Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

国際会計基準から奇瑞汽車まで

2010-02-11 09:31:40 | Weblog
この3日間,毎日何らかのセミナーに出続けた。今日は東大MMRCで開かれた,進化経済学会の企業・産業の進化研究会。東大本郷の小島ホールに初めて入った。夜6時半に始まった研究会は10時半まで,4時間ぶっ通しで続いた。ふだんなら,研究会のあと近所で軽く飲むのが恒例なはずだが,もたもたしていると終電がなくなる時間なので,残念ながら(?)今回はすぐに帰宅の途についた。

最初に報告されたのは法政大学経営学部の坂上学氏(会計学)で,タイトルは「会計学における利益概念とその変遷」。経済学(あるいは経営学)の教科書には「利益=売上-費用」というきわめて簡単な恒等式が書かれているが,財務諸表に記載される利益はそんな単純な話ではないとのこと。それに加えて,新たな会計基準が提案されることで,利益とは何かがますます混沌としてきていると。

ビジネス誌などで話題になっている IFRS (国際会計基準)では,利益は将来予想されるキャッシュフローの現在価値に基づき算定される。経済学的にはもっともらしいが,算定がどこまで「客観的」であり得るのか疑問がわく。しかし,絶対的に正しい会計基準など存在しない。どのステークホルダーの立場に立つか,あるいは時間の範囲をどう設定するかで,どの基準が有用かが変わるということ。

会計基準のあり方は,企業戦略に大きな影響を与える。ものづくり研究者にとっては,会計制度が工場立地や研究開発-製品開発に与える影響が非常に重要な問題のようだ。進化経済学者にとっては,客観的真実がないという条件のもと制度がお互いにどう競争し,進化していくかの事例として興味深いという。では,マーケティング研究者にとってはどうか?・・・ぼくには何も思い浮かばない。

2番目の発表は,MMRCの李澤建氏による「中国民族系自動車メーカーのものづくりー奇瑞汽車を事例として」である。中国の自動車市場のダイナミクスは,他に前例がない全くユニークなものだ。確かに政府の役割は大きいのだが,その計画通り事が運んでいるわけではない。中央政府の規制を破り,日本的経営とはほど遠い経営を行なう奇瑞汽車のような企業が,突然変異的に急成長したという。

奇瑞汽車の市場戦略は,合弁企業のハイエンドと農村部のローエンドの間に,わずかな価格差で多様な車種を投入していくというもの。価格競争を回避するためのチャネル政策や,日本では考えられないほど巨大な,多くのメーカーを集めた自動車販売のモール,そして欧米のリソースも含めた研究開発と製品開発の能力の急速な構築・・・このあたりはマーケティングとも深く関連するので興味深い。

李さんの話ぶりから,彼に顧客の姿がはっきり見えていることは確かだ。そこがもっと伝われば,マーケティング研究者としては,さらにありがたかった。もちろん,国際会計基準にしろ,中国の自動車産業にしろ,進化経済学(経営学)的に関心を持たれるのは,制度と企業戦略の相互作用なのだろうだから,それで十分なのである。ただそこに,ぼく自身の関心があまりない,というだけのことだ。

帰り道に思ったのが,いろいろなことに首を突っ込み「勉強」するだけで,自分が何も知的成果を生み出さないままなら,研究者の名前に値しないという反省。この研究会の前に,地下に潜ったままのクリエイターインタビューについて軽く打ち合わせした。作り手を研究対象にしているが,カスタマーインサイトの獲得に関心を向けているという一点で,消費者とつながっている。そこが非常に重要なのだ。