須賀敦子のヴェネツィア

2020-06-24 21:04:12 | 


ヴェネツィアは観光の街ですから、明るく賑やかな雰囲気が似合います。
でも、そんな明るく賑やかなヴェネツィアの姿とは別に、多くの文学やコラムや映画や写真では、ヴェネツィアの孤独で虚無に満ちた気分を浮かび上がらせ、それをヴェネツィアが本来もっている神髄とする志向があるように思います。

早世した作家・須賀敦子がエッセイで紡ぎだしたヴェネツィアの姿も、寄る辺のない寂しさに包まれています。
ですが、島のひとつトルチェッロにある古い教会のなかで、素朴で美しい聖母子のモザイク壁画に出会います。
美しいとしてきたものがすっと消えていって「これだけでいい」。そんなふうに思い、眠たくなるほどの安心感と満たされた気持ちに包まれたことが綴られます。

建築書では「大建築家の面目躍如たる作品」として称えられるアンドレア・パッラーディオの白亜の教会についても、須賀敦子は独自の解釈を向けます。
治癒の見込みのない患者が集められた病院の窓の前に鎮座する教会が、建てられた当時に真っ暗な夜の中で、月明かりを受けて、守り神のように立ち姿を見せていたであろうことを。

物事の内奥に迫ろうとすれば、目の前の光景であったり評価であったりに惑わされず、イメージのなかで観照する力が必要なのでしょう。
コロナ禍のヴェネツィアで一時期、街から人の姿が完全にいなくなったことが報道されていました。
その街の様子は、ともすればヴェネツィアの内奥がもつ気分を眼前に浮かび上がらせていたかもしれません。

写真はエリオ・チオル写真集「ヴェネツィア」(岩波書店)より。氏の写真には人物が登場しません。ヴェネツイアを撮った写真、でさえも。
そこには、ふだん我々が目にすることのないヴェネツィアの気分が広がります。
そして氏がライフワークとして撮り続けた写真集「アッシジ」(岩波書店)は、須賀敦子が、「俗を排して聖を浮かび上がらせた」として絶賛したものでした。






コメント

ザ・ハウスの本

2019-02-17 23:11:56 | 


僕が建築家登録をしている注文住宅マッチングサービス会社「ザ・ハウス」より、本が出版されています。
その名も「良い間取り 悪い間取り」。

一軒の住宅の設計プロセスのなかで、間取りは変遷していきます。
なかなか難題の計画であっても、いろいろとスタディをすることを通して、ある時ある瞬間に「これだ!!」と閃くようにして解けることもあります。
そんな風にして最終的に採用となった間取りの案と、当初の案とを比較しながら、どのようなところに違いがあり、どのような暮らしの差が生まれるのかがわかりやすく解説してあります。
読んでみると、間取りの違いで 家の良しあしや心地よさが変わるものだとあらためて気付かされます。

僕のアトリエからも2作品について紹介していただいています。
ぜひご購読ください!!
コメント

コンフォルト

2016-03-15 21:49:46 | 


「コンフォルト」最新号に、取材協力をした記事が掲載されています。
川島織物セルコンのデザイナー 本田純子さんがデザインを手掛けたカーテンを、僕のアトリエ兼住宅の窓辺にコーディネートするという企画です。
本田純子さんのデザインは「Sumiko Honda」のブランド名で発売されています。

僕のアトリエ兼住宅はとても細長い間取りをしていて、その分、すべての部屋が「窓辺」という雰囲気の空間になっています。
そこにはロールスクリーンやカーテンを吊りこんであるのですが、いったんそれらを取り外し、本田さんがデザインされたカーテンを吊りこんでいきました。




この企画に先だって、本田さんがアトリエにお越しになり、それぞれの窓辺の様子を丁寧にご覧くださいました。そこにはどのような光が入り込んできて、それらはどのように移ろい、どのように影を落とし、そしてその向こうには何が見えるのか。
そこにしかないものに耳を傾けるようにして紡ぎだすデザインは、もともと日本に昔からあった美意識だったように思います。僕の大好きな修学院離宮や桂離宮なども、まさにそのような美意識に満ちたものだと思います。
そうしてアレンジしてくださって、最初に登場したのは意外にも「白い」カーテンでした。シルクとポリエステルの生地を重ねながら、窓辺に独特の奥行きがつくりだされていくのを目の当たりにし、息を呑む思いでした。

