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あるマーケティング研究者の思考と行動

社会経済物理学ミニ・シンポジウム

2011-10-17 08:53:48 | Weblog
土曜の午後は中央大学で開かれた「社会経済物理学に関するミニ・シンポジウム」を聴講した。講師は京都大学の青山秀明先生,新潟大学の家富洋先生。このイベントは講演者のお二人を著者に含む以下の書物の出版を記念して行われた(なお,ぼく自身もそのなかで1つのキーワードを担当した)。

50のキーワードで読み解く 経済学教室
青木正直 ,有賀裕二,吉川洋,青山秀明 (監修)
東京図書

青山先生の報告は「経済物理学の思想」と題されている。経済物理学の核心は徹底した実証性にある。物理学ではどんなに美しい理論であろうと,最終的に実証の裏付けが必要とされる。もう1つの核心は主体間の相互作用に注目することで,そのための強力なツールとして統計物理学が導入される。

経済物理学ではファイナンスの研究が盛んだが,青山先生の研究グループはむしろ実物経済に関心を寄せる。その成果の1つが,個人所得や企業の売上がベキ分布することを示した諸研究だ。2007年に出版された以下の書籍で,その内容が一般向けに紹介されている。英語版も出版されている。

パレート・ファームズ
―企業の興亡とつながりの科学
青山秀明,家富洋,池田裕一,相馬亘,藤原義久
日本経済評論社

その後の研究成果は 2011 年版の『中小企業白書』の本編やコラムに反映されている。さらに経産省の研究所や EC の研究プロジェクトに参画するなど,青山先生たちの研究グループの活動範囲はますます拡大している。研究の対象も環境・エネルギー問題から世界的なリスクの管理まで多岐に及ぶ。

中小企業白書〈2011年版〉
震災からの復興と成長制約の克服
中小企業庁(編)
同友館

青山先生たちの最近の研究の1つが労働生産性の分布に関する研究だ。経済学的には生産性は企業間で均一化するはずだが,実際には格差が持続している。こうした現象を青木-吉川モデルを拡張し,理論・実証の両面から分析したものだ。しかし主流派経済学の反応は極めて冷淡であったという。

青山先生に次いで家富先生が報告されたのが「経済物理学からみた景気変動~シグナルとノイズを見分ける」という研究である。この研究の目的は産業部門別の生産・出荷・在庫データの変動から景気サイクルを識別することだ。Wishart のランダム行列理論に基づき適切な数の主成分が抽出される。

お二人の発表のあと質疑応答と懇親会がそれぞれ1時間ほどあった。参加者の関心を特に惹いたのはベキ分布が登場する研究で,そこに質問が集中した。いうまでもなくベキ分布の含意は非常に大きいが,経済物理学者と社会科学者の対話がそこだけにとどまっていいのか・・・と思わなくもない。

経済学に統計力学的な視点を取り込むという話になると,ぼくは岩井克人先生の不均衡動学を思い出す。企業間格差(ただし技術進歩)の持続,ということでは同じく岩井先生のシュンペータ動学長期利益の不均衡理論のモデルがある。こうしたモデルと経済物理学の関係も個人的には気になる。

不均衡動学の理論
(モダン・エコノミックス 20)
岩井克人
岩波書店

集合現象の分析を目指す経済物理学にとって,マクロ経済が標的になるのは自然なことだ。となると,インフレやデフレのような貨幣的現象を経済物理学者がどう扱うのかにも興味が出てくる。実物経済が貨幣とは独立に自律的に動くのであれば,古典的な「貨幣ベール観」が支持されることになる。

このシンポジウムを企画された有賀裕二先生によれば,最近出版された進化経済学の教科書では価格の決定はさほど大きく扱われていないという。だから進化経済学は・・・といえるかは別にして,岩井先生の研究が重要な役割を果たしているのではと,専門家でもないのに思ってしまう所以である。

青山先生が講演で強調されていたように,経済物理学の思想とは,十分な実証の裏づけなく,仮定を積み重ねただけで主張はしない,というもの。家富先生の研究室では消費者物価指数の研究も進められているという。そうした研究が重ねられ,いずれ「答え」を聞く日が来るのを楽しみに待ちたい。

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