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Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

名指揮者の晩年の肉声

2006-05-17 | 
車の中で、名指揮者フルトヴェングラーのインタヴューと未知の演奏を15分ほど聴いた。1954年の晩年のものである。

指揮者と作曲家の二足の草鞋を問われた、幼少より作曲家志望の指揮者は、「創造活動と音楽楽長とは相容れないもので、」と自らの名声を卑下しているような作曲家コンプレックスぶりを強く示している。それに続けて、「しかし昔の作曲家がそうであったように、自分がありえるというのは幸せだった。」と語っている。

この肉声だけを聞くと、半年も立たずにバーデン・バーデンで世を去るとは思えないぐらいに声に艶がある。反面、新生の放送交響楽団でのベートーヴェンの第一交響曲の演奏は、ヴィーンでの制作録音に非常に似てはいるが、コントロールが大変散漫である。経過部などは十分に指導が徹底していないどころか、意志が薄弱になっている。

それは音楽家の肉体・精神的なの疲労か、言われる投薬に寄る耳の不住さから来ているのかは知らない。しかし当時の録音に於いては、付き合いの深い一流の交響楽団がそれらの欠点を十分にカヴァー出来ていたからこそ、このような実演を聞くと酷く脅かせられる。反対に、新生交響楽団とは言ってもヴィーンとは違うドイツ風の音楽を演奏していて面白い。

この名伯楽の愛好者が世界中に居るとは言え、流石にこうした芸術的には決して本人の名誉とならない録音に興味を持つ向きはそれほど多くは居ないだろう。こういうものこそ記録資料として必要な人にだけMP3として提供出来るようなデーターベースが無料で開放されてもよいのではなかろうか。何とかも鋏も使いようである。

先日調べたプリンツホルン氏は、フルトヴェングラーの友人として、1933年の三月アドルフ・ヒットラーがヒンデンブルク大統領とプロイセンの栄光を引き継ぐ形となる、ブランデンブルクでの「プロイセンの日」の催し物に於けるフルトヴェングラーの演奏会に招かれている。この指揮者が、ナチスドイツの勃興期から、そのイデオロギーに巧く利用されて文化的な顔になっていたことを改めて知る。



参照:
81年後の初演(ベルリン、2004年12月9日)[ 音 ] / 2005-01-15
「聖なる朝の夢」の採点簿 [ 文化一般 ] / 2005-06-26
死んだマンと近代文明 [ 文学・思想 ] / 2005-08-14
オペラの小恥ずかしさ [ 音 ] / 2005-12-09
地霊のような環境の力 [ アウトドーア・環境 ] / 2006-04-28
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脱資本主義へのモラール

2006-05-16 | マスメディア批評
また地面が話題である。先日来の「資本主義終焉」キャンペーンは、新刊書の発売に合わせて、ラジオ等で大変盛んに繰り広げられている。土曜日の新刊本紹介では、作者のエルマー・アルトファーター元自由ベルリン大学教授が、「進化で無く革命だ。」と強調して煽る。もちろん「フランス革命の君主の首を打ち落としたりソヴィエト革命の混乱を言うのではない」と語るのであるが、こうして今時公共ラジオ文化波で「革命」を叫ばれるとどうしても気になる。

いくらかネットで探ってみると、このキャンペーンの背後と言うか、真意は分かって来た。結論から言えば、これはイラク騒動に始まる一昨年来の資本主義再考の流れに乗ったいささかアジテートするマーケティングである。マルクスの資本論やその他の旧左翼イデオロギーの書物に比較的関心がもたれるようなトレンドが背景として存在する。

ネットに在った教授の講演要旨は、化石燃料を軸とする産業革命と資本主義から見た地政学的なポスト植民地主義、オイルショック以後の西側の計画経済と自由市場、化石燃料の枯渇に備えての代替燃料への移行、化石燃料から解放された新たな経済秩序などが述べられている。門外漢の我々でもマクロのこうした議論は特に目新しくも無く新たな視点は得られない。

しかし特にシックリと来ないと感じたのは、「経済活動がモラルによって、下位からの合意によって執り行われるようになる」とする 予 測 は、我々が見てもあまりに楽天的過ぎるように思えるからだ。教授は、コソヴォ攻撃のあの日までは環境政党「緑の党」のシンパであったようで、所謂左派知識ブレーンはこういったものなのであろう。具体的なヴィジョンを示せない限り、このような過激な発言は下位からは否定的にしか映らない。上位からは非現実的と一笑される。それはどこかアンゲラ首相の役立たずの懐刀・超自由主義者パウル・キルヒホッフ教授の理想論にも似ている。

この点から現実の世界をミクロの視点で見て行くと、中華人民共和国のアフリカでの活動などは、資本主義の権化のような八面六臂の活躍にみえる。アフリカとの交易では米国、フランスに続いて第三の主要国となり英国を超えた。全アフリカ大陸への直接投資額は、150億USDに及んでいる。共産圏時代の第三世界構想とも切り離せないが、鉄道や港などのインフラスクテゥアーの整備や北京留学招聘などでの人的素材育成を含めた大掛かりな援助協力は、自国経済の成長に伴ってさらに進化している。

昨今のアフリカの経済成長は5.2%に及んでいる。特に原油の排出から20%の成長を示すアンゴラに於いて、その政体や指導層の汚職への経済制裁を加えるため援助を中止したIMF等の思惑を向こうにまわして、北京政府はこれを逆手に利用して、2億USDの経済援助に対して原油利権と全体の七割の開発受注の権利を獲得した。タンザニア、エチオピア、ガボン、象牙海岸、トーゴ、マリなどとの間にも同様な協定が結ばれている。「内政不干渉!」と「民族固有文化の尊重!」を対外政策の軸とする北京政府のなりふりかまわぬ商売の足場作りの遣り口は、西側先進国の努力を水疱に帰するだけの威力となっているようである。