そのほか、それぞれの窓辺のイメージにあわせた何種類ものカーテンが登場しますが、それは「コンフォルト」を読んでのお楽しみ(笑)
本田さんが今回の企画で考えられたデザインプロセスや、テキスタイルの話など、奥行きのある内容です。




コメント

アライバル

2011-09-04 15:16:27 | 

110904

美しい絵が話題になっていた絵本「アライバル」を買いました。この絵本には、言葉がひとつも出てきません。絵だけで物語が進んでいくのです。小さなコマ、大きなコマ、それらが物語の気分の抑揚に合わせるかのように使い分けられ、ぐいぐいと引き込まれていきます。

ある男性が、家族を残して見知らぬ国に行くのだが、そこでは・・・。

鉛筆で精緻に描かれた絵は、写実的でありながらも、そのシーンから伝えたいことが胸の内にスーッとはいってくる、計算しつくされた構図とデフォルメによって描かれています。なにしろ登場する街並みの風景や動物や草花が、この世には存在しないものなのです。主人公に感情移入をしながら、読者はその世界のなかに居合わせているかのような気持ちになります。

絵本というと子供向けのもののように思われがちですが、言葉のないこの物語は、子供から大人まで、それぞれの年齢に応じた解釈をできるものだと思いました。言葉がないぶん、「説明」という野暮なものがない。映像ではないから、幻想と現実を違和感なく感じとることができる。書評では、サイレント映画のようだ・・・と書かれていることも多いようですが、圧倒的に違うのは、物語を読み進むスピードすら、読み手に任されているということ。なにしろ、一枚一枚が珠玉の美しいイラストです。美しい線の一本一本に酔いしれながら、じっくりと時間をかけて読みすすむのも素適ではありませんか。

製作に三年もの月日がかかったとのこと。それはそうだろうなあ、と素直に思えてしまうほど、切ないくらいに印象的な絵です。そして作者のショーン・タン自身も、この物語のテーマとなっている「移民」としての背景をもっているそうです。単に想像だけで楽しくつくることでは得られない、重厚さと奥行きが、この絵本には詰まっているように感じました。

コメント

アッシジ

2011-06-26 15:58:04 | 

110626

学生の頃、渋谷に行くとよく寄っていたBunkamura地下の本屋さんで、一冊の心に残る写真集に出会いました。石積みの重厚な壁、階段に沿うようにしてやってくる光。奥にはいっていくような、深遠なイメージ。モノクロームのしっとりとした画面から、慎ましやかでありながら美しい、得も言われぬ感覚をいだきました。

イタリアのアッシジ。そんな地名があることを、そのときに初めて知りました。自分にとって大切な本との出会いは一期一会、無理してでも手に入れておかないと後悔する。今ではそんな風に思っていますが、その大後悔のはじまりは、この写真集でした。その写真集の作者も出版社も記憶から抜け落ち、美しい写真集であったという印象だけが記憶の底の深いところに、ずっと漂ったままでした。

その後、いろいろな場面でアッシジという場所に思いを巡らせることがありました。フレスコ画への関心から、中世の画家・ジョットに興味をいだき、それはそのままアッシジの聖フランチェスコ聖堂へと知識がつながれていきました。あるいは、大好きなイタリアの画家・ジョルジョ・モランディについての解説文などを読んでいると、その禁欲的で慎ましやかな画風を貫いた画家としての生涯と、「清貧」に生きた聖フランチェスコとを結び合わせていくような解釈などがあったりしました。もっと言えば、京都に行くとよく訪れる高山寺石水院が、聖フランチェスコ聖堂と国際的な交流があったりするとのこと。高山寺の開祖・明恵上人の人生が、聖フランチェスコの人生に重ね合わされるそうです。洋の東西は違えど、ほぼ同時代の二人。偶然ではなく、歴史の必然だったのでしょうか。

