自転車のサドルの上で・・・

サドルの上での気ままなひとりごと

大晦日

2008-12-31 | Weblog
 今年も今日で終わる。
 この一年はまたもや怪我(肋軟骨骨折)をするなど、我ながらあきれた年となった。6月の栂池で痛くなった、右手親指の不調はこの骨折で、運動を休んだおかげか気にはならなくなったものの、使うと再発しそうな感じである。
 歳であることは事実で、今年のように2ヶ月乗らないでいると回復するのは並大抵のことではない。筋トレをしないと追いつかないのではないかと思っている。ただでさえ、乗鞍の記録をみても54、5歳を峠として下り坂である。ただ乗っているだけでは筋力の衰えについていけなくなっている。
 それで良しとするかだが、そういうことに気をつかいつつも、時間の使い方として、もう少し別のことにも使いたい気もしている。しかし、まぁ一生の趣味として、サドルから降りることはないでしょう。
 
 さてはて、輪界の既報であるが、来期は梅丹GDRの新城がプイグテレコムで走るようだ。自分として一番好きな選手なので頑張ってほしい。今中以来のツールを走ってほしい。そういうことを期待して来年へのエールということに。

 写真は年賀状。(楠の酒蔵です。建物は文化財です。黒いところが多いので彫るのが少しは楽であった:左は住所があるので黒くしています)
 今年一年のご厚情を感謝いたしますとともに、皆様の来年のご多幸を祈念いたします。

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掃除三昧

2008-12-30 | Weblog
 時節柄というか当然ながら掃除デイ。
 昨日剪定した枝を車一杯ごみ処理場へ運んでからは、婆さんの家へお掃除に。自分の家は帰省した娘に任せて、一人所帯の婆さん宅へ。
 まったく好き勝手し放題のためあばら家同然となっている。3×6のガラスサッシを16枚洗い拭きするだけで腰が痛い。網戸もついているし。それで、いつも雨戸を締め切っているところの4枚は勘弁してもらった。その他ごみ同然の様々なものを処分。
捨てられないのは、よく分かるが勢いでやらないとごみと生活することになる。
 しかし掃除は精神的に良いことで、前向きに生きるために時々やる必要がある。特に婆さんのような一人暮らしではね。

 昨日久しぶりの乗ったオルカ号(写真は昨日「亀が広」で)、やはり推進力がすばらしい。ダイレクトに力を伝えるようだ。伝える力のある脚にはもってこいと言う感じ。ない人にもそれなりに、と言うところか・・・。

 そうそう、NHKで「自転車二人旅イタリア1200km」と言う番組、蟹江一平と猪野学のロード好きの俳優二人が旅するお話。昨夜の録画を観た。
 再放送も31日10時5分からありますが、うらやましいばかり。いきあたりばったりでも、スタッフが付いているからね。山の神は「(自転車で)行くなら一人でね」と釘を刺すし・・・。
 
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走り納め

2008-12-29 | Weblog
 良い天気。暖かく、風もおさまった。今年最後のライド。久方ぶりにオルカ号を引っ張り出した。
 なんと、フレームに白いホコリが積もっていた。8月末の「乗鞍」以来だ。ちょっと可哀想な気も。昨年の事故の補償金をフレーム購入につぎ込んだが、出掛けに山の神にそのことを言うと、「前もオルカと違(ち)ごたん?」と無頓着。「前のは・・・」と言いそうになって止めた。言わぬが花ですな(前は10万のエミネンザですよ!)。9時出発。
 今日はグリーンロードで白山まで。途中、美里の辰水神社によって、来年の干支を見物。丁度お払い神事の最中で大勢の人だかり(写真)。報道カメラも来ていた。毎年神社の入口のところにくぐり門のように、地元の人々が作製した巨大な干支が飾られる。
 その後は、白山の「亀が広」から石橋を渡って久居経由で中勢バイパスで帰宅。
 途中、久居の「十得」で走り納めに旨いそばでも食べようと、意気込んでいったが、定休日。残念。久居インター近くの「一八」も定休日でだめ。どうしようかと街中を走っていると、「ぎゅうとら」の看板が。そこで、ぎゅーとら久居店内の「ラ・ミシェット」でパンを買って食べることに。
 「ラ・ミシェット」はフランス人のパン屋さんで旨いと評判。前から気になっていたが、初めてだが期待通りの旨いパン屋さんでした。変なものを食べるよりずっと良かった。
 13時前に帰宅。走行82km。
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華氏451

2008-12-28 | Weblog
 今日はMS錬の日で行く気はあったが、寝坊してしまった。普段なら休みとはいえ7時前には起床できるのだが、前日の映画の観すぎか、7時半過ぎに起きてしまった。結局暮れに残した仕事の整理をすることとした。
 
