Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

物理学と心理学の再結合

2008-09-26 10:18:32 | Weblog
昨日から授業が始まる。外書購読では,"How Breakthroughs Happen" を読み始める。著者は,エジソンやフォードの例を引きながら,イノベーションとは基本的に既存技術の再結合であると主張する。そして,その担い手としての technology broker という概念を提案する。そこでは複雑ネットワークの議論も意識されている。ネットワークとクリエイティビティを関連づけることで,どういう話が出てくるかが楽しみだ。

How Breakthroughs Happen: The Surprising Truth About How Companies Innovate

Harvard Business School Pr

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「Cマーケティング」の講義は後半へ。前学期は一般的な?マーケティング・サイエンス入門であったが,いよいよ「クリエイティブ」な側面を強めていく。10月は普及モデルとネットワークの話をする。11月は実務家を何人かお呼びし,Eマーケティングのアプローチを学ぶ。その後,デザインや消費者のクリエイティビティ志向を取り上げる予定。これらの話題を試験管に入れ,よく振って加熱したら「クリエイティブ」マーケティングのプロトタイプが出てくると期待している。再結合によるイノベーション… それをみずからも実践したい。

夕方から消費者間相互作用とダイナミクスの研究会。経済物理学の第一線にいる,京大の佐藤さんから最近の研究について伺う。話は人間の意思決定速度の計測から始まる。それよりも高頻度の膨大な量のデータが,金融でもマーケティングでも蓄積されつつある。それらを,従来の経済学のように人間行動に対する強い仮定をおかず,あたかも自然現象のように,その統計的なふるまいを分析するのが経済物理学だ。そこから観察されるパタンは,しばしば既存理論にとってのアノマリーになる。

なぜそうした現象が生じるのかを説明するのに,佐藤さんは感情や無意識の役割に注目する。そして主体間の相互作用が無視できないので,エージェント・シミュレーションを導入する。つまり,経済物理学者はまず,膨大なデータを骨太に分析して,マクロレベルで安定的に観察される規則性を見出す。次いでそのミクロ的基礎を経済学よりは心理学的な要因に求める。なぜそうするのかを一言でいえば,リアイリティへのこだわり,ということだろう。

二次会で佐藤さんを囲みさらに議論。まずはデータの観察から始まるアプローチは,数理ファイナンスの研究者たちには違和感を持たれるという。彼らは最初から最後まで数学的に議論することを望む。そこが,同じく数理モデルを使いながら,物理学者とは違うところらしい。一方,経済学者はいうまでもなく主体にもう少し合理性を持たせたいと願う。それは,極論すれば「思い込み」の違いでしかないが,それなりの伝統を踏まえたことでもある。僭越ながら,異なる立場で前向きの対話が起きるとより生産的だと思う。

エージェント・シミュレーションにも問題はある。一般にあまりに多くのパラメタを使うので,シミュレーション結果の一般性がどうやっても保証されにくいことだ。したがって,「予測」はもちろんのこと,「説明」に用いる場合でも,最尤推定のようなロジックを持ちにくい。そこで,「説明」「予測」に代わる原理として,「シナリオ」の有用性に注目する議論が,エージェントベースのコミュニティで登場している。ぼく個人もそれには同意するが,適切な評価尺度がないことがネックになっている。このあたりも,大きな課題である。

佐藤さんが冒頭に述べたように,巨大かつ精細なデータ群が登場することで,ここ10年ほどで,社会-経済物理学という新しい学問分野が発展してきた。従来からあるデータマイニングは,基本的にアドホックなルールやパタンを発見してきたが,経済物理学は,必ずしもすぐに使えるわけではないが,より一般性の高い知識を提供しようとする。米国の金融危機によって金融工学者たちにも強い淘汰圧が働く結果,新たなタイプのクウォンツたちが登場してくるかもしれない。