非国民通信

ノーモア・コイズミ

給与を上げるのは解決になり得るけれど

2012-05-14 22:59:20 | 雇用・経済

男女の給与 10対7から7対10に入れ替えるだけで景気は回復する(週刊朝日)

 不景気だと言われ続ける日本社会。しかし、東日本大震災などに見舞われた昨年でさえ、実は輸出額は63兆円と、高い国際競争力を維持している。その国際競争力をさらに上げるキーポイントは、感性を磨ける程度の給与増加だと、日本総研主席研究員の藻谷浩介氏は言う。

(中略)

「とくに重要なのは、男性の7割程度にとどまっているといわれる女性の給与を上げることだ」(藻谷氏)

 雑誌や洋服、化粧品、食事、旅行、どの市場をみても消費意欲が強く、モノに対する感性が鋭いのは女性とも言える。男女の給与を10対7から7対10に入れ替えるだけでも、消費が増加し確実に景気はよくなると藻谷氏は主張する。

 

 ここで引き合いに出されている藻谷浩介氏は自身を批判するブログ記事へ「早く死んで子供に財産でも残せ」と書き込み、損害賠償としてブログ主に10万円を支払うよう地裁の判決を受けたことで有名な人です。私のブログではその手の書き込みは全部消してますけれど、裁判に持ち込めば1件当たり10万円と考えれば結構儲かりそうだなぁと、藻谷氏への判決が下された当時は思いました。とかく反原発の人は、すぐ「死ね」とか「殺す」とか言いますので。訴訟費用を差し引いても、普通にブログの脅迫コメントを裁判所に持ち込むだけで生活できちゃいそうです。わぁい、明日から働かないで済むや。

 まぁ冗談はさておき、上記引用は週刊誌ということを差し引いても色々と酷い記事です。一見すると男女の給与格差是正を求める記事のように見えるかも知れませんが、「男女の給与を10対7から7対10に入れ替えるだけでも」云々はどうでしょうか。あくまで皮肉として、極論として持ち出しただけと見ることもできますけれど、敢えて字義通りに考えてみたいと思います。「男女の給与を10対7から7対10に入れ替え」た場合に何が起こるでしょう? 女性の給与は上がるのかも知れませんが、男性の給与は下がります。もちろん男性の給与を据え置いたままで女性の給与だけを上げることも理論上はあり得ますが、どうにも日本流の格差是正論、日本式ワークシェア論よろしく、社会全体としての給与を下げる方向に動くように思えてなりません。まぁ、そうやって給与が下がればコストが下がって国際競争力は増す、日本で働く人の購買力が落ちた分だけ他国に売りつけようとする傾向は高まるわけでもあります……

 それよりも、「モノに対する感性が鋭いのは女性」みたいなステレオタイプが嫌ですね。こういうステレオタイプに寄りかかって持論を展開する人の言うことは、基本的に信用しない方がいいです。むしろステレオタイプに基づいて考えるなら、家計の財布を握っている主婦の方が締まり屋で、お父さんや独身貴族の方が消費傾向は強いんじゃないかとか、そういう風にも言えるわけですし。

 

「この仕事は合ってません!」と1カ月で辞める新人の“事情”(日経ビジネスONLINE)

 でも、つい先月に政府が開いた「雇用戦略対話」でも、2010年春に大学・専門学校を卒業し正規雇用で就職した56万9000人のうち、およそ35%に当たる19万9000人が、既に2年で辞めていることを明らかにした。
 
 若者が3年以内に仕事を辞める傾向が高まっていることは、ここ数年問題視されてきたが、「2年で35%」となったのだ。「このままいったら、3年以内で辞める大卒者の離職率は5割を超える」との憶測もある。

(中略)

 「彼はうちの会社に来る前に、大手の企業にいたんです。最初は何か問題でも起こして辞めさせられたんじゃないかって、疑いました。だって、賃金の面でも大手は何かと恵まれているのに、『なぜ、うちに?』と普通は思うでしょ。」
 