 さて、先日見た映画に「華氏451」というのがある。66年英国で撮影された。レイ・ブラッドベリィのSF小説(56年)を映画化。42年前の映画であるが、その社会はまさに今の社会への警鐘となっているようであった。
 華氏451(摂氏220度)は紙の燃え出す温度である。映画のなかの社会では書物が禁止されていた。主人公は「消防士」でこの社会では書物を燃やすのが仕事となっている。書物を隠し持っている家を摘発し、火炎放射器で焼き尽くすのが仕事である。消防というより「焚書官」である(写真)。
 この社会では各家庭には100インチぐらいのテレビ、各部屋には電話機があり、新聞は配達されるが「漫画」だけ載っている。(原作の小説では外に出るときは超小型の耳掛けラジオをつけることになっていて、そこからの情報だけを仕入れるような仕組みになっているというが、映画では省かれていた)
 要するに情報遮断。都合の良い情報の管理社会。焚書は始皇帝もやったがヒットラーなどもやった。常に起きうる問題だ。
 物語はこの「消防士」が本に目覚めることによって事態が発展するのだが、この古い映画・小説は今の社会に少し似ている。SFなので未来を予言しえている、と言うべきなのかもしれないが。
どこからでもつながる携帯、メール。メール依存症も広がっている。耳にはアイポッド、そして大画面のテレビにうつつをぬかしている。
 本といえばコミック全盛。他はハウツー本やお気楽な小説、新書・文庫もゴーストライターやお手軽な内容になっている・・・などなど。
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京義線(映画三昧)

2008-12-27 | Weblog
 今日は寒いし、家で書類の処分など掃除などのんびり過ごす。
 映画の録りだめがキャパをDVDRのハードディスクを残り少なくしているので、年末年始の番組用に、観て整理している。
 NHKの黒澤明の映画も貯まって来ているし、少し、DVD-Rにおとしたりしているがやはり、観てしまって消すのが一番。
 昨夜は黒澤の「乱」を観た。今日は「羅生門」を少し覗いてみた。初期の作品の緊張感が、「乱」ではどうも抜けるところがあるようなものを感じたからだが、75歳の時の作品である「乱」は、若いときと違って、精神描写にこだわりすぎるようなものを感じた。歳をとると「想い」が強くなるのでは、と自分が歳をとるとそういう事が感じられるようになってきたため、そう思うのかもしれないが。
 午後からはワイアットワープとドクの史実に出来るだけ忠実にした西部劇「トゥームストーン」と07年の韓国映画「京義線」を観た。トゥームストーンは事実に迫るという設定が迫力であったし、「京義線」は日常おこりうる事件に揺れ動く若者を描いた佳品で、なかなか面白かった。美人のソン・テヨンと地下鉄運転手役のキム・ガンウが主人公。自分が面白いと思ったのは鉄道好きの「鉄ちゃん」でもあるからかも知れない・・・。
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え-かげんなことを書いてしまった。

2008-12-26 | Weblog
 昨日はろくろく確認せず、自分の記憶で書いてしまったが、確認したら、6月23日(水)は昭和29年だった(また、前後数年には該当はない)。以前調べたときは31年のような気がしていたので、そのまま書いたが間違っていた。また、その場面は今日確認したら4秒ほどあった。
 どうでも良いことだが、間違いは間違い。

 今朝は雪が降って、今夜も冷たい。ここらあたりに積雪はないが、鈴鹿の山手の方は積もっていることだろう。今夜のNHKで湯の山の風景を映していたが、大雪の感じであった。
 
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最後の国民作家 宮崎駿

2008-12-25 | Weblog
 77年生まれだから、31歳か。慶応の助教の酒井氏が書いた本。作者は「もの、仕事、風景」が均質化する時代に、それらをちゃんと生命を吹き込んで描いていることが、宮崎が「最後の」国民的作家としている、と解く。
 少し観念的なきらいを感じて、斜め読み。所要30分。文春新書。
 宮崎の作品制作過程のエピソードには知らないこともあり、そういう点は面白く読んだ。
 「トトロ」のあのサツキとメイの家は、裏想定では以前結核患者が療養のため住んでいて、日当たりの良いテラスなどはそのためである設定、また、カン太が「お化け屋敷」と言ったのはその患者が亡くなったことも意味している。また、カン太のおばあさんは、その患者の面倒見、お手伝いをやっていて、農家の人にしては歯切れが良い物言いをする・・・など。宮崎はそういう表にでない設定をして作っていたということ(宮崎の母親も30年初頭まで結核を患っていた。また、この家の和洋折衷のモデルは宮崎がS25から住んでいた家という)。
 自分が気が付いていることは昭和20年代末から30年代初期を想定しているこの物語で年代がわかるものとして、メイがサツキの学校へやってくる場面で、教室の黒板に6月23日(水)と書いてあることだ。これは昭和29年である(31年と勘違いしてた)。4秒ほどしかでないので、よく観ないと気づかない。
 まぁどうでも良いことではある。
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Merry田吾作

