自転車のサドルの上で・・・

サドルの上での気ままなひとりごと

思い出の自転車

2021-12-30 | Weblog

 昨日は墓参りと婆さん宅の仏壇へお参りをした。正午を回ってしまったので、うどんでも食べに行くかと、神戸(かんべ)の「縁」へ初めて行く事に。店は旧国道沿いで近鉄踏切のそばにある。
 内装はカフェのようにオシャレで若い人が多い。うどんは腰があり、美味い。天ぷらうどんを食べたが、揚げたての天ぷら(エビと海苔)を別皿に出してくる。乾いた衣を食べたい人もいるからネ。
 で、店内に古いロードがおいてあり。クランクがピカピカなので、ディスプレイ用、と思った(乗れる状態なのでたまに使うのかも)。店主が好きなのかな?でも後ろは6段変速、sakae sxのクランクなど、45年ぐらいは前ではないか、と。フレームは塗り直されどこのか分からない。
 店の中で、自分の昭和50年(1975年)に初ボーナスで買った「ブリジストンSSQ10」を思い出した。あれも6段ではなかったか、と(写真)。購入時に、峠用に25Tのギアを28Tに変更し、RDもサンツアーVラックス(ロング)に変更した。後で自分で6㎝のステムを格好の良い9cmのステムに変更したものの、ハンドルが一挙に遠くなりすぎて、サドルを前に出した状態、が良く分かる写真(笑)。フレームはトップチューブ533.7mm、シートチューブ530mmだったと思うので、今なら、サドルを前に出すことは無いだろうが、初めて乗ったドロップハンドルはそんなものだった。(リムは26)

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腰痛の年越し

2021-12-28 | Weblog

 4,5日前に、婆さん宅の伐根作業(胸高径25㎝、根元で30㎝以上ある木)途中で、軽く腰を痛めた。で、今日、絵を描いていたが、少し作業を進めようとして、同じ姿勢をとる。すると、再度、今度はやや強く痛めた。窮屈な姿勢で、背をそらせた時に痛みが走り、背を丸めていると治まっていくので、これは脊椎管狭窄症の再発かと。やれやれ、こりんなぁ。しばらく安静の年越し。
 サイクリングと脊椎管狭窄症は良縁で、背を丸めての運動は問題が生じない。しかし、次回乗車は年越しだナ。
 フェルメールの絵の方は、こんなところで、今日は描き納め。細部をみれば不満ばかりで、これも年越し。 

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味噌を買いに

2021-12-25 | Weblog

 明日から冷え込むという。山の神が柚子で「ゆべし」をつくりたいと言うので、午前中、味噌を買いに久居戸木の「味噌伝」まで往復。中勢BPも年末とあって車が多い。やや向かい風なので進まないが、急ぐ旅でもないので、ゆっくりと。
 今月初めのセールには残念ながら行けなかったが、ここの味噌は美味い。この店でも「ゆべし」は製造販売していて、高級品。素人が作るのは気温などの条件もあって難しいが、どうなることやら。
 お店で、[「ゆべし」に、どういう味噌を使っているのか確認して、豆味噌を2kg購入。ついでにこの時期に作られた麹味噌も購入。(写真:樽から掬って計量する)味噌だけで2.4kgをザックに入れての帰途は、多少追い風となって、速度が上がる。走行52㎞。
 娘夫婦孫たちが来るため、大晦日に向けてこれから掃除、片付け作業なので、まぁこれが走り納め、というところかな。

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クリスマスイブ

2021-12-24 | Weblog

 クリスマスイブの今日は、年賀状作成の日とした。永年出していた年賀状だが、2022年の今回で最後とする案内とした。
 断捨離ですな。というか、かつて属していた、仕事の同輩、上司、先輩もいるが、より若い人もいる。彼らも、もう定年か、それに近い歳だ。親戚関係もこの際、同様とした。
 これから新たにできる人間関係ではもう年賀状など交わさないだろう。
 リセットして、新たな世界で生きていくというような感じ。キリスト生誕にちなむ日にふさわしい、かも。(12/25がキリスト生誕の日とされたのはローマ帝国時代。生誕日は不明だったが、冬至を過ぎ、春に向け、太陽の力が大きくなっていく日を生誕日としたらしい。)

