先日、僕が故・村田靖夫さんの事務所ではじめて設計担当をした住まいにお伺いしました。終の棲家として設計されたその住宅は、村田さんが得意としたコートハウス(中庭)型のすまいとしてデザインされました。数多くのコートハウス型の住宅を設計してきた村田さんですが、住まい手や敷地にあわせて、すべての住まいが独自の形と雰囲気をもつことになります。
お伺いしたこの住まいも、設計の打合せを重ねるなかで、いろいろな個性が散りばめられていきました。たとえば、既にお持ちだったアンティークの家具や、古びた金具のついた木の玄関ドア、洗練されたガラス照明器具などが、しっくりと空間におさまるようにデザイン検討を重ねていったのでした。
最初の担当作品というのは、ひたすらボスとスタッフの個性のぶつかり合いになります。僕なりの意見や提案を一生懸命にボスにするのですが、もちろんそれはボスの設計手法に必ずしも相容れるものではありません。数限りないダメ出しを受けながら設計は進み、最後にはやはり村田靖夫としての作風になっていきます。そうでありながら、担当するスタッフによって、少しずつ建物のもつニュアンスが変わっていくのも事実で、きっと村田さんはそのあたりを楽しんでいたのだろうと思います。
道路からコンクリートのアーチ越しに見る中庭。中庭に面した、絶妙の寸法体系で築き上げられたリビング。そこには南に面した大きな開口部があるのですが、中庭の緑を通して入ってくる光はしっとりとした湿度を帯び、室内に紗のかかったようなやわらかな雰囲気をつくりだしてくれています。その光のなかに浮かび上がるアンティークの家具やドアや照明。村田さんが得意としてきたモダンな雰囲気の空間のなかに、どこかノスタルジーを誘う雰囲気ができていました。
この住宅は、特に雑誌などに発表されることもありませんでした。新しい建築のデザイン表現を示すものとしては、控えめだったかもしれません。でも、時代の流行とは関係なく、居心地が良く美しい場所としてあり続けるのだろうと予感できるような住まいでした。もちろんそれは、住まい手が大切に住んでいてくれているからに他なりませんね。そしてこの住宅は、僕の原点としての作品でもあるのです。