アフリカ各国は、そこに埋蔵する化石資源への関心だけでなく、先進国で輸入制限を受けた繊維製品の重要な市場として北京政府にとって重要性は増している。さらに人件費が向上している中国での生産をアフリカへと移転する計画は進行しており、中華人企業の搾取、労働人権が大きな問題となっているのは周知の通りである。先日のフウ・ジンタオ主席の訪問は、企業家や開発技術者を伴って、それらの問題解決への姿勢よりもより強力な関係強化を示して、舞台裏では政治家間での巨額な利権が動いているのであろう。

こうして二つの話題を総合すると、ワシントンの武力を背景とするネオリベラリズム以上に、北京政府の自由経済主義信奉はその利権だけでなく金融市場においても莫大な経済的影響を与えているのだろう。双方とも、自由経済とは名ばかりで化石資源の奪い合いをしているうちは、地政学的な国家戦略から抜けきれない。北京政府による膨大な石油や鉱物の備蓄と海外投資への並々ならぬ意欲は、局部紛争による一種の後退と停滞を招くと見るのは間違いか。

米国の化石燃料の輸入依存とネオリベラリズムの旗印の下での突進は、その原油購入額をバーレル50USDと換算して現在の2500億USD から2020年には3500億USDへと負担を上昇させると試算されている。温暖化による自然災害の復興経費もここにさらに付け加わる。一方中国の備蓄施設は2010年までに完了すると言うが、分析によると、物理的な北京の権益下の掘削はその時点で全て終了して貯蔵されるようになる。

こうしたことから、出来得る限り早い時期に化石燃料依存から脱皮して、市場優先主義から進化した生活密着型の経済秩序への移行が必要だが、一体何時になることだろうか?後期資本主義からの脱皮は、地球の中での有限の時間と有限の資源を慈しむようなポスト近代の実現であるのだろう。



参照:
覚醒の後の戦慄 [ 歴史・時事 ] / 2005-10-15
ニューオリンズを聞いたボブ [ 歴史・時事 ] / 2005-09-06
来週火曜日までの期限 [ 歴史・時事 ] / 2005-05-29
核反応炉、操業停止 [ アウトドーア・環境 ] / 2005-05-27
限りある貪り取れる目方 [ 生活 ] / 2005-05-12
イナゴの大群-FAZを読んで [ 数学・自然科学 ] / 2005-05-05
資本主義再考-モーゼとアロン(3) [ 歴史・時事 ] / 2005-05-04
人のためになる経済 [ 文学・思想 ] / 2005-04-11
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魔女協会のチクリ本

2006-05-15 | マスメディア批評
我らが共同体の名物を紹介しよう。ワインでも無くて、豚の胃詰めで無くて、そのものチクリ新聞である。4月30日のヘクセンナハトに因んで、魔女団体がこれを発行している。もちろん秘密結社であって、そのメンバーリストは存在しない。今年はA4版28面がこのお遊びに費やされていて、印刷所は注文主の秘密を厳守する。

こうした伝統は、26年間続いている。この町にしかないようで南西ドイツ放送局のローカル番組で扱われている。地元のお店や料理屋などでカンパを募っており、結構な額が集まる。秘密結社なので、注文して買うことは出来ない。配られるのを待つしかないのだが、そこでチクラれている人物の手にはもちろんなかなか渡らない。

その内容は、かなり厳しく危ない。町の名士や政治家などの場合は当然としても、町で良く知られている個人がチクラれることも多い。そうした危険を察知して牽制のため、結社に聞こえるように嘗て批判をしたことがある。そして今回は前もって、本誌が手に入るように手配しておいた。魔女が屯する釜の煮えたぎる巌窟を知っているからである。

略十年ぶりに覘いた内容は、相変わらず攻撃目標は固定されていると言うものの、前書きに「建設的」と書いてあるように、幾分風刺とか、皮肉とか、パロディーとかの意識が強くなっている。メンバーに新たな書き手が加わったのであろうか。こうした修辞法では、ハンリッヒ・ハイネのパリ亡命中の書き物でも知認められるように、フランスが先進国に間違いないであろう。そのハイネが地元の自由主義革命に祝辞を寄せたからと言っても、このチクリは当然のことながらその水準には及ばない。

道路整備や自治事業にスーパーの移転誘致などローカルな政治や人事のことよりも、地元有名人のゴシップに興味が行ってしまうのが我乍ら情けない。以前は、町のシェリフこと私設保安官である「隠しカメラの事件」の肖像を「盗写」してスクープしていたが、流石に「肖像権侵害者」の肖像権に係わると杞憂したのか、そのような映像は影を潜めた。その代わり、彼ら有名人五人を連想させる名前が付けられた魔女による各々の仮装写真が大きく表紙を飾っている。魔女は、執念を持って決して手間を惜しまない。

ページを捲って見よう。あるページには、町へと入るラウンダァバウトの中にある将棋状の石のモニュメントが倒れている写真が掲載されている。そこには「町が墓石屋フォーグトと継続契約を結んだって本当か」と書かれている。本日現在その修復は作業は進んでいないのを確認。これにて、建造直後にポーランド人の暴走車によって木っ端微塵に打ち砕かれた一枚と合わせて、六つ在った将棋の駒がたった四つになっている。既に古代の巨石文化メンフィール化している。

またあるページには町の幾つかの建築物へのコメントが写真に付けられている。プレハブ増築には「共産主義とその建築はもはやトレンドでは無いと建築家に教えてやらなかったのか」と、また檻のような柵に対しては「これならインフルエンザで問題の鳥も飼える」と実際の建造物を揶揄している。

全ては小さな町の中の噂話なので、書かれる方も大変気に罹り、これ以上は紹介出来ない。別居生活中らしい世界的名門のご主人が、「緑の党の政治家とともに別居男性の同居人を求めている」という広告仕掛けの冗談にした何時もながらの内部告発の事実までも登場している。プライヴェートの事実まで暴くたれこみやチクリはやはり恐ろしい。

