Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

学びのパターン・ランゲージ

2011-10-13 19:59:31 | Weblog
昨日の JIMS 部会は慶應義塾大学の井庭崇先生をお招きし,「経験を語るメディアとしてのパターン・ランゲージ」について伺った。パターン・ランゲージ(以下 PL と略す)は建築家クリストファー・アレグザンダーによって提唱された方法論。その後ソフトウェア開発に応用され,花開いた。

世界は要素の集合のように見えて,実は関係性の集合としてみたほうが安定している。なのに個々の要素に比べ,関係性には名前がついていないことが多い。パターン・ランゲージとは,そうした関係性=パターンに名前を付けることだ。そうすることで,新たなコミュニケーションが生まれる。

具体的には問題発見や問題解決のコツにラベルを付ける。建築家が経験則として,無意識のうちに用いている「デザインの知」を明示化し記述することで,文脈-問題-解の連鎖ができあがる。建築デザインの場合,それを用いることで建築家と住民が専門性を超えて対話できることを目指す。

しかし,PL のアプローチは建築の世界ではあまり受け入れられず,むしろソフトウェア開発の世界で発展した。そこでは PL は,熟練度が違う開発者間のコミュニケーションに使われた。井庭さんはこれを PL2.0 と呼び,自分たちの仕事を PL3.0 と位置づける。では,PL をどう発展させたのか。

井庭さんがターゲットにしたのは「学び」という人間の行為であった。慶応大学 SFC は柔軟性に富んだカリキュラムで知られているが,逆に何をどう学ぶかを迷う学生も多い。そこにテンプレートを当てはめるのではなく,学びのスキルを習得させる導入教育に PL が適用されたのである。

井庭さんたちが開発したツールは A Pattern Language for Creative Thinking Learning と名付けられている。井庭さんと学生たちはブレインストーミングを行い,学びに関する数多くのパターンを抽出した。それらを整理して得られた 39 の学びの PL が小冊子やカードにまとめられている。

それらを用いてワークショップが行われる(最大で450人の規模で行ったことがあるという)。自分が経験したことがある PL と今後習得したい PL を選び,それらを他の参加者たちと交換し,お互いの経験を語り合う。相手を代えて繰り返すことで,それぞれの実践知が共有されていく。

ワークショップの直後に,それぞれの PL が参加者によってどの程度経験され,また必要とされたかをグラフ化したり,PL 間や参加者間の共起ネットワーク図を示すこともあったという。今後,たとえば iPad を用いてセッションをしたらどうだろう,などという思いが頭をよぎった。

ともかく,こうした方法は,これまでにない PL の発展だと井庭さんはいう。専門家から素人へ,あるいは専門家どうしで知識を流通させるこれまでの PL とは違い,フラットな関係で経験を交換し合う。井庭さんはしたがって,PL を「語りとしてのメディア」だと宣言する。

元々,大学新入生の学びに関する導入として用意された PL だが,企業内研修でも使われ始めている。また,対象を「学び」だけでなく,あらゆるクリエイティブな思考に拡張することも試みられている。PL3.0 が PL1.0-2.0を上書きするというより,それぞれ共存するとのことである。

今回の部会では講義に加え,実際にワークショップも行う体験型セミナーになった。井庭さんは元来エージェント・シミュレーションやデータ解析を通じて客観的に複雑系を研究されてきた方だが,いまや「生きた」複雑系を内在的に研究されている。そこがとりわけ刺激的であった。

なお,井庭さんの「学習パターン」の詳細については,ここを参照のこと。また,講演中に紹介された文献(の一部)を以下に列挙しておく:

パタン・ランゲージ―環境設計の手引
クリストファー・アレグザンダー
鹿島出版会

時を超えた建設の道
クリストファー・アレグザンダー
鹿島出版会

オブジェクト指向における再利用のためのデザインパターン
エリック ガンマ ,ラルフ ジョンソン , リチャード ヘルム,ジョン ブリシディース
ソフトバンククリエイティブ

パターン、Wiki、XP ~時を超えた創造の原則 (WEB+DB PRESS plusシリーズ)
江渡 浩一郎
技術評論社