Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

クチコミの値段

2008-07-04 23:56:37 | Weblog
クチコミの値段は53円 (Ad Innovator)

米国のクチコミ・エージェンシーの計算では「…ひとつの会話が50セント(53円)ぐらいが普通」だという。元の記事によれば,他の試算でもほぼ同じ金額になる。クチコミ・マーケティングの世界でも CPM (cost per mille) の計算が求められており,最終的にどれくらいのリーチを稼ぐかを推計することが重要になっている。

クチコミがどれほど再生産され,収益を拡大するかは「クチコミ乗数」と呼ばれている。これまで公表されている数字によれば,この乗数は製品カテゴリやコンテンツによって大きく異なっている。一時期論争になったケインズ的な財政政策の乗数効果同様,それに基づいて最適なコントロールを行うことは,非常に難しい。

とはいえ,質的にそのメカニズムを理解する試みが必要だ。これまでのクチコミ乗数効果のモデルは,計算の簡便性を重視して過度の単純化を行っている。それは必要なステップであったが,もう一歩現実に近づく必要がある。パッチワークであれ執拗な実証研究と,それを紡ぎあげるシミュレーションだ。

だが,そのための時間や環境がない。

今日はゼミ生たちと初コンパ。ふだんおとなしい学生たちが猛烈に元気にしゃべっていた。彼らの関心は,当面の期末試験であり,将来の就職だ。そこに少しずつ,研究の蜜を垂らしていきたい。いつかもしかすると,いくつかの思いが交錯するときが来るかもしれない。

行動経済学は「使える」と

2008-07-03 23:04:29 | Weblog
先日バンクーバーの学会で,昔セミナーにお招きしたことがある研究者から声をかけられた。約15年ぶりのことである。ふつう,主催者側が招待した講師を覚えていても,その逆は珍しい。しかも,当時ぼくがいた会社の名前をはっきり覚えている。シアトル在住のマーケティング学者なら覚えていて当然,なのかどうか。その彼から挨拶のメールが届いた。記憶力がいいだけでなく,礼儀正しい人なのだ。

彼は(いまも当時も)マーケティング研究者としては珍しく,遺伝アルゴリズム(GA)をマーケティングに応用しようとしている。そして,それ以外の研究も含め,着々と成果を挙げているようだ。では,同じ15年に自分は何をしていたのだろう・・・ 少なくとも大学に移ったこの5年は・・・ と,得意の「反省したふり」をしたくなる。

15年前というのは,複雑系の科学が興隆し始めた頃で,GA もその一翼を担うものとして期待されていた。複雑系はいまや下火になっているいう人もいるが,そこから派生してきた複雑ネットワークは,いまやさかんに燃えさかっている。エージェントベースも,最近再び火が強まってきた印象がある。流行としては終わったが,ある程度確立した分野として成長している。

行動経済学(behavioral economics)は,複雑系科学が生まれる以前に,すでにその名前で存在した。それは経済学の片隅で細々と生きながらえていた。「複雑系の経済学」が脚光を浴びている頃でも,日本では,行動経済学者を名乗る人の名前を耳にすることはなかった。しかし,ここ数年いくつか啓蒙書が出版されたり学会が誕生したりして,いまやこんな雑誌の特集まで現れた。

日経ビジネス Associe (アソシエ) 2008年 7/15号 [雑誌]

日経BP出版センター

このアイテムの詳細を見る

ビジネスに役立つことを強調すべく,この特集では研究者だけでなく,ビジネス界でその概念がどう使われているかも紹介されている。この分野の研究の第一人者 Camerer がインタビューに答えて,日本のCMに出た経緯,そこで感じた広告業界にとっての行動(神経)経済学の可能性,などについて語っている。進化生物学者である長谷川真理子氏のインタビューもなかなか興味深い。

偶然なのか,週刊ダイヤモンドも行動経済学を含む,「使える!経済学」というる特集を組んでいる。アソシエと共通に登場しているのは,阪大の西條辰義氏だ。独裁者ゲームと呼ぶ実験を日米両国で行い,どのような条件のとき,人間はより利己的に(裏返せば利他的に)ふるまうかが比較されている。最後は「ニューロサイエンスの手法を応用した次の研究に期待してください」と結ばれている。

週刊 ダイヤモンド 2008年 7/5号 [雑誌]

ダイヤモンド社

このアイテムの詳細を見る

行動経済学の知識が普及することは慶賀すべきだが,その分消費速度が早まるわけだから,供給が追いつかなくなると失速する。複雑系が複雑ネットワークで再活性化したように,行動経済学にも Tversky, Kahneman たちの功績を超える発展が期待される。ニューロエコノミクスは確かに一つのブレークスルーだが,どちらかというと,すでに行動実験で知られている命題を脳神経科学的に裏づけるものなので,それだけに頼るわけにはいかない。