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馬、鶏を得られず(定休日)

2021-12-21 | Weblog

 先日の降雪以来、寒い日が続いたが、今日は気圧配置も緩み暖かくなる、ということでサイクリング。安楽方面は路面に雪が残っていると思われたので、南の方へ。山の神に午前中来客ありとの事で、駐車場を空けようと思って、車であの津台公園までデポ。
 9時半を回ってスタート。行き先は、中村川。
 先日の雪では、自宅で3,4㎝の積雪、朝一番は冬用タイヤが役に立った。ところが津方面では雪は降ったが、積雪までには至らず、中村川も冬景色だが、雪の気配はない。
 川の流れを見ながら、じっくり、ゆっくり登る。合ケ野に架かる丸太橋を覗くと、元通りに架かっていたので、見に寄る。(写真)手前の3本組が岸に上がって流されるのを防いでいたが、4か月はそのままだった。元に戻すのは大変な作業だろうな、と。
 さて、今日のランチは「うきさとむら」鳥焼きか、と店の前へ出てみれば、お休みの看板。火曜は定休日だった。定休日をすっかり忘れていたのは失敗。11日の美杉の「鹿」の二の舞。今回は馬(人参の必要な)、とり(鶏)逃がす、と言うところか。ここで11時半過ぎとなっていたので、細野峠を越え、西野のコンビニでおにぎり購入し、腹を満たすこととする。
 帰途、久居のぎゅーとら内のラミシェットでフランスパンを買って(運びやすいよう半分に切ってもらう)、デポ地まで戻る。走行88㎞ 今年も残りわずかだ。
 

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すだちジャム作り

2021-12-18 | Weblog

 12月恒例の、すだちジャム作り。今年は不作の年(2年周期で変わる)なので、実の成りが良くない年。昨年の3割ぐらいで実も小さめだ。
 それで、木には野鳥用に10個ぐらい残して、全部収穫した。実が小さいのが多いので、それほど多くないと思ったが、今日ジャムを作るために量ると2.5kgあった。
 1/4カットして、芯の白い筋を取って、身と皮を外した状態(写真)。これからが大変。皮の裏側の白い所(苦味が出る)をペティナイフでこそげ取り、皮のほうは千切りにして、5回茹でこぼす。身から種を取り、取った種を別の袋に入れて、身とともに鍋に入れて煮詰める。
 煮詰まってきたら、種の袋を取り、砂糖とハチミツ少々、茹でこぼした皮を入れて再度煮る。(多かったので2個の鍋を使った)。砂糖はレシピ分量より2割カットしたが800g使用。
 朝8:30~16:00過ぎまでの労働(今日は山の神がいないので・・・)
 酸味も苦味も利いた甘さ控えめのジャムが9瓶出来ました。明日朝はパンなので愉しみ。

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ヘンドリッキエの加筆

2021-12-17 | Weblog

 2年10月前に描き上げた、レンブラントの「ヘンドリッキエ」の絵を家で眺めていたが、元々似ていないのは力不足でしょうがないが、鼻の大きさには不満があって、手を入れることとした。
 昨日と今日で加筆したが、まだまだだ。
 加筆前(左側)に比し、加筆後(右側)の鼻は細くなり、位置も2㎜は上にあげ、全体を小さくした。口も描き直し、1㎜上げたつもりだが、色を地味にしたほかは、あまり変わっていない。また、左眉尻を気持ち下げて、原画のやや寂し気な表情の感じを出した。眼も左目頭の眼白が右目尻の眼白より明るいのは光の方向からおかしいので少し暗くし、眼の力を減じるようにした。
 色々なぶって、首筋がおかしくなったので、また手を入れる必要。
 似ないにせよ、原画の少し寂しげな雰囲気に沿うように、の気持ち。レンブラントの人物画は内面表現の奥が深い。でも、この絵を描いた頃より自分は進歩しているのかしらん・・・。


