晴れ。
朝の感じだとまだ透明度のよさが保たれている気はした。
ときどきだが屋根見ると、瓦の上が黄色い。白いときもある。瓦にも寿命はあるが、さすがに
瓦割りというものをやってみたいという気にはもうならない。それがはやった時期があって、でもやったような
気はするが、最近は竹箒一つうまく扱えないような、非弱な身体になってしまった。
どうでもいいような気はするが、体育の成績はいつも3である。これは五段階評価。それで3。
つまり評価に値しない、そうゆうことだろう。
小学校のときも、運動神経はさほど悪くはないと思うが、逆上がりは出来なかった。だがそのうち、逆上がりは
出来るようになり、さらに前回り、後ろ回りも出来るようになったが、これが何か役にたったかというと
大いにありそうで、しかしその後に、そうゆう機会はなかった。高校のときも、体育はあった。
持久走はもちろんだめで、またマラソンと称するものもあったが、どうだったのだろうか。どのくらいの距離走ったかな。
1500mはあった。どうにか走った。あーゆうときに何か事故があれば一体にどうなっていたか、考えるとぞっとする。
もっとも、私は小さいころに、二階から落っこちたり、幼稚園ではゆらり揺れる座るタイプのブランコから
外側に落ちて、血だらけになったこともある。
交通事故もある。これを比較的正確に思い出すことが出来る。よく生きているな、いまも。そう思うときもある。
大学でも体育はあった。でも大学のそれは、いって見れば、適度な息抜きで、かつ授業は休んではいけない。
そうゆうことを教えてくれた。またほかの学部の人間とも、知り合いになれて、ほどほどに話をする仲にも
なった。この体育の授業は、2年間だが、出ないと留年は決定的で下手すると退学とかになったが、学校なんて
どうでもいい、そうゆう考えの人は、それで辞めていったと思うが、実際そうゆう人は知らない。
1年のときに、バレーボールを選んだ。楽そうだからで、でもそうでもなかった。大学の体育の教師は、ほかと同じで
講師になり、助教授になり、最後には教授にもなる。適度に運動の有効性を述べて、あとは好き勝手。そうゆう
わけでなく、道具の片付けとかももちろんちゃんとやるよう指導。チームプレーでもあるので、その点も
指導する意味はあった。
2年生のときは、バスケットボール。これも問題はなかった。格好はどんなものでもよく、ジーパンをはいている
人間もいて、本人は気が付かないが、股のところからほころびが出て、最後には完全に半周くらいは、破れていた。
本人は終わってから、気が付いたようだが、さすがに少し照れたような。しかし、それだけ一生懸命に
試合に興じていた、ということがいえる。
バスケットでときに何か教わることはなかった。身体を動かすことだけ。このときも倒れたとかいう人間は
いなかった。
こうゆうのを、体育という。体育はなかなかいい言葉である。身体を育てる。で、ある時代から、体育に会が付いた。
体育会の誕生である。これが一体にいつごろ出来たか、いずれにしろ何か政治的な意味合いがある。文科系のサークル
とかは違った。同好会でもなかった。体育会の誕生の秘話、これを正確に知りたいが、よくはわからない。
単純に、体育は、適度に体を鍛える、あるいはリラックスするもの。小学校の昔の運動会である。弁当が楽しみ。
体育会は、『教練』とかに通じるものがあるのではないか。これは想像である。
いずれにしろ、体育と、体育会は大いに違う。この違いは、外国から来た人ほどわかりにくいと思うが、実際のところは
それに入った人しかわからないようだ。TVでもこの言葉を冠する、番組が最近ある。かなり時間はたった。
でもこれはTV。実際の体育会ではなく、体育会風というところか。
体育会がなかったころの、大学の運動部はどうだたか。これもわからない。でも体育会という言葉は比較的新しい。
ずいぶんと身体が弱ってしまって、歩くのにも結構しんどい思いをする。
でも最近、これも思いがけない言葉だが、山を歩く女性、山ガールという言葉が生まれた。何でもありやな。
昔むかし、新宿駅の真夜中に出発する、中央本線のある列車に乗ったことがある。みな山に行く人たちが利用する。
八ヶ岳とか、あるいは南アルプスに中央アルプスに、北アルプス。そうゆうところに向かう。
そのとき、大学の山岳部のさらに女性の人もいたことはいたが、なかなかの重装備で、さすがに違うなと思った。
このたぶん大学の山岳部の女性が体育会に入っているかどうか、考えることはなかった。それよりも、重い荷物を
軽々と担いで、階段を登るその姿を見て、こりゃかなわんわいと一人思った。高校生もいたのかな。
TVでも、女性山岳家ならびに、山ガールは登場する。驚くべき体力である。
こうゆうところでも、やっぱり男はある場合負けるだろう。そうゆう思いもした。
北アルプスも、夏山シーズンを迎える。ご年配の女性も多い。男より多いのではないか。
えっちらおっちら、いや違う、颯爽と登ってゆく。
自分の世界と関係ないところにいる。
そう思う。
それにしても今日は情けないことを書いたが、大体真実である。
夕日がきのうはすごかったが、黒い雲も。やっぱりこの世に黒はいる。
赤と黒の黒は何を意味したかな。
まー空は暗くないとだめだが、それにしても、黒・黒・黒、どれだけの黒、黒幕がいるのか。
余分はいらない。
その一。
その二。
その三。
その四。明るい黒である。
その五。
その六。
その七。
その八。
その九。
そういえば暗黒物質、ダークマターもある。ブラックホールも。
ダークマターはしかし、一体になんだろうか。この正体、誰が明らかにするか。