 「ところが、採用面接の時に、『もっと自分の力が目に見える会社で働きたいと思った』なんて言うものですから、『だったらうちに来い!』となりましてね。自慢じゃないですけど、我が社の若手はみんな元気がいいし、彼らが『働きがいがある』と言ってくれることだけが、私の自慢でもありましたから」

(中略)

 そんな自分と出会うには、ある程度の時間が必要なのだ。たった1カ月、たった1年、たった2年で、「合わない」と結論を出すのは早急すぎる。「石の上にも3年」なんて説教くさいことは言いたくないけれど、3年だけ仕事にひたすら向き合ってみてから、自分に合った仕事探しをしても遅くはない。

 

 で、これまた酷い記事です。要するに「今時の若者は辛抱が足りん」と言いたいようですが、これもまたステレオタイプに寄りかかった、信用に値しない駄文です。確かに、若年層の離職者は増えているのかも知れません(厚生労働省の統計pdfからは一概にそうも言えないように見えますが)。しかし、それは若年層だけの問題でしょうか? 社会全体の雇用情勢が悪化、意に反して仕事を失う人が珍しくなくなった時代です。そうした波から若年層が無縁でいられるはずがありません。引用したコラムでは、というより俗流若者論の文脈では「この仕事は合ってません!」みたいな、あくまで離職者側の都合に見えやすい理由がピックアップされますけれど、果たして離職した若者の内で「本当に」そういった理由が当てはまる人はどれだけいるのか、私は大いに疑問を感じるところです。

 結局のところ、規制緩和と超・買い手市場の結果として、あまりにも雇用側が強くなりすぎている、それが労働者側に無理を強いていることにも繋がっているわけです。そして押しつけられる無理難題に応えられないものは会社から追い出され、また新しい人が採用される、そうしたブラック企業型のサイクルが離職者を増やしてはいないでしょうか。若者の全員が「自発的に」離職しているのならいざ知らず、少なからぬ若者(若者だけに限りませんけれど)が意に沿わぬ形で職場を追われているとしたら、上記のコラムのような精神論へのすり替えほど悪質なものはないと言えます。

 また転職活動中の自分には常識としか思えないのですが、「前の会社を辞めた理由」が正直に語られることなど滅多にないものです。前の会社を辞めたからには何らかのネガティヴな理由があるのが実際のところで、しかるに面接でネガティヴなことを口にすれば敬遠されるのが常でもありますから。だから「もっと自分の力が目に見える会社で働きたいと思った」みたいな一見すると「前向きな」転職理由が述べられるわけです。それを額面通りに受け取る人がいるとしたらバカとしか言い様がありませんけれど、偉い人にはそれがわからんのですと言ったところでしょうか。ともあれ離職した人の述べる「表向き」の理由を鵜呑みにすべきではありません。

 もっと簡単に社員を解雇できるようにしろとの要求が喧しい一方で、早期退職者の数に眉をひそめる道徳論じみた声もまた目立つのは、ともすると矛盾したことに見えます。しかし「全ては雇用主の御心のままにあるべきなのだ」という観点からは首尾一貫したことなのでしょう。会社が社員をクビにしたいときは自由にクビに、しかし社員の側から自発的に辞めるのは許さない、そういう思惑があると上記の二つの主張が並び立つことになるわけです。だからこそ、若者の側に危機意識が募るのかも知れません。今は大丈夫でも、いずれ中高年に足を踏み入れたら会社から追い出されるのではないか、そうなったときにはもう転職先など見つかるはずがない、そういう危機感が真に迫ったものとして存在しているからこそ、まだやり直しの利く若い内に少しでもマシな会社をとの行動にも出るのでしょう。本当に若者を会社に引き留めたいなら、長年にわたって勤めた人に待遇面で報いるなどのニンジンが必要です。しかるに、これを放棄、否定してきたのが近年の日本社会でもあります。長く勤めることのメリットがなくなった、それで早期離職者が増えるとしたら当たり前のこと、必然的な結果として起こっていることを嘆くのはお門違いというものです。

 

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コメント (5)
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