ポアンカレ予想

2007-10-26 15:26:15 | 日々

一昨日NHKで、数学界の100年に渡る難問「ポアンカレ予想」の解決と、携わった数学者達の苦悩をテーマに、ドキュメントが放映されていました。

難問が心を支配し、四六時中それを考え続ける苦悩は、なかなか普通の人間が直面することではないでしょう。彼らは目の前に広がる光景を、数学的な「空間」に置き換えて過ごしているようでした。きっと、同じモノや風景を見ながら、異なる空間を思い描いている、ということなのかもしれません。

僕らのような建築家は、場所や雰囲気を定義する際に「空間」という言葉をよく使います。でも、数学者や物理学者、その他多くに人にとって、そのような「空間」の定義は、意味が狭すぎるのかもしれません。

虚数「 i2乗=-1」は、数学的な意義だけでなく、交流回路など工学的な分野にも大きな発展をもたらしました。僕のような凡人は、この虚数を単なる決まり事として覚え、学生時代の数学の試験を四苦八苦しながら乗り切るのに精一杯でした。しかし本来的には、この虚数を「数学的な空間」としてイメージすることが大切なようですし、それをイメージできる人こそが、この有用な記号を用いて様々な問題を解決していったようです。ある意味、芸術家以上に芸術的なイメージ力ですよね。

ポアンカレ予想を解いたペレルマンさん、あなたは、僕がつくる「主観的で感覚的な空間」を、どのように感じられるのでしょうね。・・・「くだらん!」って一喝されやしないか心配です。

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村野の文学部

2007-10-19 15:25:45 | アート・デザイン・建築

少し前の話になりますが、朝日新聞に「村野藤吾は終わらない」と題したコラムが掲載されていました。老巨匠になってからの優しそうな顔写真を見慣れていた僕にとって、中年の頃の写真が載っていたのは新鮮でした。厳しそうな顔。たしかに、これほどの数の名作を遺した作家が、優しいだけですまされるはずはないでしょう。村野の図面チェックを受けるスタッフは、傍らで直立不動であったことも書かれていました。

その村野の名作のひとつ、早稲田大学文学部校舎に行きました。11月になれば、その高層棟の部分が解体され建て替わるとのこと。キャンパスの風景もすっかり変わってしまうのだろうと思います。その前に、心に深く刻んでおきたいと思ったのでした。

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思えば、ここに来るのは学生時代以来でした。今、設計を職業とする身になってあらためて見て回ると、村野がどのようなイメージを持とうとしていたか、少しわかるような気がします。ローコストであっただろうことは、想像がつきました。簡素な材料。優れた設備が備わっているわけでもありません。それでも、だからこそ、学校校舎として大切な何かが、きちんと力強く示されているように思えたのです。それは、学生が卒業していった後に心に残るものとして、しっかりとした原風景を生み出している、ということです。どこか修道院のような中庭型の配置構成のなかに、学ぶ場としての静けさと親密さが、簡素で穏やかな表情の仕上げに包み込まれていました。

厳しい眼差しのなかから生まれた建物が、時を味方につけて幽玄な優しさとなったようです。そのかけがえのない遺作が失われる。残念でなりません。

先日、同じく時代をリードしてきた黒川紀章が去りました。日々のニュースでは、地球温暖化が、歯止めがかからないような勢いで進行し、切迫感がいよいよ強まってきました。当然ながら居住環境のあり方にも影響がでてくるでしょう。

ひとつの時代が終わって、新しい時代にはいっていく気分を、強く感じています。村野の時代の、黒川の時代の、その次の時代へ。

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和・沙・美

2007-10-06 17:02:50 | 

出版関係の話題が続きますが、今回は我が事務所の作品の登場です(笑)

雑誌 「WaSaBi 和・沙・美」11月号に、自由が丘の家が掲載されました。

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「時を重ねる」という主題でつくっていった住宅と庭を、美しい文章と写真で構成していただくことができ、設計者としては嬉しい限りです。

建物ができあがると、通常「竣工写真」と呼ばれる無人の記録写真を撮ります。これは、建物の姿カタチに込められた意図を記録する上では有用なものですが、特に住宅においては、それだけではあまり魅力や良さが伝わりきらないことも多いものです。それはやはり、住宅は生活の器であり、住まい手の生活とともに味わいを出していくべきものだからだと思います。

今回とりあげていただいた「自由が丘の家」は竣工後5年が過ぎました。雑誌のなかの写真から、ゆっくりと時間を帯びた雰囲気が伝われば、これ以上の歓びはありません。

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なつかしい家

2007-10-04 20:40:28 | 

「新しい住まいの設計」2007年11月号に、僕の師である村田靖夫の事務所で担当した住宅が掲載されました。市街地のなかに建つ小さなコートハウス(中庭型住宅)。

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小さな敷地だからこそ、その明るい中庭や、遠くまで見渡せる屋上庭園が、かけがえのないユートピアのように感じれらたのを、今でもよく覚えています。

誌面からは、住まい手が大好きな植栽を愛でながら、楽しそうに暮らしている様がうかがい知れました。設計中や工事現場にかかりっきりになっていたときは、この住宅のすべてを僕が把握していると実感していました。竣工し引き渡してから、こうして住まい手によって大切にされている様を拝見するのはとても嬉しいことであると同時に、どこか僕の掌中から遠ざかっていってしまうような寂しさも、心のどこかに覚えました。

誌面にあった、下の写真のような言葉。

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いつか、ひとりでも多くの人にそのように言ってもらえるように、日々努力あるのみですね。

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