こうした活動をカーニヴァルの無礼講のようなガス抜きと見るか、それとも批判精神と見るか。魔女集団は、所謂ローカル政党を支持しながら攻撃するスタンスの、イデオロギーへとは発展しない、保守ローカリズムの典型である。しかし、ここで扱われるネタは、誰もが「おかしい」と思う現象の数々であるのも事実である。下位からの視点は、僻みや嫉みを超えて多くの場合、重要な役目を担っているようである。大衆週刊誌や大衆新聞が魔法の飲み物の毒を持っていないのは、それらこそが商業主義の賜物であるからだろう。

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肌に馴染む雑色砂岩

2006-05-14 | アウトドーア・環境
地元名物の雑色砂岩層の奇岩を攀じって来た。ジュラ層よりも古い地殻なのだが、砂が流れて押し固まった層なので小石などがところどころに埋め込まれている。それが地上に奇岩として突出している。比較的新しい上部の層は石のテーブル状になっていて、下部はざらざらの押し固められた砂でボロボロしている。断層がいくつかあって、西に行くほど新しい上部地層が突出しており、ライン側に方向に行くほど古い下部地層が表面に出ている。

今回訪ねた地域は、最も東側に位置するので、最上部に岩のテーブル状の地層が乗っかっている。嘗て、試したことがある岩場であるが、当時は砂岩と言うものをほとんど知らなかったので、三回目とは言いながら馴染むまでに至らなかった。そして今回久しぶりに触ると大変手に足に馴染んだ。ほとんど懐かしいぐらいである。

これほど頼りなく砂がざらざらと剥がれる嫌な岩質も無いと思ったのだが、今やかなり良い感じで、親近感すら感じた。普段は石灰岩などを登り、手掛かりの確りした石灰岩などを攀じり、ずるずるとした手掛かりや穴の空いた砂岩に慣れない登攀者は、通常の難しさの何倍もの印象を持つのであるが、慣れると非常に友好的な手触りを与えてくれるのであると確信した。

元来は摩擦係数が高い筈なのだが、その表面が薄く削がれるのでそれほど高くはならない。そして、明白な角の立った手掛かりは、テーブル状の薄い層か、埋め込まれている小石以外はあまり多くは無い。多くは丸く角が取れている。そうした丸まった角を掴みながら、所謂砂時計と言われる抉れた丸く穿たれた間の岩柱を掴んだりしながら、登っていく。岩の摂理が縦に割れるよりも横に割れているのも特徴である。

こうして、岩肌に馴染みが出てくると嘗ては不可能と思えたような、登攀困難度7級とか8級のルートも筋力さえ鍛えれば可能性があるのではないかと思えてくるから不思議である。少なくとも、それらに興味を持たなかった時期からすると、それだけでも喜ばしい。

ここ一週間ほどは、花粉アレルギーからか風邪気味の頭痛や気管の炎症に弱っていたが、思わず自然の岩肌から元気を貰った様で嬉しい。岩肌に触れてどこかシックリと来ない違和感を得ている内は何も得ることは無いのだが、こうした太古の自然は何かを齎してくれるのだろうかと、原始宗教のようなことを考える。アニミズムの様でもあり、スピノザの自然観の様でもある。アスパラガスや竹の子の初物を食するのにも近い感覚なのだろう。

参照:
花崗斑岩の摂理に向き合う [ 文学・思想 ] / 2005-06-21
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グロバリズム下の欧州像

2006-05-13 | 歴史・時事
フランス製コミック「アステリックスオべリックス」は、欧州で最も愛されて、日本や米国を除く世界中で最も有名なコミックである。その絵は何処かで見かけているに違いない。

ローマ時代を舞台としたローマの兵と戦うガリア人のブルターニュのの小さく敏捷な兵アストリックスとその愛棒で大きく気は優しく力持ちの子供のようなオブリックスが織り成すギャグやウイットは、全世代に受けた。

ジュリアス・シーザーにも屈せずの秘訣は、民を超人にしてしまう魔法の飲み物にもあるようだ。しかし、大男のオブリックスには不必要で、数居るローマ人を薙ぎ倒しそのヘルメットを収集する力持ちは、食べて、巨大石メンヒールを担ぎ設置する。その名前は、オベリスクと主人公のアストリクスから生み出されたと説明されている。

原作者のルネ・ゴシニーは、自らのドイツ軍占領下での体験を描きこんでいるというが、ドイツ語圏でもイタリアでも圧倒的な支持を得ているのはそれだけの理由もあるようだ。何よりもそれぞれの国民性を、古代のゴート人やケルト系のブリテン人、ノルマンディー人などと面白おかしく現代のイメージに重ねてギャグとして描いていることが、原作におけるフランス人のパトリオリズムを救っているらしい。

そして、それぞれの言語への訳や手直しが大変巧くいっているようで、それぞれの国民は自国のコミックと勘違いしている例も多そうである。それと同時に、欧州に共通した現代の話題には事欠かず、後年このコミックのキャラクターが一人歩きするような時点になると、尚のことこの傾向は強まったようである。

そうした言語や地域別による変容のあり方を調べている研究者もいるに違いないが、それぞれの方言を強調したり、60年代のドイツではローマ人はアメリカ人アクセントになったりと、その後のオリジナル尊重への物議を醸し出した様である。先の選挙においても、シュレーダーやメルケルなどがそれぞれのキャラクターに裏打ちされてこのコミックに登場する最新ネット版が配られたという。

しかしこうした発展を可能とした、共通の歴史と細かな特徴づけはグローバリズム下の欧州の姿そのもので、こうした共通認識と差異を旨く表出する身近な例は少ないのではないだろうか。

写真は、地元の石屋が彫ったオブリックスの岩。



参照:活字文化の東方見聞録 [ 文学・思想 ] / 2006-05-12
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活字文化の東方見聞録