そんな風にして、僕は何かに導かれるようにしてアッシジへの思いを強めていきました。何か見たい目的物がその街にあるわけではなかったのですが、ただ漠然と、その街の雰囲気に身を置いてみたい、と思っていたのです。そして数年前のことになりますが、ついにアッシジへ行く機会を得ました。今では旅行ガイドブックに「聖地アッシジ・・・中世の雰囲気を感じよう!」みたいなノリで登場するような観光地になっているようです。思いを強めて行った分、6月の少し暑いぐらいの陽気に照らされて、山岳都市アッシジはあっけらかんとした姿で、しっとりとした陰りも何もないような印象を受けたのでした。日よけのパラソルがあちらこちらに目立つ、そう、ちょっと拍子抜けした感じにとらわれてしまったのを覚えています。

僕が幸運だったのは、その後でした。とつぜん厚い雲がさーっと現れたかと思うと、たたきつけるような雨が降り始めたのでした。ちょうど聖キアラ聖堂の前にいた僕は堂内にはいり、時間を過ごしました。ほの暗い闇。浮かび上がるフレスコ画。それらが、なんとなく残念な気持ちで疲れていた心にすうっと染み入るような感じでした。

雨の気配が止み、しばらくして聖堂の外に出たとき、目の前に広がるアッシジの街並みは、別世界になっていました。浮き足だったものすべてが雨で抑制され、美しい陰りが街並みの隅々まで行き渡っていたのです。壁に積まれた石のひとつひとつが光と影を宿し、ひとつひとつが存在感を持っていました。それはまるで、目の前にある光景のその「奥」にあるものを、予感させてくれるような雰囲気でした。こじんまりとしたスケールの街中を歩き回りながら、かつて渋谷の本屋さんで見て以来、心にずっと漂っていたあの「アッシジ」の世界を、実際に垣間見ているような気分になったのです。それは僕にとって幸福な時間でした。

さらに数年後、僕は作家・須賀敦子さんのことを知りました。そのエッセイのなかで、アッシジについて書かれていることを知りました。須賀さんにとってアッシジは、かけがえのない存在だったそうです。イタリアに在住していた時分から含め何回もアッシジには足を運び、アッシジという街が、目には見えないけれど内包している何かについて、じっくりと理解をしていったようです。聖フランチェスコを慕い、自らも清貧の道を歩んだ聖キアラに、自分の思いを重ね合わせてもいたそうです。そんな須賀さんが、アッシジを撮ったある写真集について、アッシジの本質的なものを浮かび上がらせているとして絶賛しているのを見つけました。その写真集こそが、僕がかつて本屋さんで見たあの写真集、エリオ・チオル写真集「アッシジ」(岩波書店)だったのです。

「記憶」という目に見えないものについて、エッセイという短い文体のなかに濃縮し磨いていった須賀さんにとって、目の前にある姿そのものが絶対であるとは、思っていなかったのではないでしょうか。その奥にあるものをすすんで見ようとしなければ見えないものがあるし、また、そういったものを感じ取れる雰囲気がその場になければ、心眼で見ようとしても見えないことだって多いと思います。ですから、僕がアッシジに訪れた際に、一日の間に異なる「アッシジ」に遭遇したように、須賀さんにとっても、行くたびに別の趣をもつ「アッシジ」に出会っていたのかも知れません。

岩波書店刊のエリオ・チオル写真集「アッシジ」は、モノクロームを基調とした写真で、街並みを風景として見るというより、断片的な構図で切り取りながら、そのなかに深く沈んでいる何かを、ゆっくりと静かに浮かび上がらせてくれるような編集です。同じ写真集であっても、見るときの気分や環境によって感じ方は変わると思います。いえ、何も感じないときもあれば、すうっと染み入ってくるときもあるだろうと思います。

もう絶版になってしまっているこの写真集を、ようやく古本で手に入れました。この写真集を傍らに置き、時々取り出しては眺めるのを楽しみにしたいと思います。実際に訪れた記憶と、写真集や須賀さんの文体の記憶とともに、胸の内でゆっくりと熟成されて、僕にとっての「アッシジ」が芽生えていくのを楽しみにしたいと思うのです。

110626_3


コメント