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列柱あるいは回廊

2011-06-06 15:05:01 | 自由が丘の家

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旅行先で、列柱だとか回廊のある場所に出くわすと、ついつい居座って居心地を確かめたりしてしてしまうクセ?があります。職業柄ということもあるかと思いますが、列柱や、それに囲まれる回廊というのは、多くの人を惹きつける不思議な魅力をもっていると思います。街に面してカフェになっているような回廊も素適だけれど、古い修道院の中庭のような場所は、独特の静けさに満ちていて、好きな場所です。

修道院の中庭の廻りには、多くの場合列柱が巡らされていて、それによって自ずと回廊になっています。中庭は石畳だったり植栽であったり様々ですが、回廊を巡っていると、列柱によって中庭が見えたり隠れたり、いろいろな風景を見せてくれます。もともと回廊は、ぐるぐると歩いて思索にふけったり、語らったりする場所だったとか。ある意味では、とても親和的な場所でもあるのだと思います。そんな場所に身を置いて、無為に時間を過ごしていると、なにか心が穏やかになっていくような気がします。

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自由が丘の家には、そんな「プチ」中庭のような場所があります。正確に言えば、数年という時間を経てそんな雰囲気になってきてくれた、というべきでしょうか。もともと建っていた古い家屋の建て替えでしたから、すべてを新しくするのではなく、昔からの時間をつなげていきたいという思いがありました。そこに流れてきた時間の「深み」のようなものを、雰囲気としてとどめたいと思って設計していました。数年を経て、色褪せた黒漆喰の柱の合間から、鮮やかな緑が顔をのぞかせる季節になりました。

普通であれば白くサッパリと着色した方が開放的・・・ということになるかと思うのですが、黒くしたのは、少しでも深遠な雰囲気をもたらしたいと思ったからでした。石造による重厚で太い列柱がもつ奥深さに、木造の細い柱であっても、少しでも近づけたかったのです。

黒い柱の脇に植わっているのはジューンベリー。ちょうど赤い実をたくさんつけています。鳥に食べ尽くされる前に、味見をしよう(笑)

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2011-04-18 19:40:49 | 自由が丘の家

ここ数日で急に暖かくなり、庭木からは新芽がでたり花が咲いたり、にぎやかになってきました。

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「自由が丘の家」も、できあがってから9年を迎えます。できた当初は土の上にポコっとお供え物のように(!?)佇んでいた家も、左官塗りの外壁が、時の経過とともに味わいを増し、廻りの草木のよい背景になってきました。

「自由が丘の家」は、白と黒のふたつの壁でできています。
白い壁は珪藻土塗り。いつまでも鮮やかな白であり続けてくれるように考えて、珪藻土を選びました。
黒い壁は黒漆喰塗り。風雨に晒されながら、徐々に黒い色があせてきて、得も言われぬ味わいが出てくるといいな、と願って選んだ材料でした。
それぞれの壁は、それぞれ独特の草木の背景になっています。

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白い壁は、鮮やかな緑と、樹影を映すものとして。写真は前庭に植えられた、ヒメシャラ。


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黒い壁は、白い花を際立たせる背景として。この写真の花は、中庭のジューンベリー。

これからだんだん枝葉が大きくなり、「自由が丘の家」の庭は木漏れ日の豊かな季節を迎えます。

最近、建設をすすめてきたいくつかの住宅がいよいよ完成の時期になりました。やっとここまでこれた、という安堵感はあるものの、できあがったばかりの家は、ちょっとよそよそしい感じがします。これから時間をかけて、じわじわと良い雰囲気になってくれることを、楽しみにしたいと思います。

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雨上がりの庭に

2010-09-17 18:08:23 | 自由が丘の家

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夏の終わりを告げるような雨が降った後は、秋の気配が色濃くなってきました。
2日間ほどまとまった雨がざっと降っただけで、庭の緑は一気に息をふきかえし、こんもりと大きくなったように思います。白い壁に映り込む草木の影が、少し涼しくなった風に吹かれて心地よさそうに揺れています。ヒメシャラも、今年の夏は大変だったでしょう。なんとか踏ん張ってくれました(笑)

