詩仙堂の床の間

2012-08-22 20:30:12 | アート・デザイン・建築

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京都に詩仙堂というお寺があります。お寺とはいっても、もともとは住宅として使われていた遺構で、明るく居心地の良い空間が、東山の懐にあります。

月が綺麗に見えるように、との配慮からといわれていますが、居間の間取りはジグザグと曲がっていて、そこからは柱だけを残して庭に解放された空間が広がります。

ふすまも障子も取り払われた広々とした居間。畳の上にごろりと横になってくつろぎたくなるような場所ですが、この居心地の良さは、いったいどこからくるのだろう、そんなことが気になって、訪れては長く時間を過ごしてきました。

これまでも何度も訪れました。晴れの日、曇りの日、雨の日、そして暑い日も雪の日も。そういえば観光客でにぎわう秋はあまり覚えがないですが・・・。いつ見ても明るく開放的ではあるのですが、開放的な庭ばかり眺めていると、ちょっと所在無い気分になるときがあります。でもそんな時に、視界の傍らにはいって心を落ち着かせるような存在が、床の間でした。居間の奥に位置し、とても簡素なつくりで、そこには掛け軸と花が活けてあります。書院風の障壁で囲まれて、床の間のあたりだけは少し陰りがあって。

どこまでも広がっていく広々とした庭に対して、床の間は、どこか内省的な静けさがあって、深く落ち着く奥行きをもっているように感じられてきます。それはたった一畳分の小さな場所ではあるのだけれども。掛け軸や花を通して、イメージの世界に気持ちが向かうからなのかもしれません。それは実際の光景よりも遥かに広く深い世界かもしれません。

詩仙堂の居間で、目の前に広がる庭のパノラマに目を奪われるその脇で、床の間がひっそりと、でも優しく、家のもっとも奥深い「内部」を暗示しているような感覚が、時々じわりと脳裏をよぎります。

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祝! フェンシング団体銀メダル!!

2012-08-08 20:31:06 | 日々

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こんなことは想像だにしていなかった!日本人のフェンシング選手がオリンピックでメダリストとなり、テレビで試合を放映され、新聞の一面に「フェンシング」の文字が躍るなんて!!・・・というのは北京オリンピックの時の話。そして今回のロンドン五輪でも、個人・団体戦ともにしっかりライブ中継されていた時には、涙が出そう(?)でした。

僕は高校時代に部活動でフェンシングをやっていました。テレビ中継をお目にかかったことはないですし、新聞紙上でも、その扱いは一番隅っこで小さく、というのがお決まりでした。フェンシングをテレビや紙面で観る、というのは、もう20年越しの憧れでした。(笑)

上の写真はその時に使っていた剣で、日本選手がメダルをとったのと同じフルーレという種目の剣です。右の剣は「フレンチ」と呼ばれるグリップで、初級者向け。そして左の曲がりくねった剣が「ベルギアン」というグリップで、中級以上向け、といった扱いです。初級者向けのフレンチ・グリップは、手のフィット感がイマイチなのですが、正しい剣の構え方を練習したり、剣を大振りするクセを矯正するのに向いていて、部活動を始めて1年間はこの剣を使っていました。2年生になり、ある時期になってようやく監督から「許し」が出て、ベルギアン・グリップを手にした時の感動は、今でも覚えています。手にしっくりと馴染むグリップを持って剣を構えると、なんだか気分だけは強くなったような気がしたものでした(笑)太田選手が使っていたのも、このベルギアン・グリップだったように思います。

道具を使う競技は数多くありますが、フェンシングもその最たるもので、剣がまさに命のようなものです。日本に数軒しかないフェンシング用品店で、剣心やガード、グリップなどを、自分に合ったものを選び購入して、大切に使う。今あらためて見返すと、傷だらけの満身創痍といった姿です。滑らないようにテーピングを巻いたり、切れた電線をハンダ付けしながら直したり・・・。1本の剣に、いろいろな思い出がつまっています。今はもうフェンシングを競技としてすることはないけれど、この剣だけは手放せそうにありません。

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