 

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お弁当サイクリング

2021-12-15 | Weblog

 少し日があくと自転車に乗りたくなる。ということで、9時過ぎに家を出る。
 まずは錫杖湖の登り、続いて伊賀越えの登り。すっかり冬の気配となった林間をマイペースで登る。鹿を撃つ鉄砲の音が聞こえて、しばらく登ると、雌鹿が道路に出ていて、こちらを見て山の方へ逃げて行く。この仲間がやられたのかな?と思いつつ、雌鹿は旨いからなぁ、とも考える。
 ほどなく、標高500mの峠へ、ウィンドブレーカーを着込んで降りる。途中、旧国道沿いの猿簑塚に立ち寄って芭蕉の句「初しぐれ猿も小簑をほしげ也」を眺める。芭蕉が伊賀へ向かう時、長野峠越えで詠んだ句。(初しぐれとは「その冬初めてのしぐれ」の季語で丁度時節だ。)
 今日のランチ、今年最後の「一粒庵の弁当」600円、11時半過ぎとなったので危惧したが、最後の一つでゲット。近くの農道に腰かけて頂く(写真)。この弁当は旨いだけでなく、体の芯に養分がしみ込むように感じる。ご飯は玄米をチョイス。お弁当目的のサイクリング。
 食後は容器を返却し、五百野から家所~県道411号、649号、410号~あのつ台~中勢BPで13時帰宅。走行75㎞。

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「贋作画家」

2021-12-14 | Weblog

 昨日の公民館での絵画サークル、フェルメールのの模写作業。先生はこれを見て贋作画家になれると「お褒め」の言葉。中国で何百人もの画工が制作している仲間になれる、という意味らしいが、中国では一日何枚描くかが勝負で、一枚に数か月かかっているようではとても商売にならない。
 小さい絵(8号大)だから、速く描けるか、と思ったが、実はこれから細かい所を修正しながら描く必要がある。フェルメールのこの絵は、超微細で、よくまぁここまで描いているなぁ、と発見だらけだが、とても、そこまでは真似できないが、まだまだ近づくための余地はあるので、ゆっくり構えようと思っている。
 次の作品を考えないといけないので、この作業はその合間にすすようと一旦額にいれて正月を迎える。
 フェルメールのこの絵、テーブルの形は台形を底辺でつなぎ合わせたような6角形である。これまでは長方形のテーブルとすると遠近法上おかしいので、フェルメールが絵の効果を考え、絵の上で異形の机に創作とした、と言う説が主流であった。
 近年の研究で、当時こういう形のテーブルがあったことが分かり訂正されている。模写するまでは前者の説を正しいと思っていたのだが、模写作業では6角形である事が良く分かった。もっとも、すべてあるがままにフェルメールは描いているわけでもない。パンや衣服の光の粒や、壁に掛かる籠の光の粒など効果を考え描き入れている。それもかなり入念に。こういう所は次からの作業。現在の所、遠目には贋作という感じ。

