非国民通信

ノーモア・コイズミ

日本的人手不足

2017-09-03 22:45:04 | 雇用・経済

日本一豊かなホタテの村も人手不足で四苦八苦、オホーツク沿岸の猿払(Bloomberg)

 ベルトコンベヤーの両側にずらりと並んだパートの女性たちが手作業でホタテのウロやミミを取り除く。地方自治体の所得ランキング上位の北海道・猿払村の干し貝柱加工場。自動化が進んだとはいえ、加工は人の目と手に頼るところが大きい。日本で最も豊かな村でも、最大の課題は人手不足だ。

 加工場を運営する漁業協同組合の木村幸栄専務理事(73)は「やる気になれば24時間稼動して生産を3倍に増やせるが、それにはあと100人以上必要だ」と語る。加工場の従業員90人のうち19人は中国などの技能実習生。木村氏は「日本人従業員の多くは高齢者で、あと7、8年したら日本人はいなくなる」と悲鳴を上げる。

(中略)

 猿払村は東京23区をやや下回る面積に人口2764人(8月1日現在)を抱え、昨年の住民の平均所得は港区、千代田区、渋谷区に続き4位。高級住宅街が立ち並ぶ兵庫県芦屋市を上回る。村の平均所得を押し上げているのはホタテ漁に携わる約250人の漁業組合員で、加工場の時給は最低賃金の786円にとどまっている。

(中略)

 漁業協同組合の木村氏は「時給を多少上げたところで日本の若い人は来てくれない。2、3倍にすれば来るかもしれないが、それでは採算が合わない」と述べた。漁業が先細る中、省力化投資しようにも特殊な技術が必要な機械は量産が難しく、コストも高くつくという。

 猿払産ほたてを冷凍加工している稚内市の「稚内東部」は従業員73人中18人が中国人。「せっかく海にホタテというお金があるのに、人手がない」と、実習生の受け入れ枠拡大を望む。しかし、同社も採用当初は最低賃金で、仲村房次郎相談役(79)は「うちだけ賃金を上げると、より小さな会社から人を奪うことになる」と話す。

 

 昨今は景気回復(十分とは言えない水準ではありますが)を否定する反政府系メディアさえもが人手不足を連呼する時代ですけれど、ここに引用した記事などは「人手不足」の正体を伝える典型例と言えるでしょうか。なんと「住民の平均所得は港区、千代田区、渋谷区に続き4位」という富裕層の集う自治体が人手不足に悩まされているのだそうです。曰く「最低賃金の786円」で求人を出しても人が集まらないのだとか。

 「平均」の所得が日本で4番目に高いにも関わらず、そこで働く人の賃金は時給800円すら下回る最低賃金で、職場によっては2割以上が外国人技能実習生であることも報道されています。なぜ「平均」すれば圧倒的に豊かなのに、村で働く人の賃金は最低水準なのでしょう。ましてや外国人実習生ともなれば、給与は最低賃金の半分にも満たないことと推測されます。村全体の「平均」は日本でも最も豊かな部類に入っているはずですが……

 もちろん100年あまり時代を遡れば、奴隷を非人道的に酷使することで莫大な富を築いた例は珍しくなかったのかも知れません。しかし21世紀の日本で、最低賃金の労働者や外国人実習生を働かせることで「日本一豊かなホタテの村」とやらが築かれているのはいかがなものでしょうね。「豊かに」なったとしても、それは前時代的な富の築き方であり、進歩ではなく退行によって得たものだと言うほかありません。

 「時給を最低賃金の645円でスタートさせたのは、周辺の需給バランスが崩れると、他の企業が参入しにくくなるからです。」とは、2012年にワタミが陸前高田市にコールセンターを開設したときの言葉です。その当時に比べれば最低賃金が多少マシ(これも不十分ではあります)になっているわけですが――最低賃金ギリギリで人を働かせようとする経営者が後を絶たないことも同時に伝わるでしょうか。(参考、競争しないワタミ

 世の中には経営難を隠れ蓑に人を安く働かせようとする経営者も多いです。最低賃金で人を働かせることでしか成り立たない企業を存続させることにメリットはありませんが、労働の規制を緩和してゾンビ企業を延命させるのが日本の「構造改革」でした。しかるに収益力が低いからマトモな給与を払えない会社ばかりでなく、ワタミのような大企業や、今回の猿払村のように経済的に強いはずの雇用主すらもが、人を最低賃金で働かせることに固執しているわけです。マトモな賃金を「払えないから払わない」のではなく、もっと別の意思が介在していることが分かります。

 本来ならば、市場には競争原理が働くものです。カビの生えた新旧古典派の理論では、需要が供給を上回れば価格も上昇することになっています。だから「労働力」の需要が供給を上回る(即ち人手不足!)ならば、労働力の価格は必然的に上がる、要するに給料が上がらなければなりません。しかし、それを阻もうとする堅固な意思が日本の経済界には存在します。市場原理よりも強い経営者の「理想」があるのですね。

 高額の給与を提示することでライバルから有力選手を引き抜いてくる、そんなことはプロスポーツの世界では当たり前です(色々と制約の多い護送船団リーグがないこともないですが)。勝利のためには有能な人材が欠かせませんし、それを集めるためにはヨソより好条件を提示するのは当然のことです。企業経営も然りで、他社より有能な人材を求めるならば他社より好待遇を提示するのが競争というものでしょう。しかし、それを頑なに避ける、決して人材獲得競争にならないように心を砕いているのが日本企業と言えます。人手不足を託ちつつも、他社より高い給与を提示して人材を奪うようなことは決して行わない、それが21世紀の日本的経営であり、人手不足の正体なのです。

コメント (1)
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