Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

さよなら!僕らのソニー

2011-12-30 14:50:57 | Weblog
本書の冒頭で,著者はソニーのオープンリールのテープレコーダを初めて買ったときの思い出を語る。著者より一世代下のぼくにとっては,それは物心ついたときにすでに自宅に存在した。SONY のロゴ,機械が発する独特の匂い,全体としての質感が記憶に残っている。

そしてトリニトロンのカラーテレビ,ウォークマン・・・ある時点までソニーは日本のイノベーションを代表する企業であった。しかし,気がついてみるといまやソニーは多くの市場でプレミアム性を失い,マーケットシェアを失い,日本の製造業の衰退の象徴となっている。

さよなら!僕らのソニー
(文春新書)
立石泰則
文藝春秋

ソニーがこうなったのは何が原因なのか?本書はソニーの創業時代を振り返りつつ,大賀,出井,ストリンガーといったトップから現場に至る取材結果を紹介する。それを通じて,ソニーが傑出した技術にこだわり,画期的な新製品を導入し続ける企業ではなくなっていく過程が探求される。

出井氏が CEO の時代に始まった経営上の変化は,ストリンガー氏の時代に決定的になる。グループ全体を金融市場のアナロジーで運営し,挑戦的な研究開発を抑制し,製品や技術をサービスやコンテンツと同じ地平に置き,リストラを推進する。経営陣がグローバル化する。

だが「ソニーの凋落」の犯人捜しは,本書をよく読めば分かるように簡単な話ではない。上述のような経営スタイルの変化はソニーの苦境の原因というより,その結果であるともいえるからだ。原因と結果がお互いに錯綜し,様々な人々の思惑が絡み合って事態が進行していく。

ソニーが利益を重視して投資を抑制した背景には,米国での映画事業の巨大な累積赤字があった。それを推し進めたのは盛田氏や大賀氏だ。もちろんソニーのコンテンツ事業への進出がすべて誤りとはいえない。一方,どこからおかしくなったかの線引きは容易ではない。

今後,現行の路線を推し進めることでソニーは一定の業績回復を果たすかもしれないが,そうなっても,それは感動する新製品を次々と生み出してきた「僕らのソニー」ではないというのが著者の見立てだ。ぼくの世代はそれを寂しく感じるだろうが,若い世代はどうなのだろう・・・。

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2 コメント

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個人的には、 (Fumihiko IKUINE)
2011-12-31 01:57:53
「僕らのソニー」凋落するのは、寂しいことです。。。
振り返ってみれば、βなどで浮沈を繰り返してきた企業ですから、いまから「挽回」することを期待しています!!
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それならいいですが・・・ (mizuno)
2011-12-31 10:25:43
「浮き沈み」を繰り返していた頃はよかったのですが,少なくとも(情報)家電で画期的な成功がない時代があまりに長く続いています。米国の放送業界出身のストリンガー氏にとって,ソニーはメディア企業として蘇らせるというビジョンがあるのかもしれません。日本の産業が「ものづくり」からサービスやコンテンツ中心に変化すると考えるなら,それはやむを得ないのかもしれませんが・・・
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