朝の感じだとまだ透明度のよさが保たれている気はした。
ときどきだが屋根見ると、瓦の上が黄色い。白いときもある。瓦にも寿命はあるが、さすがに
瓦割りというものをやってみたいという気にはもうならない。それがはやった時期があって、でもやったような
気はするが、最近は竹箒一つうまく扱えないような、非弱な身体になってしまった。
どうでもいいような気はするが、体育の成績はいつも3である。これは五段階評価。それで3。
つまり評価に値しない、そうゆうことだろう。
小学校のときも、運動神経はさほど悪くはないと思うが、逆上がりは出来なかった。だがそのうち、逆上がりは
出来るようになり、さらに前回り、後ろ回りも出来るようになったが、これが何か役にたったかというと
大いにありそうで、しかしその後に、そうゆう機会はなかった。高校のときも、体育はあった。
持久走はもちろんだめで、またマラソンと称するものもあったが、どうだったのだろうか。どのくらいの距離走ったかな。
1500mはあった。どうにか走った。あーゆうときに何か事故があれば一体にどうなっていたか、考えるとぞっとする。
もっとも、私は小さいころに、二階から落っこちたり、幼稚園ではゆらり揺れる座るタイプのブランコから
外側に落ちて、血だらけになったこともある。
交通事故もある。これを比較的正確に思い出すことが出来る。よく生きているな、いまも。そう思うときもある。
大学でも体育はあった。でも大学のそれは、いって見れば、適度な息抜きで、かつ授業は休んではいけない。
そうゆうことを教えてくれた。またほかの学部の人間とも、知り合いになれて、ほどほどに話をする仲にも
なった。この体育の授業は、2年間だが、出ないと留年は決定的で下手すると退学とかになったが、学校なんて
どうでもいい、そうゆう考えの人は、それで辞めていったと思うが、実際そうゆう人は知らない。
1年のときに、バレーボールを選んだ。楽そうだからで、でもそうでもなかった。大学の体育の教師は、ほかと同じで
講師になり、助教授になり、最後には教授にもなる。適度に運動の有効性を述べて、あとは好き勝手。そうゆう
わけでなく、道具の片付けとかももちろんちゃんとやるよう指導。チームプレーでもあるので、その点も
指導する意味はあった。
2年生のときは、バスケットボール。これも問題はなかった。格好はどんなものでもよく、ジーパンをはいている
人間もいて、本人は気が付かないが、股のところからほころびが出て、最後には完全に半周くらいは、破れていた。
本人は終わってから、気が付いたようだが、さすがに少し照れたような。しかし、それだけ一生懸命に
試合に興じていた、ということがいえる。
バスケットでときに何か教わることはなかった。身体を動かすことだけ。このときも倒れたとかいう人間は
いなかった。
こうゆうのを、体育という。体育はなかなかいい言葉である。身体を育てる。で、ある時代から、体育に会が付いた。
体育会の誕生である。これが一体にいつごろ出来たか、いずれにしろ何か政治的な意味合いがある。文科系のサークル
とかは違った。同好会でもなかった。体育会の誕生の秘話、これを正確に知りたいが、よくはわからない。
単純に、体育は、適度に体を鍛える、あるいはリラックスするもの。小学校の昔の運動会である。弁当が楽しみ。
体育会は、『教練』とかに通じるものがあるのではないか。これは想像である。
いずれにしろ、体育と、体育会は大いに違う。この違いは、外国から来た人ほどわかりにくいと思うが、実際のところは
それに入った人しかわからないようだ。TVでもこの言葉を冠する、番組が最近ある。かなり時間はたった。
でもこれはTV。実際の体育会ではなく、体育会風というところか。
体育会がなかったころの、大学の運動部はどうだたか。これもわからない。でも体育会という言葉は比較的新しい。
ずいぶんと身体が弱ってしまって、歩くのにも結構しんどい思いをする。
でも最近、これも思いがけない言葉だが、山を歩く女性、山ガールという言葉が生まれた。何でもありやな。
昔むかし、新宿駅の真夜中に出発する、中央本線のある列車に乗ったことがある。みな山に行く人たちが利用する。
八ヶ岳とか、あるいは南アルプスに中央アルプスに、北アルプス。そうゆうところに向かう。
そのとき、大学の山岳部のさらに女性の人もいたことはいたが、なかなかの重装備で、さすがに違うなと思った。
このたぶん大学の山岳部の女性が体育会に入っているかどうか、考えることはなかった。それよりも、重い荷物を
軽々と担いで、階段を登るその姿を見て、こりゃかなわんわいと一人思った。高校生もいたのかな。
TVでも、女性山岳家ならびに、山ガールは登場する。驚くべき体力である。
こうゆうところでも、やっぱり男はある場合負けるだろう。そうゆう思いもした。
北アルプスも、夏山シーズンを迎える。ご年配の女性も多い。男より多いのではないか。
えっちらおっちら、いや違う、颯爽と登ってゆく。
自分の世界と関係ないところにいる。
そう思う。
それにしても今日は情けないことを書いたが、大体真実である。
夕日がきのうはすごかったが、黒い雲も。やっぱりこの世に黒はいる。
赤と黒の黒は何を意味したかな。
まー空は暗くないとだめだが、それにしても、黒・黒・黒、どれだけの黒、黒幕がいるのか。
余分はいらない。
その一。
その二。
その三。
その四。明るい黒である。
その五。
その六。
その七。
その八。
その九。
そういえば暗黒物質、ダークマターもある。ブラックホールも。
ダークマターはしかし、一体になんだろうか。この正体、誰が明らかにするか。