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バードバスにしている信楽焼の鉢には、雨水がすりきりいっぱいまで溜まっていて、綺麗な水鏡になっていました。映り込む緑と空と、沈んだ石ころとが重ね合わされて。

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と、思わぬところに赤とんぼのお出まし。緑を背景にして、とんぼの赤が綺麗。色合いの調和というのは、自然にできあがるものなのですね。

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雨上がりの庭に

2010-06-28 13:06:29 | 自由が丘の家

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梅雨の合間の、雨上がりの庭の写真。自由が丘の家には中庭のような場所があって、そこには昔からある灌木と、古い庭道具や鉢植え、それから新しくつくった建物の、珪藻土の白い壁があります。住宅にしてはちょっと極端に大きな白い壁。

この光景には、この家を設計していた頃から、あるイメージを重ね合わせていました。メキシコにルイス・バラガンという建築家がいて、彼が設計したある修道院の中庭の光景に、僕はとても思いを寄せていました。古い木々と鉢植えや壺が置かれた、静かな中庭。背景に白い壁が立っていて、そこには十字架がレリーフとして刻まれていました。修道院の中庭には、親和的で、独特の穏やかな雰囲気が満ちているようでした。この家は修道院ではないから十字架を表すわけにはいかないけれど、親和的で、穏やかで、ちょっとだけ神秘的な雰囲気をもたらしたいと思っていたのです。

家ができてから8年。白い壁のコーナーにある高く伸びた木から、木漏れ日が白い壁をつたうようになりました。雨上がりのちょっとした晴れ間に、こんな光景を見ると、昔、バラガンの修道院に憧れた時の気持ちが蘇ってくるようです。姿カタチのデザインという意味では、どうということのないものですが、そんな気持ちになれる場所をつくれたのは幸せです。いえ、「つくった」というより、8年という時間が、少しずつそんな雰囲気にしてくれた、と言うべきなのでしょう。

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新しい庭のはじまり

2010-06-03 22:39:23 | 自由が丘の家

自由が丘の家でつくりなおしていた庭が、ひととおり植え替えが終わりました。

祖父母の代から、半世紀以上もずっとかわらずあり続けた庭の在りようを変えるのは、僕としてはそれなりの覚悟と勇気が必要だったけれども、より積極的に「過ごすための庭」にするために、思いきって大がかりにやりかえました。

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中心にあるのは、枕木でできたテラス。そこでは、古くから植わっている梅の木と柿の木が、心地よい樹影をつくってくれます。まだ初夏のこの季節、日影にはいるととても心地よいもの。どんなテーブルとベンチを置くか、今から思案のしどころです。

そのまわりには、枕木で小道をつくり、草花に囲まれるようなコーナーをつくりました。地被植物や、背の高くなる草花を織り交ぜて植えてもらいました。今はまだ「植えてある」という感じですが、2~3年もすればだいぶ馴染んで、植物に囲まれた小道とテラスが実現できることと思います。

こうして見てみると、8年前に建ったこの家は、庭の木々や草花の背景としてできているように感じられてきます。建物自体がオブジェのように鎮座するのではなく、心地よい場所をつくりだすための縁取りのような存在になってくれていること。そういえば、旅行で印象に残る光景って、それ自体が主張するものというよりも、街中に調和し溶け込んでいる優しい印象の場所が多かったようにも思います。

新しい庭がはじまりました。そして住まいのあちらこちらで、新しい光景、新しい居場所が生まれてきました。室内にいると、窓から緑の気配を含んだ光がはいってくるようになりました。
住まいのなかに、ひとつひとつ奥行きを与えていくこと。8年目のこの住宅に、また楽しみが加わってきています。

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