Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

実験社会科学カンファレンス@早大

2011-12-29 17:37:39 | Weblog
昨日は早稲田大学で開かれた「実験社会科学カンファレンス」を聴講した。文科省の特定研究領域「実験社会科学」が主催したもの。会場は社会心理学,認知科学,実験経済学等の研究者と思われる人々でごった返していた。若い人が多く,今後の発展が期待できそうな分野だと感じた。

「意思決定」セッションの最初は,山田尚樹,秋山英三(以上筑波大),水野誠(私)「選択における葛藤回避と正則性の破れ---意思決定における個人差要因に注目して」である。これは昨年 JACS での発表をアップデートしたもの。秋山研の D2 である山田君が報告した。

Tversky & Shafir (1992) は,選択肢の間にトレードオフ(属性について一長一短)があることで,選択を延期する人が増えることを示した。これは,選択肢が増えたとき,元々あった選択肢の選択確率が増えることはないという「正則性」に反する,というのが彼らの主張だ。

われわれが行った実験では,全体としてその結果を再現できなかった。しかし,そこには個人差があり,延期するのはクリエティカル・シンキングでいう「論理性」と関連していそうなことを見出した。この報告にフロアから「専門外だが」と断ったうえでの,それゆえに鋭い質問をいただく。

「延期は他の選択肢と同等の選択肢なのか?」という質問は,そもそもの問題設定に疑問を呈したものといえる。この研究の大元 Tversky たちは合理的選択理論の性質に反する現象を見出すことに熱意を燃やす。しかし,そのためにやや強引な議論をしているといえなくもない。

「選択時の葛藤はトレードオフ以外のケースでもあり得るのでは?」という趣旨の質問も新鮮であった。もちろんトレードオフに注目することには,選択理論の流れから見て意味がある。ただ実験参加者たちが実際どこまでトレードオフを知覚しているかは気になるところだ。

2番目の発表は井出野尚氏(早大)他による「選択行動による選好形成過程の基礎的研究」である。選好形成のメカニズムとしては単純接触効果や視線のカスケード効果が知られているが,竹村和久氏を始めとするこのグループでは,選択が選好に与える効果を検証しようとする。

そのために知覚判断(たとえば図形の大小の判断)課題を行わせたのちに,それによって生じた選好の差を測定する。現状では結果は必ずしも明確ではなく(たとえば対比較での選好では有意差はあったが,評定評価では有意差がないなど),今後の進展が大いに注目される。

3番目は守一雄氏(東京農工大)らによる「同調行動の発達における性差」。有名なアッシュの同調実験を小学校から大学生までの各発達段階で行ったもの。参加者が子どもということもあり,この研究では偏光グラスの眼鏡を使って人によって異なる長さの線を見せるという方法がとられている。

実験結果は非常に明確で,男性では発達とともに同調は起きなくなるが,女性では維持される。見事な実験に拍手を送りたいが,そもそもここでいう「同調」が社会的文脈のなかでどう意味を持つのかは,なかなか奥の深い問題でもある。今後,文化による差も研究されるという。

そのあと「いかにして実験は社会科学の「共通言語」となりうるか」と題する特別セッションが行われた。囚人のジレンマ等のゲーム実験について岡野芳隆氏(阪大,経済学)と 犬飼佳吾氏(北大,社会心理学)が報告,それぞれグレーヴァ香子(慶応), 大平英樹(名大)各氏がコメントする。

岡野氏はゲームのプレイヤーたちが実際にどのような戦略を使っているかを質問紙調査等を使って掘り下げ,犬飼氏は fMRI を用いて脳内の反応を分析する。それに対してグレーヴァ氏は実験計画へのメカニズムデザインの貢献可能性,大平氏は fMRI データの結果の多義性を指摘する。

もう一人の報告者は清水和巳氏(早大,政治経済学)で,実験を組み込んだ一種の世論調査について報告された。さらに清水氏は実験的手法の諸問題を論じられたが,そのなかで個人的に最も気になったのは実験の文脈依存の問題である。この発表へのコメンテータは曽我謙悟氏(神戸大,政治学)。

実験の文脈依存性と密接に関連しそうなのが再現可能性である。これは,実験社会科学者をつねに悩ます問題であり,そもそも生物学のようなレベルでの実験が可能なのかという疑問はつねにつきまとう。ぼく自身ささやかな実験的研究をいくつか手がけ,それなりに苦労してきた。

実験には,口承で伝えられるテクニックがあると何人かの専門家から聴いたことがある。実験は一見誰でもできそうだが,実はそんなに甘いものではない。こうしたカンファレンスや教育プログラムで実験社会科学の専門家が育ち,マーケティング研究者とも協働してくれるとうれしい。

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