Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

行動経済学は「使える」と

2008-07-03 23:04:29 | Weblog
先日バンクーバーの学会で,昔セミナーにお招きしたことがある研究者から声をかけられた。約15年ぶりのことである。ふつう,主催者側が招待した講師を覚えていても,その逆は珍しい。しかも,当時ぼくがいた会社の名前をはっきり覚えている。シアトル在住のマーケティング学者なら覚えていて当然,なのかどうか。その彼から挨拶のメールが届いた。記憶力がいいだけでなく,礼儀正しい人なのだ。

彼は(いまも当時も)マーケティング研究者としては珍しく,遺伝アルゴリズム(GA)をマーケティングに応用しようとしている。そして,それ以外の研究も含め,着々と成果を挙げているようだ。では,同じ15年に自分は何をしていたのだろう・・・ 少なくとも大学に移ったこの5年は・・・ と,得意の「反省したふり」をしたくなる。

15年前というのは,複雑系の科学が興隆し始めた頃で,GA もその一翼を担うものとして期待されていた。複雑系はいまや下火になっているいう人もいるが,そこから派生してきた複雑ネットワークは,いまやさかんに燃えさかっている。エージェントベースも,最近再び火が強まってきた印象がある。流行としては終わったが,ある程度確立した分野として成長している。

行動経済学(behavioral economics)は,複雑系科学が生まれる以前に,すでにその名前で存在した。それは経済学の片隅で細々と生きながらえていた。「複雑系の経済学」が脚光を浴びている頃でも,日本では,行動経済学者を名乗る人の名前を耳にすることはなかった。しかし,ここ数年いくつか啓蒙書が出版されたり学会が誕生したりして,いまやこんな雑誌の特集まで現れた。

日経ビジネス Associe (アソシエ) 2008年 7/15号 [雑誌]

日経BP出版センター

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ビジネスに役立つことを強調すべく,この特集では研究者だけでなく,ビジネス界でその概念がどう使われているかも紹介されている。この分野の研究の第一人者 Camerer がインタビューに答えて,日本のCMに出た経緯,そこで感じた広告業界にとっての行動(神経)経済学の可能性,などについて語っている。進化生物学者である長谷川真理子氏のインタビューもなかなか興味深い。

偶然なのか,週刊ダイヤモンドも行動経済学を含む,「使える!経済学」というる特集を組んでいる。アソシエと共通に登場しているのは,阪大の西條辰義氏だ。独裁者ゲームと呼ぶ実験を日米両国で行い,どのような条件のとき,人間はより利己的に(裏返せば利他的に)ふるまうかが比較されている。最後は「ニューロサイエンスの手法を応用した次の研究に期待してください」と結ばれている。

週刊 ダイヤモンド 2008年 7/5号 [雑誌]

ダイヤモンド社

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行動経済学の知識が普及することは慶賀すべきだが,その分消費速度が早まるわけだから,供給が追いつかなくなると失速する。複雑系が複雑ネットワークで再活性化したように,行動経済学にも Tversky, Kahneman たちの功績を超える発展が期待される。ニューロエコノミクスは確かに一つのブレークスルーだが,どちらかというと,すでに行動実験で知られている命題を脳神経科学的に裏づけるものなので,それだけに頼るわけにはいかない。

まだ若い学問だけに,これから研究生活を始めようとする若い学徒には,大きなチャンスが眼前に横たわっている。うらやましい…。