2006-05-12 | マスメディア批評
「ティファニーで朝食を」の作家トルーマン・カポーティを扱って、グローバリズム下の欧州のアイデンティテーを論じた記事を見つける。このリアルフィクションのエキセントリックな、米国での古代英雄の再来として、この作家を描いた映画が三月から公開されているようだ。グレタ・ガルボの出演や大画面での映画化によって、米国人の「英雄」への冗談は失せ、過小評価されるポップカルチャーのヒロイズムとして、アンディー・ウォーホールの近くにあると言う。

どうも古代への神秘主義が問題らしい。十年間以上を掛けて、世界の30件の出版社が推進する「古代小説プロジェクト」に於ける依頼作品の出来に、モリッツ・シューラーは疑問を呈して、「今日の古代にぶっ掛けられた市民教養の粥」と批判している。それは、古代の神秘は、その原形を留めるからこそ効果を内包すると言う存在であるかららしい。

さて本題である。ヘレニズムに於ける「東方見聞」がグローバリズムの始まりと、ヨアヒム・ラタッチュは、ブロンズ後期を説明する。つまり多文化主義のセンシビリティーへの視点から、他の民族が齎したものを吸収して完成したギリシャ文明の流れを指している。具体的には、音節や子音の文字、占星術、時の計算、礼拝上の実際などの導入を言う。

そもそもルネッサンスのモデルと言ったものが、「高貴な歴史」の継続を実証している訳だが、グローバリズムのなかで均質化されないために、欧州は其々に欧州の違う古代を、世界文化との比較のなかで、確立しなければならないと、ハルトムト・ベーメは語っているらしい。

そして、ここで登場するのがハンブルク在住の作家の多和田葉子の雑誌への投稿である。彼女には、アジアの均質化がどうしても気に触る様で、独TVに於けるそのような扱いが、対米文化への対抗上 西 洋 としての西欧のアイデンディテーへの追求と対応しているとする。だから、「植民地主義の申し子」としての等質化されたアジア像が西欧には必要なのだと。全てを「西洋モダーンへの発展途上」への引き出しに整理するか、「感動的な伝統」への引き出しへと整理するかの二つしかないと言う意見の様である。さもないと、ドイツ自らの文化を、いましがた扱った第三世界からのある国のニュースと同じようにしか扱えないからだと批判している。

こうした捉えかたは西欧の立場を上手く表してはいるが、この日本人女流作家はこれを「大日本国明治革命政府のプロシア主義の導入とそれに伴う国家神道の扱いの強調」と比較する事で結論付けている。そしてこの新聞記事は、嘗ての日本の混浴のゴッタニ状態を、米国のポップカルチャーの古代回顧主義と対応させて、明らかにポストモダーンのパッチワーク文化と出来るとして結んでいる。

この女流作家の発言要旨から「アジア人なぞ存在しない」と題したこの新聞記事は、三つの雑誌を読んで、米国文化と日本人の視点を以って欧州を見る事から、そのアイデンティティーへの追求を扱った。それら雑誌の一つは政治文化エッセイ月刊誌で、一つは文芸批評雑誌であって、一つは文学研究の専門誌のようである。

言えば、このような文芸雑誌で論じられている 物 語 は、思潮としては面白いのかもしれないが、現実の欧州の日常の動きからすると明らかに 静 的 な印象しか得られない。特に、TV文化やポップ文化などをこうして上から見下ろすだけでは、どうしても箱庭的にしか見れないようである。実際の問題や実状は大分離れた所にある様な気がするのは、私だけであろうか?文学と言う性質上、その素材やジャンルがどうしても抜けられない言語表現の枠組みが存在する訳で、こうしたものがBLOGでは無しに文芸雑誌として論じられる事に限界を示している。出版社は活字文化の上にしかその基礎を置けないと言う宿命なのである。



参照:
二元論の往きつく所 [ 文学・思想 ] / 2006-04-16
漫画少女の能動的プレイ [ 雑感 ] / 2006-04-10
原理主義のアンチテーゼ [ 文化一般 ] / 2005-09-25
グロバリズム下の欧州像 [ 歴史・時事 ] / 2006-05-13
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試飲会の醍醐味

2006-05-11 | 試飲百景
三十五種類のワインの試飲は圧巻であった。結論から言えば、ヴィンテージによる土壌による質の差異が縮小化されて、平均化されているのを、作り手に直接苦言を呈する事となったが、全体を通して価格と質のバランスは秀逸であった。反対にそれは、どのワインにも失望する事が無いと言う結果でもあった。

日曜日の午後一時からの試飲会は、午後二時過ぎから最終まで粘っていても、絶えず二十五人以上の熱心な味利きで賑わっていた。関係者以外で口を交わした何人かの人との会話は、試飲会の醍醐味であろう。

他人の意見を聞くほど、ワインを良く知る方法は無いぐらいである。専門家の女性は、流石に質問にテキパキと的確な言葉で答えてくれた。特に赤ワインのシュペートブルグンダー三種類の比較は気に入った。その前には、女性に於けるムスカテラー種への寵愛を訊ね振ってみたが、期待したウットリとした表情は見せなかった。専門家としては当然なのだが、全ての回答が固定観念に縛られていて、大変教育されているような優等生的回答で、今ひとつ可愛げが無かった。女性に目の利かない近くにいた若い男が、彼女に早速名刺を求めて、旦那の話しをされていたのが面白かった。女性を見れないようでは、ワインなどを評価するのは10年早いと言いたかった。

その他では、自らはワイン農家をして居るようなアロハシャツ紛いの装いの親爺夫婦などが、甘口ワインへの独特の視点を持っていた。流石にこれほどの本格的な試飲量となると、飲み込む人は少なく、口に含んでは吐き出しの繰り返しとなる。

最後尾に置いてある6種類の甘口アウスレーゼやベーレンアウスレーゼ、二種類のトロッケンアウスレーゼの甘さや零れてべたべたするのを不快に思い、大変高価なワインを顔を顰めて口に含み吐き出して、ニチャニチャと指を鳴らして高カロリーを採りながら、お勤めを終えた。

