Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

「創造的福祉経済」というコンセプト

2010-03-25 10:40:10 | Weblog
岩波書店の『科学』3月号は「幸福の感じ方・測り方」を特集している。心理学,医学,神経科学,社会科学等の専門家が幸福感の測定やその心理学的・生理学的根拠を論じている。冒頭の大石繁宏(ヴァージニア大学)「幸せを科学することは可能か?」,北山忍(ミシガン大学)「洋の東西で幸福感にどのような違いがあるか」という2つの論文は,幸福感の心理測定の現状を概観している。お二人とも在米の心理学研究者だ。日本ではこの種の研究はさかんではないのだろうか?

科学 2010年 03月号,

岩波書店


このアイテムの詳細を見る


他にも興味深い論考が並ぶ。個人的関心でいえば,神経科学的観点から社会性と幸福の関係を論じた藤井直敬(理化学研究所)「ヒトとヒトがつながるしあわせ」,社会疫学の観点から幸福感の実証研究を紹介した近藤克則(日本福祉大学)「幸福・健康の社会的決定要因」が気になった。広井良典(千葉大学)「幸福と人間・社会」は前半で既存の幸福研究を整理したあと,後半には,フロリダ『クリエイティブ資本論』と関係づける。ここで,ぼくにとって,がぜん面白くなった。

クリエイティブクラスは内発的動機づけやコミュニティを重視するというフロリダの議論に,広井氏は着目する。こうした特徴は,これまでの幸福研究の成果と符合している。ただし,そこに重要なギャップがあることも広井氏は指摘する。それは,フロリダの議論に再分配,平等の観点が欠けているということだ。そこを埋めることができれば,社会的な幸福と個人の創造性追求が車の両輪となる経済が実現する。広井氏はこれを「創造的定常経済」あるいは「創造的福祉経済」と名づける。

広井氏がその例として挙げるのがフィンランドだ。欧州の多くの国では大学の学費は無料だが,フィンランドではさらに,大学生に1月最大811ユーロの勉学手当を支給しているという。あるいは「考える力」や高齢者の知恵を重視する教育に力を注いでいる。こうしてフィンランドは教育水準を向上させ,それが産業の競争力の強化につながったという話を聞くと,かつてさんざん聞かされた,北欧型の高福祉国家は経済を衰退させるという話はどこへ行ったのかといいたくなる。

創造的福祉経済ということばは美しいし,1つの理想像であるとは思うが,フロリダのクリエイティブクラス論に立ち返ると,疑問も生じてくる。フロリダの議論では,クリエイティブクラスは競争を好み,実力主義の傾向が強い。この比較的所得の高い人々は,たとえば重い累進課税によって,福祉のため再分配する政策に賛成するだろうか?彼らの多くは「小さな政府」を好むのではないだろうか?そのどちらの可能性も否定できない。このあたり,非常に意味のある論点だ。

というわけで,広井良典氏の「創造的福祉経済」というコンセプト,興味深いので記憶にとどめておきたい。そして,早くクリエイティブライフの研究にもっと時間を割けるようになる日が来ないかなと・・・。

クリエイティブ資本論―新たな経済階級の台頭
リチャード・フロリダ
ダイヤモンド社

このアイテムの詳細を見る