Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

OR は鳩山首相を救うか Part 2

2010-03-20 09:35:05 | Weblog
昨年10月に,「OR は鳩山首相を救うか」というエントリを書いた。普天間基地の問題を,鳩山首相がかつて専攻していたオペレーションズ・リサーチ(OR)は解決できるだろうかという疑問を,同じように抱いた人がいたようで,以下のようなムックが発売されている。

エコノミスト増刊
OR(オペレーションズリサーチ)大研究~鳩山首相が愛した問題解決学~,
2010年 3/15号,


毎日新聞社,


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このなかで,普天間問題に AHP(Analytical Hierarchy Process,階層分析法)を適用している記事がある。評価基準として「日米関係」「財政負担」「地元の民意」「環境」,代替案として「現状維持」「グアム一部移設」「辺野古崎移設」(=従来の日米合意),「県外移設」を設定。あとは評価基準の重みづけと,各評価基準のもとでの代替案の評価を行なう。

編集部が与えた評価に基づけば「グアム一部移設」がベストで「辺野古崎移設」がセカンドベストという結果になった(ただし,その総合得点での差は小さい)。評価基準との関係を見ると,「地元の民意」を重視すると「グアム一部移設」,「日米関係」を考えると「辺野古崎移設」になることがわかる。つまり,代替案の選択は,評価基準の比較の問題に帰結する。

この手法は,当然いくつかの前提に立っている。1つは,評価基準間にトレードオフの関係があること。つまり「日米関係」のためには「地元の民意」を犠牲にできる(あるいはその逆)という前提。2つ目は,「米国」や「地元」といった,それ自体意思決定する主体の反応を静的に見ていること。こうした制約のもとでの結果であることに留意する必要がある。

こうした分析は,むしろ現行の代替案の問題を明らかにしていると解することもできる。たとえば「グアム一部移設」と「辺野古崎移設」では,お互い対立する評価基準に一方に依拠しすぎる。したがって,もっとその間の妥協案を模索すべきかもしれない。もちろん,評価基準の間でトレードオフが許容される・・・つまり「痛み分け」が可能という前提の話だが。

このムックでは,OR の基礎や応用,最先端の動向が各分野の第一人者によって語られている。OR が活用されるべき課題はまだまだたくさんある。ただ,マーケティングサイエンスが OR を母体に誕生しながら,最近ではほとんどそこから脱して,応用ミクロ計量経済学になりつつある現状を見ていると,OR に何らかの限界があったことを思わざるを得ない。

そういう意味で,本書での,渋滞学の創始者である西成活裕氏による発言が注目される。すなわち,西成氏は待ち行列における実際の人間行動の多様性を指摘したあと,「OR は、そういう人間的な要素をほとんど取り入れていません」「逆に、そういう人間的な要素を排除したために、数学的にはきれいに解くことができたわけです」と述べている。

そういえば,前の職場には OR の研究者が何人もおり,事実記述的な研究には否定的な雰囲気があった。自分たちのモデルを人間行動の実態に近づけることへの関心は,経済学者ほどにもないように見えた。現実の問題を扱う場合でも,人間はブラックボックスとして扱い,その内部のメカニズムについて関心を示すことはほとんどなかったといってよい。

もちろん,そうした人々ばかりではないだろう。OR が活用されている金融工学では、一方で行動ファイナンスの研究がさかんになっている。経済学者ほど合理性の仮定にこだわらない OR の研究者なら、そうした成果を取り入れやすいかもしれない。こうした生きた人間の行動が重要な分野では,数学的美より人間へのより深い愛が必要になるだろう。

いずれまた,マーケティングでも OR が活用される時代が来るだろうか?そうなるとしたら,人間の心理や行動の実態を深く織り込んだ,次世代の OR が登場することが条件となる。しかし,それをもはや OR とは呼ばないかもしれない。