Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

エンタテイメントのマーケティング・サイエンス

2008-07-09 13:04:38 | Weblog
昨夜はエンタテイメント科学研究会。最初にぼく自身がエンタテイメント科学についてどう考えるかについて話す。といっても,自分のなかで考えが整理されているわけではなく,話は支離滅裂になる。ともかく,思いついたいろいろな要素を並べてみて,各分野の専門家の反応を見ようと考えた。聞くほうはいい迷惑だったかもしれない・・・。

まず,マーケティング・サイエンスの2大潮流は普及モデルと選択モデルだという前提から,Bass model を紹介,そこから Eliashberg らの映画の興行収入予測モデルの話へ。そして突然 Salganik, Dodds, Watts の実験を紹介。エンタテイメント市場でクチコミやレビューによる社会的相互作用が重要であることはいうまでもないが,それが成果の不均質性・不確実性を生み,予測を非常に困難にすると。・・・ここまではまあ,それなりのストーリーがあるといってよいだろう。

次に選択モデルへ。この分野の大物として McFadden の名前をあげ,モデルの概略に触れるやいなや,すぐにこのモデルをエンタテイメント市場に適用するときの問題として,(1) 属性の非線形性・全体性,(2) 選択集合の肥大化・無限定性,(3) 社会的相互作用,(4) 選好の動的変化と不安定性をあげる。そして,自分自身の研究をひとつぐらい,と (3) に関して,消費者間影響関係を考慮したシャンプー購買行動の分析を紹介。これも,そこだけ取り出すと1つのお話しにはなっているが,最初の話との結びつきははっきりしていない。

3番目に,効用概念が変わりつつあると述べて,Kahneman らによる即時的-客観的-基数的効用の研究を紹介。エンタテイメントの評価に対する可能性を示唆する。といっても,仮にそれを計測したとして,何の役に立つのか,といったあたりは何も考えられていない。そのあたりは,コンピュータ・サイエンスを専攻されている西原先生から「柔らかな」突っ込みがあった。そして,この話と選択モデルの関わりはあいまいで,社会的相互作用の話ともつながっていない。

計量経済学を専門とする原田さんからは,選択モデルの適用限界や基数的効用の意義について,いろいろ建設的な補足をしていただいた。最近よく思うことだが,若手の経済学者のなかで非常に柔軟で守備範囲が広い人が増えている(それが多数かどうかは知らない)。彼らがマーケティングや経営学との境界領域に出ていくことで,そうした研究が活性化するのではないかと期待したい。一方,マーケティング研究者はウチに引きこもっていてはだめだ(自戒)。

ぼくのあとは,星野研の M2 中谷さんがゲームソフトのリコメンデーションについて報告。ソフトへのレビューをネットから集めてテキストマイニングし,Shultz の経験価値の類型と対応づけることで,ユーザの嗜好とコンテンツのマッチングを図っている。発表のあと,この方法が従来の協調フィルタリングを超える力を発揮するかどうかが議論となった。実際に比較してみれば,とそのとき軽い気持ちで発言したが,よくよく考えると,利用可能なデータ等の資源に限界がある大学でそれを行うことはそう簡単なことではない。

ゲームに詳しくないぼくにとって,この市場にもテールらしき分野があり,リコメンデーションが力を発揮する可能性がわかったことだけでも勉強になった。購入履歴にしろレビューにしろ,データが非常に少ない「テールの先っぽ」のリコメンデーションは技術的に難しい。Marketing Science Conference で聴いた研究のように,リコメンデーションが消費者の選択の幅をマクロレベルでは狭めている,ということにならない仕組みが望まれる。

話を元に戻そう。エンタテイメント領域で何を研究すればいいのか? オーソドックスな選択モデルを,パッチワーク的に活用する余地はまだ残されている。だが,もっと「深い」レベルへいきなり飛んでしまうという手もある。感性工学の研究者たちがエンタメを享受している最中の感情を測定するのだとしたら,もっとスケールの長い生活時間,あるいは生涯における選好の変化を調べることも考えられる。異なるタイムスケールでの選好の形成プロセス・・・ それを考える理論的枠組みがないものか。