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馬、鹿得られず

2021-12-11 | Weblog

 東京から兄が来ていたため、今週はひたすらお付き合い。そんな事で、今日は気晴らしサイクリング。行き先は美杉の谷。今日は暖かくなりそうで、先週より上下をワンランク薄着として、9時ごろ家を出る。
 1週間ぶりだし、疲れも残っているのか、脚が重い。亀が広では後ろから来たS-WARKSに抜かれるが、昔なら付いて行けるのに・・・と思いながら見送る。
 竹原でトイレ休憩して、八知までくると11時半。腹もへって、鹿フライ、鹿フライと念仏を唱え、店の前へ。ところが、様子が変。なんと、先月24日から当分の間休業、と貼り紙。ここまで54㎞、がっくり来たが、食料は必要、ということでこの先のコンビニでおむすび3個とお茶購入。それを持って比津の駅まで。ホームの待合でベンチに腰かけてランチとする(写真)。
 食べて、比津峠を登り始めるが、一向に力が出ない。馬に人参を食わせなきゃ働かんぜ、この冬は鹿フライが食べられない・・・などとモチベーション下がるばかり。ランチが楽しみでロングを走るのに、なんてこった。
 峠を降りて、雨乞峠を登る気力もなく、八手俣川沿いに下る。対岸にある中津集落の所まで来ると、長らく工事中だった道ができているようで、橋を渡って、ショートカットとなるが幅の狭い新道を登ることに。この道は神社の北側でBPと合流する。
 後は、矢頭トンネルを抜けて、大仰で往路のルートと合流、中勢BPで15時前に帰宅。走行118㎞
 (矢頭トンネルの嬉野側は来週から10日間ほど通行止め表示あり)

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冬装束の季節

2021-12-04 | Weblog

 来週は4日間予定が入っているので、今日あたり乗らないと10日間程度空くことになるなぁと、サイクリングすることとした。12月上旬としては寒く感じたので、冬用タイツを着用。最初、シマノのタイツをはいたらやや暖かく感じたので、秋用タイツで乗ろうと思って外へ漕ぎだしたら寒く感じたので、20年物のパールイズミのタイツ。ボロボロだが、布がすり減って丁度良い感じ。上はロビロン半そでに冬用ジャージ、手袋もTNIの冬用(-5度表示があるが、自分には+5度が限度かな)、靴下はユニクロのヒートテックにシューズカバー初着用。すっかり冬装束だ。
 安楽の坂もすっかり初冬の景色。この坂も一気に登るのが辛くなるようになってきたので、大S字カーブの手前で写真休息(写真)
 滋賀県側に出ると、標高も高く、西北の風も一段と強く、気温も低く、手袋してても指が冷たい。冬装束で正解だった。アンダーが半袖なので、ウィンドブレーカーがなかなか脱げない。
 さて家を出るのが9時前と遅くなったので、ランチ予定の「宇奈月」では外に3人が並んでいる。この風の中、外に並ぶのは止めておこうと、通り過ぎて、田堵野経由、上馬杉の蕎麦屋「拓庵」で、ざるセット(1100円)半年ぶり、稲荷寿司にかき揚げがついて腹は満腹。
 食後は東湯船へ抜ける丘越えの旧道を楽しんで(新しいBPがあるが旧道の方が良い)、上友田、小杉、柘植、加太、関で2時頃帰宅。走行95㎞

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半眼?

2021-12-02 | Weblog

 天気は良いが、絵の作業。午前中は「光る海」の加筆作業。腕が短い所があり、1㎝ほど肘を後退させ長くする。ついでに指先を若干伸ばして、少しは不自然さが無くなった。手慣れた画家なら、姿勢も含めて直せるのだろうが、人体デッサン訓練がほとんどない自分はそこまで出来ない。たまに電車に乗る時、手帳に乗客のクロッキーで時間つぶしをすること(電車クロッキー)ぐらいだ。
 午後から、フェルメール「牛乳を注ぐ女」細部、模写の作業。
 いままで、伏し目姿なので線で眼を描いていたが、拡大した本物の画像(写真)を見ると、半眼ではないかと気が付いた。右目に白い所が表現されているような・・・。左目は蔭になって良く分からない。
 これを描いたフェルメールの視点(水平線)はモデルの左バストの位置ぐらいなので、顔をやや見上げる事になり、眼球の一部がかすかに見えていたのかもしれない。
 事実は不明だけれど、左目の長さ7㎜程度の目の表現で同じように描くのは至難の業。
 でも、眼の感じで描き入れてやると、「ありがとう」と言っているような気がするので、これが正解なのかもしれない(違うかもしれない)。仏像も半眼が多いからなぁ・・・と模写も宗教的雰囲気になってきた。

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