きにしょうゆ味?」と一瞬
戸惑いましたが、食べてみようと思いお願いしました。

お味は、今まで食べたことのないお味でした。一寸、食感が「たこ焼き」に似て
るかな?と思いました。だんだん食べ進むうちにおいしい! と思いました。
今度は、普通の「豚玉」を食べてみたいな~と思いました。さて、何時になり
ますことやら。


   私の買った 柴田賢一さんの詩集 「人、大好き」 にサインをしておられる…     (12-8-1)



高島屋からナンバ産経まで、徒歩で15分ぐらいと言うので、人に聞きながら行
ました。1時前だったのですが、涼しいお部屋で待っていようと思い、いきました。
ありがたいことに受付はもう始まっていましたし、先客が10人ぐらいおられま
した。

聞きにきているのは女性が圧倒的で、男性はチラホラでした。偉大なる先輩
「柴田トヨ」さんに興味を持っておられるのでしょう。男性は如何なんでしょう
か? そんなトヨさんに育てられたのはどんな息子か?と言う興味でしょうか?

母親の話をする時は、いつも声を詰まらせて、涙ぐまれるのには、戸惑いを
覚えました。ご自分でも自覚していて、初めに謝っておられましたけど。

賢一さんはお酒もタバコもやらない、しかしギャンブル(競艇狂い)でトヨさ
んにお金をせびる時しか家に寄り付かない息子だったらしい。しかしトヨさん
は賢一さんが、小学生の時、納豆売りで得たお金で「誕生プレゼントだ」と言
ってがま口(展示してあった)をプレゼントされた時の事を「小さい時は、優し
い子だったから、お前は悪い人ではない」と信じてくれたそうです。

賢一さんが小学生の時、詩を作る宿題がでて「、如何書けばいい?」と聞くと
「ありのままを素直に書けばいい」と教えられたそうです。その時の「詩」が
入選して、作詩が好きになったそうです。それから色んな「賞」をもらって現
在に至るが、転職は数十回したそうです。

平成の初めに夫を無くし、日本舞踊を始めたが、腰の故障で、それも駄目
になり「死にたい、死にたい」と言い出したそうです。そこで「詩」なら見てあ
げられると思って「詩でも書いてみたら?」と勧めて、土曜日にトヨさんの元
に通うようになったそうです。トヨさんは、その日を楽しみにして、「今が一
番幸せ」と言っておられることは「詩」にも現れています。

トヨさんの性格は、「前向きで、くよくよしない」そうです。好きな食べ物は「納
豆」。でも近頃は付き添いさんの影響で「ピザ」なども好みに入っているそ
うです。

ただ101歳の今、一人で寝起きが出来なくなって、作詩の方も途絶えている
そうです。「でも「詩集」も2冊も出したことですし、もういいかな?と思っていま
す」と言われました。

普段は付き添いさんが、日に3度通ってきているとか、「この費用が、又高い
のですが、本の印税も入ることだし、ショートステイと自宅の日を繰り返し送
っている。施設に入れることも考えている」と言うお話でした。

トヨさんは「詩」と「短歌」も作られていて(展示してありました)その中の一つ、
九十歳の頃の作品だそうですが、

   今にして 母を思えば あの時は きっと寂しく 辛かったろう

と言う一句が私の心を打ちました。戦火で全てを失った母、私の母を思う時、
私もこんな気持ちになるからです。それを見事にあらわしておられると思うか
らです。90歳にして、母を恋うのですから、77歳の私が母を恋うのは当た
り前かな~。




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柴田トヨ「くじけないで」展

2012年08月01日 | 一寸そこまで


        

台風10号の影響でしょうか、風がとても強かったです。その代わり、少しはし
のぎやすくなるように思いました。

産経新聞の文化サロンで「息子が語る柴田トヨ」があるというので、申し込み
ました。抽選で当たって、産経大阪本社に、午後1時半から行く予定になって
いました。

2.3日前に、「そ~だ『くじけないで』展も8月に大阪であるはずだったと、調べ
ました。丁度今日から大阪・高島屋である事を知りました。

それなら、朝のうちに高島屋で『くじけないで』展を見て、ランチして、同じ難波
にある難波産経に行けば、一度で済むわと思いました。

高島屋にいくのも久しぶりだし、バーゲンの時期でもあるしと10時開店に間に
合うようにと9時前に家を出ました。

高島屋には開店5分前に着いたのですが、もう沢山の人が開店待ちをしていま
した。皆さんわき目も振らず、7階会場へ、エレベーターは満員でしたので、
私はエスカレーターを使って上がりました。

この展覧会は東北地方の震災地の方々を励ますのを目的にしたものですから、
加えられた言葉には、そのことが記されておりました。

トヨさんの詩を著名人36人が好きな詩を自筆で書いたものが展示されると言
うものです。「片岡鶴太郎」「ジュディ・オング」「八代亜紀」さんなども含まれて
いたものですから、「詩」に「絵」が添えられていると思っていましたので、その
点は一寸がっかりもしました。

一番初めに「荒木径惟」さんの撮ったトヨさんの写真にはこう記されていました。

「宇都宮の家に撮影に伺った。
トヨさんは化粧して待っていてくれた。
オンナを忘れていなかった。
笑顔がステキだった。
撮影して、生をもらった。

空からも生をもらった」

化粧をする、オンナを忘れていないトヨさん、私はトヨさんより、20才以上も
若いのに、すでに忘れている。お化粧がいやでたまらない。やっぱり、見習う
べきだろうか? 最後の「空からも生をもらった」と言う言葉が何をさすのか
私には理解できなかった。

私はトヨさんの詩集2冊とも持っているので、書かれている詩は、知っている、
でもやっぱり泣きそうになった。言葉というのは凄い力を持っているな~と、
つくづく思った。

トヨさんは90歳から作詩を始められた、私は70歳過ぎてからブログを始め
た。トヨさんは詩を作ることで生きがいを見つけられた、その詩が認められた
ことによって、益々生きてゆく希望を持たれた。私もそうかも知れない、この
ブログが思いもかけない沢山の方に読んでいただいているのは、私の生き
がいの一つになっています。



          「渦アジサイ」   公園の片隅で     (12-6-6)


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