旅のスケッチ

2024-08-31 21:35:20 | 旅行記


 スケッチブックの山。これらは、ぼくがこれまでの旅先で描いたものです。
大学で建築学生だった頃、先生からは、とにかくスケッチを描きなさい手を動かしなさい、と呪文のように言われていたものですから、旅先には必ずスケッチブックを持っていって、気に入ったシーンがあればスケッチに描く、ということを続けました。

 当時はデジタルカメラもまだ高価で、スマホで写真を撮るなんて考えもしない時代。
それでも、気取ってリバーサルフィルムを旅先に持っていきましたが、撮る枚数も限られますし、現像するまでちゃんと写っているかどうかもわかりません。
ですから、写真に撮れないぶんはスケッチに残すしかない、というわけです。

 何回か海外へ建築を見る旅の機会を得るうち、現地でスケッチブックを買って描くようになりました。
そのまま持ち歩いてハードに使うので、旅が終わるころにはボロボロになっていたりして。でもそんなことも思い出になります。

 風景を見たままペンで描いたり、コンテを使って陰影に凝った表現をしてみたり、メジャーで測って寸法を記録したり。思ったことを余白に書き留めたり。
今思えば、そんな不器用でゆっくりな旅の時間は、貴重だったんだなと思います。

 スケッチをしながら続ける旅は、一緒に誰かがいると気兼ねしてしまうので、一人旅のことが多かったように思います。
スマホで情報収集もできない時代の海外での一人旅は、半分は不安と一緒に過ごしていたように思います。
夜、ホテル(というか安宿)に戻って、無事に帰ってこれたと安堵しながら、「執筆活動」と称してその日の記録や思ったことを文章にしたり、昼間に描いたスケッチに色エンピツで着色したり・・・。
そんな時間が大好きでした。

 もうこの数年間になると、手元には手軽に撮れる膨大な量のデジタル写真が主となり、スケッチはごく僅かになってしまいました。
手軽に撮れるカメラがあると、仕方がないですね・・・。
でも、写真もいいけれど、するすると頭からこぼれ落ちて行ってしまうのです。
スケッチを見返して、この時にこんなことを思ったんだよな、とか、こういうことに感動したんだよな、などと思い返せるのは、かけがえのないことなのだと思います。
こんな時代にアナログ賛歌ではありませんが、この世に一品しかない、思い出いっぱいのこの下手なスケッチ集たちを、今後も大切にしていこうと思います。
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夏のローマの思い出

2024-08-18 22:10:56 | 旅行記


あついあつい今年の夏。同じようにとても暑いときに訪れたローマの思い出から。

とある修道院にて。
日本の建物に比べて、ローマの古建築は壁が多く、窓が小さいのが特徴です。
目も眩むような陽射しが、小さな窓から入ってきますから、まるで闇と光が闘っているよう。

そんな光に照らされて、天井のフレスコ画がぼぉっと浮かび上がっていました。
美術館で照明でライトアップされるのではなく、自然の光だけで素朴に浮かび上がるフレスコ画は、内側から光るような美しさがあります。

だんだんと剥離していくのはフレスコ画の宿命ですが、そのぶん、存在の強さが際立つようにも思います。
欠けていることによって、むしろ強く在る、という感じ。そんなことを、画家の有元利夫が言ってたっけ。
個性を求めることなく、神の僕として絵を描くのみ。芸術に個性が芽生える以前の時代の絵画は、懐が深くて、とにかく色使いが渋い!



床に目を移すと、古びた床に光の影が踊ります。
すべてのものが、作為の演出ではなく、あるがままに。



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