まだ若い学問だけに,これから研究生活を始めようとする若い学徒には,大きなチャンスが眼前に横たわっている。うらやましい…。

底なしの無反省とほぼ完璧な無為

2008-07-02 23:38:02 | Weblog

業務とか何とかいろいろ煮詰まってくると本屋に飛び込んで本や雑誌を買いまくる。そうして溜まった書物で居室や研究室が埋まっていく。ああ… なんてボヤキながらも,こんな表紙を見せられたら,何があっても買わざるを得ないでしょう…

PLAYBOY (プレイボーイ) 日本版 2008年 08月号 [雑誌]

集英社

このアイテムの詳細を見る

「ジャズ,男のスタンダード」… ジャズってのは,男がカッコをつけたくなるときの音楽なわけである。現実がどうであろうと関係ない。島耕作のようには女にモテず,出世もできず,仕事に恵まれなくても,ジャズはむしろそんな敗者を癒してくれる。こんなオレだって,見方によってはカッコいいかも,少なくともこのカウンターでジャズを聴いている瞬間は… という自己幻想をほんのひと時だけ味あわせてくれる。そのためかどうか,このぼくにも,ジャズの店に足繁く通う時期があったぐらいだ…。

…てな独白はともかく,この特集の冒頭にある,辺見庸によるチェット・ベイカー「没後20年のオマージュ」は心に刺さる。掲載された若き日のチェットの写真はあまりに美しく,祝福された未来を予想させるが,彼はそうは生きなかった。辺見氏がいうように,天才ミュージシャンとして夭逝する「幸運」に恵まれず,かといって権威を身にまとうでもなく,麻薬に溺れたまま58歳でアムステルダムで客死する。 辺見氏は,チェットの歌う I am a fool to want to you のすごみは,

…恩寵のゆえではなくして、神をもあきれさせ、ふるえあがらせた底なしの無反省とほぼ完璧な無為をみなもととしていることにあるのだ。

と書く。あるいは,

…徹底した落伍者の眼の色と声質は、たいがいはほとんど堪えがたいほど下卑ているけど、しかし、成功者や更生者のそれにくらべて、はるかに深い奥行きがあり、ときには神性さえおびるということなのだ。

とも書く(その詳細は,このコラムの本文でぜひ)。

実は最近,車で繰り返し聴いているのが下の CD だ。そういう巡り合わせがあったから,この雑誌を買ったのかもしれないが,このコラムを読んでさらに「深く」チェット・ベイカーを聴きたくなった(こういうリコメン効果をどう解すべきか…)。

Chet
Chet Baker
Riverside/OJC

このアイテムの詳細を見る

 チェット・ベイカーもクルマ好きであったらしい。彼の涙を誘うバラードを聴きながら,

ENGINE (エンジン) 2008年 08月号 [雑誌]

新潮社

このアイテムの詳細を見る

とか 

Motor Magazine (モーター マガジン) 2008年 07月号 [雑誌]

モーターマガジン社

このアイテムの詳細を見る

のページをめくりながらワイングラスを傾ける,というのが,麻薬漬けになってホテルから転落死するほどの危険は冒さない,ささやかな「無反省と無為」の愉しみ方であろう。酒と音楽とスピードは,太古以来の人間の快楽だ。それは何も生み出さず,ときには破滅をもたらすが,人を惹きつけてやまないものなのだ。

ジャズもクルマもワインも,しばしば際限のないウンチクという,それ自体何の意味もない(そしてときにははた迷惑な)知識の蕩尽を生み出す。それは,生産的価値のない技芸といってよい。だが,そこに人間の嗜好の,ある本質が表れているのではないか。だとしたら,「選好」形成を「技能」形成としてみることができる。実はいま,これはかなり重要な視点だと思っている。

…てなことはともかく,快楽の本質を知りぬいた人間がいて,その悪魔のささやきにわずかな時間だけ耳を傾け,眠くなったら寝る,明日の平凡な一日のために… というのが当面「持続可能」な消費(人生)なのだ。


授業は試験で終わる

2008-07-01 23:10:53 | Weblog
7月1日は1年の折り返し地点である。その日に本務校「マーケティング」最終試験を行う。そのときふと感じたのが,教師と受講者とが最後に会う場が試験というのは,何か奇妙ではないかということ。大学とは学位の授与機関であり,そのもとになるのは単位の授与機能だから,当然といえば当然なのだが…。

学生は大学で受けた授業やそこでの教師の顔を,いずれほとんど忘れてしまう。とはいえ,なぜかいつまでたっても覚えている授業の1コマもある。そういえばある先生が「教師にとって講義は毎年のことだが,学生にとっては一生に一度しかない」とおっしゃっていた。

これから非常勤先の試験の準備があり…それ以前に授業の準備も済んでいない。来学期の準備も速めに始める必要がある。「Cマーケティング」はこれから未知の領域に突入していく。「サービス」の教材準備作業,2業種のデータ解析も必要だ。しばらく「教育優先」の日々が続くが,「研究」の火も消すことなく。