結局、ご主人や親方と話し込んでいるうちに、予定の終了時間は過ぎ、一人一人と招待客は去って行く。赤ワインをグラスについで涼みながら、バルコンで近所のお兄さんと話し込んでいるうちに、会場は片付けられて、誰も居なくなった。

雑多な情報交換して、お兄さんは手洗いに行き、こちらは醸造所の皆さんにご挨拶をして、ご贔屓の品の在庫を確認してから、何一つ購入せずに醸造所を後にした。勿論、改めて購入に行くのではあるが。
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マクロの見識を味わう

2006-05-10 | 試飲百景
先日、試飲したグランクリュワインについて書き留めておかなければいけない。都合良く、試飲会が開かれた後だったので、残り物を飲ませて頂いた。

二種類の2004年産グランクリュとその一つの2003年産を試飲出来る事は通常はない。その販売価格は、其々29ユーロ、23ユーロなので当然であろう。前者のペッヒシュタイン二種と、後者のカルクオッフェンである。

前者のタールを意味する名前から玄武岩の土壌を、後者は石灰岩の土壌を示している。これらから先入観念を避ける事は難しい。それを避けようとすれば、目隠しテストするしか無いであろう。しかし、ソムリエのコンテストのようにある程度の知識を集めて固定観念を積み上げる事が、そうした あ て も の や客への権勢を容易にするのである。それらの 見 識 が、目隠しをしても知識の集積の中から無難な判断をして行く、取捨選択の合理的方法を玄人に採らせるに過ぎない。「ずぶの素人の方がソムリエ世界チャンピオンよりも味に敏感でありえる。」と云うテーゼがこうして導き出される。

前者の土壌が鉄分・マグネシウム・珪砂の混合の事実は、味覚として説明するのは可能であろう。また後者の炭酸カルシウムCaCO3やドロマイトCaMg(CO3)2を含有している土壌の味覚は、同様の成分を持つミネラル水等の味覚から演繹出来る。それは前者の味覚が大変個性的且つ多種多様な事で、ミネラル分多様なワインを容易に想像させる。

そうした味の分析から、其々を土壌のミネラル成分の味覚としてミクロな視点から固定して仕舞うよりも、貝殻石灰岩層の石灰岩質の下部により古い火山性の層が存在しているような差異を味覚する方が理に適っているのではないだろうか?これを以ってして、その局部的な地殻の様子を推測しつつ、ワインの味の傾向を確認する。

すると、明らかに前者のミネラル成分が後者よりも集中凝縮されている事に気が付くのである。化学成分表を片手に試飲してそのミクロの世界を味わうのも方法であるが、こうしたマクロの見識を以ってその世界を味わう方が、認識の独善に陥る危険性が低い。

こうした示唆を与えてくれた地質環境の専門家が選んだワインは、中庸の内包と云う理由で後者のものであって、前者の多彩なミネラルを良しとした店の女性と私は、その 特 殊 性 に惑わされていないとも断言出来ない。こうしたワインを素直に旨いと云えない「裸の王様」環境を忘れてはいけないのだろう。

何れにせよ、これを個人の好みと云う一言で片付けて仕舞うほど愚の骨頂は無くて、これほど素晴らしいワインと云う賞賛と、それほどのワインでも-裕福で頻繁に飲めるとしても-慣れれば飽きが来るという事実を併記して措くのが良ろしい。結局、まだ若いが、一リッター7ユーロの素晴らしいリースリングを一本試しに持ち帰った。書き忘れたが、グランクリュの2003年産の厚顔に比べて2004年産はどんなに繊細だったか、2005年産は更に期待出来る。(試飲百景)
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土壌の地質学的考察

2006-05-09 | アウトドーア・環境
ワイン土壌の地質学的考察を、ある醸造所の店先で地質環境の専門家から拝聴出来た。火成岩や堆積岩や変成岩を見る火山活動や堆積、造山隆起活動などを基本として、土地の大まかな地殻から土壌を見て行くようだ。その観点からすると、幾らかでも馴染みのある土地柄については、観光ガイドやハイキングの本などに詳しく、皆が良く知っている。

特にライン河を挟む平野は、馴染みのあるもので、両側に盛り上がっている山地が特徴である。断面図を見て分かるのが、オーデンヴァルトに於けるユラ層の貝殻石灰岩であり、プェルツァーヴァルトに於けるその下層となる雑色砂岩層である。こうした地盤隆起・沈下、侵食の様相を頭に入れておくと以下のような議論が容易に理解出来る。

上の図示を見ても分かるように、地下の古い下層が山地として突出していると云う事は、その麓に於いて必ずや層の錯綜が存在する事であろう。つまり洪積世が平野を作るまでの区間に、部分的な土壌を表出させる事になるのである。このような変化が最も多いドイツのワイン産地はナーエ地方である。

さて、このような事象がワイン街道のミッテルハルト地域でも所謂グランクリュの栽培地を形成している。玄武岩から石灰岩、スレート、などと様々な土壌が表出している。これらの特徴が、カリシウムやカリウムの植物に於ける摂取として、出来上がったワインの成分に大きな影響を与える事は十分に知られており、水捌けの良さや土壌の温度などと共に土壌の個性として語られる。

こうした事から、其々の土壌を以って、ワインの味覚を語ろうとするのが通なのだが、上述した地質環境の専門家は更に明確にこれを解説した。つまり、特別な土壌の突出よりもその地層の多様性が、少なくとも10メートルとも30メートルとも云われるワインの根の長さを考慮すると、興味あるワインの特性を左右すると云うのである。これは、大変説得力ある説明である。何故ならば、一般的に良く云われる水捌けの良し悪しと、根の張りかたの関係もこれで説明出来るからである。