2008-12-24 | Weblog
 クリスマスイブではあるが、今年は山の神と二人。昨年は娘達の引越しがあり、一人であった。まぁクリスマスイブは日本じゃ子どもの行事。サンタの役を果たしている全国のおとうさん、ご苦労様。
 婆さんの「田吾作」発言から、山の神は私に「田吾作」を連発。全くいい迷惑だ。
 確かにあんまり気は利かないかもしれないが。この寒空の下、全国のご同輩に「メリー田吾作」とつぶやいてみる。
 写真は近くで見た家の飾り。(キリスト教徒のお家ではないと思うのだけど)
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墓参り

2008-12-23 | Weblog
 午前午後と。昼中は賀状の宛名書き。毎年、宛名書きは山の神の仕事にしているのであるが、昨年から自分の関係分は書くようになった。これが時間のかかること。摺るのと同じくらいかかる。今や、パソコン賀状全盛の時代に表も裏も手作りは貴重となってきたが、いつまで続くことやら。
 昼前に婆さんと3人で墓参り。おやじの命日が30日なので早めだが済ませてしまう。ついでに昼食会。
 婆さんは最近は男女共同参画とかに興味を持ち出して市の講座なども聞いているらしい。「男も家事を分担しなければならない」と主張する。この間も「上野千鶴子」の本を読んでいた。80歳超えて「上野」もないだろうと思ったが、婆さんの話によると、老人仲間での男女関係も面白いらしい。「このあたりの男はみんな田吾作でスマートでない」などとひとくさり。渡辺淳一も老人ホームでの恋愛沙汰を小説にしていたが、生々しいはなしは驚きですな。
 「男も女も死ぬまでやに・・・」と婆さん。命日の墓参りの話としては「おいおい」と言いたくなったが・・・。
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穏やかな月曜

2008-12-22 | Weblog
 月曜だけど、お休みをいただいたので、ゆったりと4連休となった。
 賀状の仕事の方は、昨夜は印刷に取り掛かり、今日の午前中で仕上がった。
 版画で難しいのは彫るより、印刷。今年も220枚中12.3枚失敗してしまった。原因は不注意。丁寧に行えば失敗はない。大体200枚摺るのに5時間はかかる。1時間40枚程度。彫るのに6時間程度なので、彫りと摺りは同程度の重要性である。
 行程は、墨一色でも、まず葉書を新聞紙にはさんで霧吹きで湿らせておく(絵具が載りやすい様に)。版木に絵具をハケで塗る。葉書を新聞紙をめくって取り、版木に位置を合わせて載せる。バレンで摺る。失敗はバレンで摺る時である。葉書は堅く厚いので、版画向きではない。慎重に押さえて摺らないと、絵具の上で葉書が滑ってしまい、だめになる。(木版画用の賀状を作ってくれれば買うのだけど、需要がないか・・・インクジェット用は更に堅くつるつるだから役に立たない)
 何事も基本が大事。基本に忠実に丁寧に行えば、失敗はない。疲れや焦りが不注意を生み、基本を忘れ怪我の元、まったく自転車と同じである。
 
 午後は2時過ぎから、椿神社へ年末のお参り。今年一年の無事(肋軟骨やったし、無事でもないか)を感謝し、翌年の平穏無事を祈る。一応お賽銭も。
 走行41km。
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引き続き、籠る

2008-12-21 | Weblog
 夕方には天気が崩れるという予報。自転車に乗るには暖かく穏やかな天気。しかし朝から版画。昨日は下絵を作製したが、裏返して版木に張るところを表のまま張ってしまった。やれやれ張り終えたと、トイレのドアノブに手をとったところで、ヒヤー、と思い出した。裏返して張らなければならない!
 全面糊付けした下絵を慎重にはがして、なんとか修復。危ないところだった。
 大体、一年に一度の制作では技術は上がらないし、忘れることの方が多くなる。ぼちぼち潮時か、と思いながら、乾くのを待って彫り出したが、これが進まない。いやいやしているので気が乗らない。やはり手抜きするための題材では気が入らないのか。
 「手抜き」の題材とは、黒い部分が多いものである。線を引くだけで、彫り込まなくて良いからね。
 日程の一日が過ぎて、このままでは、進まないなどと言って、言い訳できなくなる事態となった。今日は集中して作業。
 山の神は、昨日は尾鷲の実家、今日は京都の宇治へと、年末というのに、極楽トンボだ。
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賀状の準備

