Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

渋滞学から刺激を受ける

2007-02-28 23:47:13 | Weblog
複雑系について多くの入門書,啓蒙書が書かれてきた。ノーベル物理学賞受賞のゲルマンが書いた『クォークとジャガー』が,権威という点でもその最高峰に位置する。だが,社会の歴史までその視野に入れ,ローマ帝国の崩壊まで「複雑系で説明」しようとする気宇壮大ぶりでは,キャスティがNo.1だろう。

以前,来日したキャスティにインタビューしたことがある。彼は,有識者によるワークショップで未来のシナリオ・ライティングを行なう手法について,いずれエージェントベース・シミュレーションに取って代わられるだろうと語っていた。だが,その後彼が著して話題となった,ヴィトゲンシュタインやチューリングといった知的巨人が登場して対論する小説は,残念ながらコンピュータではなく彼の脳が生み出したものだ。

そして最近では,複雑ネットワークは話題になるものの,大元の複雑系が一般の話題になることはまれになった。しかし今回,西成活裕著『渋滞学』を読んで,複雑系研究の水脈が絶えることなく続き,着々と成果をあげていることを知った。この本はかつての啓蒙書のように大風呂敷を広げることはない。「渋滞」という視点を固定し,複雑な現実を単純な原理に還元するという科学の正統的手続きを固守し,数学的解析の可能性をぎりぎりまで追求しながら,その限界をシミュレーションで超えていく。

渋滞現象の本質は,セルラーオートマトンでうまく表現できる。各個体は基本的にある方向に動こうとしており,隣りのセルが空いていればそこに移動し,埋まっていれば動かない。この単純な原理を基礎にして,交通渋滞はもちろん,災害時の非難,火災の拡大防止,インターネットのルーティングからリボゾームのタンパク質合成まで,様々な現象がシミュレーションされる。渋滞という現象にこだわることで,分野を越境する知的挑戦が可能になっているのだ。

なるほど・・・たとえばクチコミを考える場合,それを「感染」「伝播」「普及=拡散」といった一般可能な原理で捉えていくのが一つの戦略だろう。あるいは,そうした一般原理に回収されない独自性を見出し,それをモデルに加えていくことも重要になる。選好の進化や形成についても同様だ。徹底的に抽象化することと,現象の独自性・固有性にこだわることの両面作戦。この本から,ずっしりと重い教訓を得た。

ところで,門外漢として面白かったのが,砂時計のメカニズムを物理学はまだ十分にモデル化できていないという指摘だ。一定時間に砂をすべて移動させる砂時計の形状は,経験と勘によってデザインされたのであって,理論的にデザインされたわけではないという。身近なところに,そんな問題が潜んでいたのか・・・。