水捌けが良い山肌の上部の土壌では、幾ら深く根を張らそうとも、その根が吸い採ってくる水に溶けたミネラル成分は限られており、反対に多様な土壌の層が存在している場所では多様なミネラル分が摂取される。つまり、地図を見る事で大まかな土壌とその水捌けなどが推測出来るのである。こうした作業は、グランクリュとなった伝統的な地所の各々の性質を固定観念として捉えるよりも、遥かに科学的な推測なのである。

大まかに纏めると、地下水も流れ着く、中腹よりも下部の方が土壌の多様性も高くなりミネラル成分を多く含み、それより平野部では堆積した粘土質となり、なんらのミネラル分を含まないとなる。これはワイン街道を離れるとリースリングなどのワインは生産される事無く、粘土質の土壌でのロゼなどの葡萄の生産となることを示している。反対に斜面の上部となると、ここでは珪素の多い砂岩成分となり、そうしたシャンパーニュのような、グランクリュワインからは外れる、軽快なリースリングとなる。少なくとも現在までのワイン体験の多くを大変上手に説明出来る。

疑問として残ったのがローマ人のワイン栽培の遺跡である。この位置が、一箇所は山の上部、一箇所が殆んど粘土質となっている場所にある。当時の生産方法では、現代のワイン栽培のようなミネラル成分配合の妙を味わったとは思えないので、酵母成分の生育や寒さにも負けない葡萄の栽培が北の辺境の植民地で優先されたのであろう。



ローマ人の片方の粘土質の土地はブドウ栽培でなかったようだ。つまり他の野菜を栽培していたらしい。
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平均化を避ける意識

2006-05-08 | ワイン
フロイト生誕150周年は、土曜日であった。妻やその妹との生活、学生である娘へとの手紙交換などが紹介されていた。

ドイツ高級ワイン醸造所の団体VDPのお披露目会が催されている。通常の2005年度産ワインがこうして紹介される。幾つもの催しものが五月中に目白押しである。もともと、樽出し瓶詰めが完了する時期なのである。

お馴染の醸造所に出かけ年違いの物も含めて三十五種類のワインを試飲した。こうした形式には有料のものも、お得意さんやバイヤー向けのものもあり、軽食が賄われるものもある。今回のものは、無料であるが、地元の著名なワイン研究家博士やプレス関係も居たが、常連として招待されている顔ぶれも見えた。小さな一口パンと水だけで、目的がズレていないのに大変好感を持った。

オーナーは、「宣伝費も無駄なパーソナルも抑えているので、CPが高いというのはその表れだろう。」と、明確に回答してくれた。グローバル経済の中での戦略を伺って、「ワインの質とそれが平均化しないように差異を如何に保持出来るか」と云う文脈の中で、自然環境の変化や市場の動向によって易々と経済的ダメージを受けないような伝統ある醸造所の運営方針を確認出来た。その中で特別に魅力ある商品への希望が絶えず目前に掲げられるべきであろうと、その意を強くした。

醸造親方も36歳と若いのだが、フランスなどでの修行も実って、「ワインの皇帝」と呼ばれる米国人ロバート・M・パーカーの選んだ、最新の世界のワイン関係者36人に選ばれている。その選考理由は知らないが、昨年私が最も飲んだワインの醸造者である事実がそれを物語っていると云うと笑われるだろうか?

パーカー氏の「客観的点数システム」風のものにはここでも表明しているように全く興味がないのだが、親方との会話の中でも、「個人の趣味」と云う言葉が出て来た。所謂主観的評価となるだろう。これは、客観主義の点数システムから「平均化への道程」の反対側に存在する。所詮ワイン如きの事であるからどちらでも良いとは云えない。何故ならば嗜好品なればこその「意識下の主観」なのである。コカコーラしか飲まない人間はいるだろうが、サプリメントしか食べない人間はいないだろう。この辺りはフロイト博士の潜在意識の影響領域か。

経済効率を上げながら平均化を避け、大切なものを保持して行く。こうした発言をするから、超自己を基盤とした保守と見做されてしまう。こうして考えると、味覚の客観化と云うものが如何にまやかしであるかが想像出来る。



参照:
平均化とエリートの逆襲 [ 文学・思想 ] / 2005-11-06
歴史政治の遠近法 [ 歴史・時事 ] / 2005-04-17
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ワイン三昧 第四話 '06 

2006-05-07 | ワイン
名前
ゲオルグ・モスバッハー

場所
フォルスト アン デア ヴァインシュトラーゼ

特記
二百年以上続くワイン農家。その後ワイン醸造所としてノウハウを継承する。ドイツを代表するワイン畑を背に14haの耕地面積は決して小規模とは言えない。フォルストからダイデスハイムにかけて至る所に点在する地所を耕作している。

履行日時
2006年4月10日

試飲ワイン
2005年リッターワイン辛口リースリング、
2005年リッターワイン半辛口リースリング、
2005年辛口グッツリースリング樽4、
2005年ダイデスハイマー・ヘアゴットザッカー辛口キャビネット、
2005年フォルスター・シュティフト辛口キャビネット、
2005年フォルスター・モオイズヘーレ辛口キャビネット、
2005年ヴァイスブルグンダー辛口、
2003年シュペートブルグンダー辛口、
2003年メロー辛口、

全九種類。

感想
リッターワインの辛口はミネラル風味が高く活き活きとしている。価格も醸造所の格に合わせた微妙な価格設定である。旨味が少ないので、半辛口が用意されている。グッツワインは三割方価格は挙がるが、質も高まりフルーティーで悪くは無い。濃くが高まる分、時間軸を持った味の変化の評価が厳しくなる。ヘアゴットザッカーは、その点からすると後味の評価に苦味が出てくる。シュティフトも更に味が濃くなるので尚の事味が後を引く。モイズヘーレはその分、土壌の違いから薄めの味となって、自然な味覚と構築感が素晴らしい。ヴァイスブルグンダーは、酸味が薄い分苦味が目立つ。