2008-12-20 | Weblog
 いままで全く手をつけていなかった、賀状の準備に取り掛かることとした。
 全く背水の陣。一刻の猶予ならなくなった。昨夜の忘年会で忘年会シリーズも終了。22日の月曜は無理無理お休みをいただいて、4連休と集中的に作業を行うこととしている。
 
 まず題材を何とするかだが、これは手抜きできる題材を偶然ある冊子を見ていて発見した。今朝は10kmほど離れたところへその題材の取材。車がないのでジャイアン号で、スケッチブックをカバンに入れて。賀状が出来るまで自転車に乗っている暇はないで、まぁ取材兼ねてのライド。
 なにができるか、できないかは後ほど・・・・。では作業に・・・・。
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競輪の未来(2)

2008-12-18 | Weblog
 昨夜はろくろく調べもせず、感覚で書いてしまったが、さてはて胴元である、JKA(旧日本自転車振興会)とはどんな組織かとHPを見てみた。
 この財団は法に基づく財団として競輪事業(オートレースも)をすすめている。会長は下重暁子でこれは有名人をすえただけ。実権理事は国のお役人の天下り。
 19年度の決算は収入714億円、支出565億円。149億繰越となっている。もっとも支出のうち、内部留保(財団だから活動のための財産となるのか?)の新たな財産取得で260億ほど使っているので、これは常の蓄え用か。収入には投資有価証券売却収入で25億円(同額を再投資支出)など、まぁ極めてゆったりした財団だ。
 これって、国の外郭団体でもないかもしれないが、法に基づく財団だし、隠し財源にあたらないかなと思ってしまう。株価低迷で損失もあるかもしれないが、大船に乗っているようなもので多少の損失は応えんね、この財団は。
 まぁ、国民に納得いくようにお金は使って欲しいもんだ。
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「競輪」の未来

2008-12-17 | Weblog
 BSiの「銀輪の風」で競輪選手だった滝澤さんが、マンチェスターで行われたUCIトラック・ワールドカップ戦などに併せて、英国と豪州(メルボルン)の選手養成システムを取材していた。
 「ケイリン」がオリンピック競技にもなり、国際競技になっている。
 一方で国内はどうか。百年一日のごとく「日本式」にこだわっているのではないか。250mと400mのトラックの違いは巨額の設備投資が必要としても、機材は鉄フレームに手組みアロイホイール。ジャージやヘルメットも投票者がわかりやすいようにかなんとかレンジャーみたいないでたちだ。選手がかっこいいとはとても思えない。選手のためのいでたちではない。全く何十年も変化を拒んでいるようだ。
 審判が目で観て判断する昔の時代を過ぎ、判定が電子化され、大きなビジョンが設置されてもそのままなのは誰のせいか、と言いたくなる。いわば鎖国的状況。
 滝澤競輪元チャンピオンは、英、豪の科学的、本格的な選手育成のシステムに驚いて大いに啓発されていたが、かの国との差はそういう点が根本でもないのかも知れない。
 競輪の揚りで養うことの出来る「恵まれた」育成環境が、かえって鎖国的状況を生み出しているのではないか、というところに思いいたるのであろうか、と感じながら番組を観ていた。
 百年一日のジーさん相手の競輪運営ではファンを盛り返すことなど出来ないのではなかろうかと、心配する。
 
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小曽根とオスカー

2008-12-15 | Weblog
 いやー良いJAZZ番組でした。昨日のNHKBShiの番組。今日録画で見た。
 一番好きなジャズピアニスト、オスカーピーターソンの魅力を、なるほどよく分かる小曽根真の解説だった。ジャズピアニストの小曽根のCDは一枚しか持ってないけど、これは買ってあげなくては、と思いました。
 ピータソンは色々言う人もいるが、あれだけ楽しいピアノはない。圧倒的なドライブ感、粒立ちの音。これらは天賦の才ということではなく(才もあるだろうが)、全く超人的な練習の賜物という解説。音楽で身を立てる決心を打ち明けたとき、父親からは「グレイトなピアニストではだめだ。トップでないと」と言われ、努力した成果。夜の12時過ぎまで弾いていたという。
 自分で心から楽しく弾いているから人にその心が伝わるという、オスカーの人柄が偲ばれる話でありました。
 オスカーピーターソンは昨年の12月23日82歳で逝去
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