偉大な年のバリックのシュペートブルグンダーが、現在飲むならばドイツ赤ワイン最高の物の一つであろう。バランスが素晴らしく旨い。その点、メルローの方がまだこれからの様で将来を期待出来る。

総論
イーリンゲンからの若婿さんの影響か、以前のフルーティーさよりも昨今の傾向である全体の纏まり重視されているようだ。これを高級ワインの特徴とするかどうかは難しい。酵母の選択などの醸造過程での投資で決まるのだろう。どうもそのような結果が、後味の濁りとなっているようなので残念である。その点モオイズヘーレなどは秀逸なワインであるが、並み居る名地所の上のクラスにこの重要で無い商品が位置するので居心地が悪い。土壌に応じた醸造方法を細かく投入できないものであろうか。リッターワインの半辛口も悪くはないのだが、旨味だけならば零細農家も醸造出来ているのでこの辺りが難しい。辛口は、ワインだけを飲むには旨くはないが、通常の料理には大変素晴らしい。

シュペートブルグンダーの出来は驚きであった。地所を旨く選んでいる事と、素直な醸造が功をそうした様である。二十年以上の栽培の経験が、偉大な年2003年に開花した感がある。その点、メルローも買って置きたいが、直ぐに売り切れるであろう。



参照:
ドイツワイン三昧 第四話 2005年版 [ ワイン ] / 2005-05-07
ドイツワイン三昧 第四話 [ ワイン ] / 2005-05-06
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そして白樺が終わる頃

2006-05-07 | アウトドーア・環境
道行く人の服装が半袖になっている。摂氏20度前後となれば当然だろう。温度が上がると共に大気中に飛び交う物がいけない。花粉アレルギーについて昨年は花粉症歴四年目にて克服などと書いた。本年は、一週間ほど前から目の周りが乾いたりして気が付き出した。それから明らかに兆候が出て来て、痒くて涙目で仕方ないので週末のために点眼液を入手しようとしたが堪えた。一昨年は三回ほどしか使わなかったからである。鼻もぐずぐずしてきたが、今暫く様子を見よう。それほど酷くはなら無いような気がする。

先週末にアルザス山地で合流しようとしていた一隊の報告を聞くと、千メートル足らずの山には雪が深く残っていて、早朝は霜が降りたと云う。こうした急激な温度変化は、生態系にどうした影響を与えるのかと興味を持っている。

バイオウエザー予想によると、相変わらず花粉の飛翔は多いが、雨が降れば収まり、峠を越えた白樺の花粉に関しては終結すると云う。樫やイネ科の植物の花粉がそれから飛翔すると云う。標高300M以上の所では、これからが白樺に始まるシーズンで五月半ばを過ぎてから初めてそれらが本格的に飛翔するらしい。

これから推測すると、白樺が終わればアレルギーが引くかどうか注目である。
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考古学的発見か

2006-05-06 | 雑感
こうした写真を掲載するべきか、迷った。写真を撮影してから数ヶ月が経っているのが、その証拠である。

散弾銃に射撃されたような、中東の発掘現場で発見したような穴の開き方はあまり知らない。詳しく見ると穴の真ん中には、大変細い白い線が通っている。

この白い糸が一斉に切れはじめたらしい。細番の糸を織り込んでいるのでこのようになったのである。

作り手は分かっているが、生産地は判らない。極東の方であろうか。極細の折込の技術からして、高密度の高性能の織機が使われていると想像出来る。そのような機械で、簡単にパターンをソフトで作り出して、制御する技術が使われるからこそ、限られたメートル長の折り物の生産が可能なのだろう。

1000年後にこの生地が発掘されるとは思わないが、そうした時代の社会経済や技術程度が正しく測られる時、考古学的価値が出てくるのだろうか。
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剰余商品価値の継承

2006-05-05 | SNS・BLOG研究
商品価値について異なった視点を教えて頂いた。我ながら、全く気が付かなかった視点の相違が出て来て驚いている。元来、そういった経済の基本に疎い人間は、こうしてその相違を知るとなんとも嬉しくなる。

プリンターの純正インクの価格についての評価が始まりである。そこから携帯電話の普及の為のサーヴィス供与と一台当たりの生産コストへと考えは至る。つまり、消費者にとっては少なくとも見かけ上は供与されるほどの価値しかないと云う新たな主観的価値観が生じるようだ。

また、その使用目的によって価値観が変化してくるので、生産者は其々の目的に合致した商品を供給する事が市場を正しく生き残ると云う商業の基本となる様である。

もう一つ、その購買者の経済力が商品価値に影響すると云う考え方である。

これら三点についてだけ考慮しても商品への価値観は、規定出来ないと云うのがご意見である。目から鱗が落ちるような気がした。どれも近代的もしくは後期資本主義的な消費経済の基礎の基礎のようなことであるにの、青天の霹靂のような印象を持った。

その驚きを視点の相違点として纏めると以下のようになる。

先ず商品価値は、個人にせよ法人にせよその商品が生み出す経済価値に基本を置くべきと考える。つまりプリンターの場合は、A4紙一枚あたりの単価であり、作業を成し得る時間でも人件費でもある。すると、この経費に関しては、その価値は失業者であろうともビル・ゲートであろうとも変わらないのである。寧ろ、ありえるような偽請求書を送りつけて振り込み詐欺を働く犯罪者の方が、ビル・ゲートのホワイトハウスへ宛てた一枚の手紙よりも経済価値は高いかもしれない。購買力には関係しないと考える。

付加価値が付いた商品や贅沢な商品、嗜好品などにこそ、購買力の差が生まれる。しかし、ビル・ゲートがマイバッハやロールスロイスに乗らず、レクサスに乗っていても決しておかしくは無い。反対に失業者がポルシェに乗っている事などもありえる。これらの主観的な価値観は存在しても、商品の客観的価値とは需要供給の関係で存在するのだろう。

それに関して、市場への目的に応じた商品供給の細やかな配慮が問われる。これはトヨタ社などが高級車市場へと参入して来て、ダイムラークライスラー社がA、Bクラスへと進出しているのに等しい。しかし、失業者に適当なメルセデスが無いからといって、誰もこの生産者を批難しない。つまり、生産者が幅広い市場を睨むのは当然としても、市場は生産者間の相違から商品を選択する事も出来る。もしそういった選択が出来ないならば、自由競争市場が機能せず独禁法に抵触するのではないかと云う考え方である。

この視点からは、「100ドルPC」を扱っての記事が書かれている。ビジネス音痴の人間としては、大変興味を持って拝読した。中華圏でのNECコピー事件の記事などを読むと益々、こう云った下請企業の技術力を活かした第三世界での経済の展開を予想させる。知的財産権の保護に加えて、経済活動の可能性を考えるべきと思われる。

その権利こそが、今回の話題の発端となったのであった。つまり純正品はその権利を開発経費の名目で行使する事で、大量生産による実際の削減されたコストを逸脱していないかと云う疑惑が消費者に常に存在している。電気剃刀の老舗の商品の質の低下とその親会社の営業方針などを見ても、国際的シェアーの高いブランド商品は明らかに質が悪くなって来ており、有名ブランドには信用では無く不信感が募って来ている。こうした弊害を取り除き、自由経済競争の実行のために独禁法の厳正な行使が求められていると承知している。

商品価値はやはり客観的に存在して、必需品は最低の所得の者が購入出来る価格である必要があり、それを逸脱する価格帯の商品購入時の剰余価値は新たな投資として厳密に計算されるべきであろう。その剰余価値に拡販などの経費が含まれているとすると、経済の基本のような話になる。マルクス経済はドイツ的であると云う特集があったがやはりそうなのか?昨日もラジオの文化波の番組で盛んにぺーター・リヒトの「やっとのことキャピタリズムスは過ぎ去った」が流れていたが、どうしたものだろう。

結論を纏めるならば、こうした生活感が欧州の経済感覚として確り根付いている。蓄積された富が、ゆとりとなって新たな経済活動の資本となる。その資本が文化と云うソフトである事も多く、今後益々高齢化社会となって若い世代がそれを引き継いでいけないとすると、何時かは井戸のように枯れて仕舞う。文化を継承するとは、こう云ったものなのだろう。
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近代科学の限界に向合う

2006-05-04 | アウトドーア・環境
ハイデルベルクの旧新市街地ベルクハイムの建造物について調べた。この地域は、ハイデルべルク大学病院として発達して、現在はネッカー川向こうのノイエンハイマーフェルトへの移転が進められている。ハイデルベルク市が提出した都市計画の文書がネットにあり、その計画像が粗分かる。大まかに理解すると、現在ある歴史的建造物を残しながら、その中に比較的廉いアパートメントを建造して、都市部に近い緑の多い住宅地を作る様である。しかし精神病理学関連の病院などは移転が最も遅れる様である。

大学病院を歴史的に見ると、元々は修道所などを改築して使っていたのであるが、十九世紀の半ばには当時の保険衛生基準から新たな医療建造物が必要とされて、1869年から十年間に17棟の病院施設が建造されている。1875年には精神病理の施設が建造され、1882年の婦人科の増設、二十世紀初頭の隔離病棟、救急病院、その他眼科や耳科、皮膚科などの専門病院が第一次世界大戦までの期間増設されていく。

それらの研究医療施設は、当時のプロシア時代の基準からすると十分に土地の有効利用が出来ているらしい。現代の移転の理由が、建造物の老朽化だけで無く、集中化した医療効率の問題でもある事が何か医療の歴史などを物語っているのだろうか?

その点からすると、ザマリターハウスと云う建造物は、世界でも古い癌専門の施設の様で興味深い。粗百年前のことで、外科医チェルニーがこれを推し進めたとある。チェルニーは、ヴィーンで内科医として博士号を取得した後、これまた作曲家ブラームスの友人として高名なヴィーンの外科医ビルロート博士のアシスタントとなっている。そこからハイデルベルクの外科病院長となるが、すでに当時の外科は百二十床を有していたと云うから可なり大きいのではないだろうか。全身麻酔や無菌医療の実施の臨床での功績後、腫瘍の研究所を開設している。これが現在も続くドイツ癌中央研究所である。そこの医療施設が、このザマリターハウスで、47人の患者を術後の医療にまで一貫して扱っていたようだ。チェルニー自身は、1916年に放射線の照射による白血病で没したと云う。

この建物と向かい合った精神病の療養研究施設に関しては、その歴史はHPに詳しいが、後年のカール・シュナイダーやその部下達、所謂「死の医者」の戦後についても触れてある。医療施設としては、バーデンの前身から入れると19世紀初頭まで遡る様である。アルツハイマー博士の同僚でもあるエミール・クレッぺリンが重要な基礎を築いた様であるが、1903年にはミュンヘンへと栄転している。作業効率や消耗の研究絡みで、同じく精神障害から1903年に大学を退いた当時のハイデルベルクのサロン主催者マックス・ヴェーバーの社会学と関係している。そのメンバーで哲学者でもあるカール・ヤスパースは、ここで1910年には、後のノーベル医学賞のオットー・フリッツ・マイヤーホフらが開いたフロイト心理学研究会員として活動している。

始めに戻れば、環境行政を含む土地開発から社会学、精神病理学から哲学・芸術まで、非常に絡みあっており、そうした歴史を追う事も、現在の街づくりに役立つのではないか?公園と交通量が少ない事は、そのまま暮らし良く活気のある町を意味しない。そうした問いかけ自体が、現在の精神病の課題であって、既にマックス・ヴェーバーが問うた課題にも含まれているようだ。




参照:
心の鏡に映される風景 [ 音 ] / 2005-11-23
テューン湖畔の薫煙 [ 文学・思想 ] / 2006-01-19
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