本に呼ばれる

2023-03-07 22:52:55 | 




本に呼ばれる、という感覚になるときがあります。
本屋さんで、あるいは図書館で、膨大な本を目の前にしながら、探すというよりも、本のほうから「ここにいるよ!」と声を掛けられるような感覚です。
背表紙しか見えていないにも関わらず、実際に手にしてみると、おお、これは!ということが少なくないのです。本の装丁の雰囲気がぼく自身の波長と合う、ということなのでしょうか。

ある日の二子玉川の蔦屋にて、また、本に呼ばれました。
この日に呼ばれたのは、デンマークの建築家ヨーン・ウッツォン(シドニーのオペラハウスの設計者としても有名です)が自身のためにデザインした、スペイン・マヨルカ島にあるCAN LIS という住宅の写真集でした。
このミステリアスな住宅を紹介した本はこれまでにも幾つも出版されていますが、この日に手にした本は、まさにその場に居合わせているような構図の写真集で、とても心惹かれました。

WEBで建築の写真は多く閲覧できるけれども、1ページずつめくっていく本の「体験」は、なかなか代えがたいものがあります。
1ページずつめくっていくシークエンスのなかに、体験のなかに、新たなインスピレーションが詰まっていように思うのです。

新しい本に呼ばれたことに喜びと感動を覚えつつ、きっとこれから何度も繰り返し見るんだろうなあとワクワクしながら帰りました。
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須賀敦子のヴェネツィア

2020-06-24 21:04:12 | 


ヴェネツィアは観光の街ですから、明るく賑やかな雰囲気が似合います。
でも、そんな明るく賑やかなヴェネツィアの姿とは別に、多くの文学やコラムや映画や写真では、ヴェネツィアの孤独で虚無に満ちた気分を浮かび上がらせ、それをヴェネツィアが本来もっている神髄とする志向があるように思います。

早世した作家・須賀敦子がエッセイで紡ぎだしたヴェネツィアの姿も、寄る辺のない寂しさに包まれています。
ですが、島のひとつトルチェッロにある古い教会のなかで、素朴で美しい聖母子のモザイク壁画に出会います。
美しいとしてきたものがすっと消えていって「これだけでいい」。そんなふうに思い、眠たくなるほどの安心感と満たされた気持ちに包まれたことが綴られます。

建築書では「大建築家の面目躍如たる作品」として称えられるアンドレア・パッラーディオの白亜の教会についても、須賀敦子は独自の解釈を向けます。
治癒の見込みのない患者が集められた病院の窓の前に鎮座する教会が、建てられた当時に真っ暗な夜の中で、月明かりを受けて、守り神のように立ち姿を見せていたであろうことを。

物事の内奥に迫ろうとすれば、目の前の光景であったり評価であったりに惑わされず、イメージのなかで観照する力が必要なのでしょう。
コロナ禍のヴェネツィアで一時期、街から人の姿が完全にいなくなったことが報道されていました。
その街の様子は、ともすればヴェネツィアの内奥がもつ気分を眼前に浮かび上がらせていたかもしれません。

写真はエリオ・チオル写真集「ヴェネツィア」(岩波書店)より。氏の写真には人物が登場しません。ヴェネツイアを撮った写真、でさえも。
そこには、ふだん我々が目にすることのないヴェネツィアの気分が広がります。
そして氏がライフワークとして撮り続けた写真集「アッシジ」(岩波書店)は、須賀敦子が、「俗を排して聖を浮かび上がらせた」として絶賛したものでした。






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ザ・ハウスの本

2019-02-17 23:11:56 | 


僕が建築家登録をしている注文住宅マッチングサービス会社「ザ・ハウス」より、本が出版されています。
その名も「良い間取り 悪い間取り」。

一軒の住宅の設計プロセスのなかで、間取りは変遷していきます。
なかなか難題の計画であっても、いろいろとスタディをすることを通して、ある時ある瞬間に「これだ!!」と閃くようにして解けることもあります。
そんな風にして最終的に採用となった間取りの案と、当初の案とを比較しながら、どのようなところに違いがあり、どのような暮らしの差が生まれるのかがわかりやすく解説してあります。
読んでみると、間取りの違いで 家の良しあしや心地よさが変わるものだとあらためて気付かされます。

僕のアトリエからも2作品について紹介していただいています。
ぜひご購読ください!!
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コンフォルト

2016-03-15 21:49:46 | 


「コンフォルト」最新号に、取材協力をした記事が掲載されています。
川島織物セルコンのデザイナー 本田純子さんがデザインを手掛けたカーテンを、僕のアトリエ兼住宅の窓辺にコーディネートするという企画です。
本田純子さんのデザインは「Sumiko Honda」のブランド名で発売されています。

僕のアトリエ兼住宅はとても細長い間取りをしていて、その分、すべての部屋が「窓辺」という雰囲気の空間になっています。
そこにはロールスクリーンやカーテンを吊りこんであるのですが、いったんそれらを取り外し、本田さんがデザインされたカーテンを吊りこんでいきました。




この企画に先だって、本田さんがアトリエにお越しになり、それぞれの窓辺の様子を丁寧にご覧くださいました。そこにはどのような光が入り込んできて、それらはどのように移ろい、どのように影を落とし、そしてその向こうには何が見えるのか。
そこにしかないものに耳を傾けるようにして紡ぎだすデザインは、もともと日本に昔からあった美意識だったように思います。僕の大好きな修学院離宮や桂離宮なども、まさにそのような美意識に満ちたものだと思います。
そうしてアレンジしてくださって、最初に登場したのは意外にも「白い」カーテンでした。シルクとポリエステルの生地を重ねながら、窓辺に独特の奥行きがつくりだされていくのを目の当たりにし、息を呑む思いでした。

そのほか、それぞれの窓辺のイメージにあわせた何種類ものカーテンが登場しますが、それは「コンフォルト」を読んでのお楽しみ(笑)
本田さんが今回の企画で考えられたデザインプロセスや、テキスタイルの話など、奥行きのある内容です。




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アライバル

2011-09-04 15:16:27 | 

110904

美しい絵が話題になっていた絵本「アライバル」を買いました。この絵本には、言葉がひとつも出てきません。絵だけで物語が進んでいくのです。小さなコマ、大きなコマ、それらが物語の気分の抑揚に合わせるかのように使い分けられ、ぐいぐいと引き込まれていきます。

ある男性が、家族を残して見知らぬ国に行くのだが、そこでは・・・。

鉛筆で精緻に描かれた絵は、写実的でありながらも、そのシーンから伝えたいことが胸の内にスーッとはいってくる、計算しつくされた構図とデフォルメによって描かれています。なにしろ登場する街並みの風景や動物や草花が、この世には存在しないものなのです。主人公に感情移入をしながら、読者はその世界のなかに居合わせているかのような気持ちになります。

絵本というと子供向けのもののように思われがちですが、言葉のないこの物語は、子供から大人まで、それぞれの年齢に応じた解釈をできるものだと思いました。言葉がないぶん、「説明」という野暮なものがない。映像ではないから、幻想と現実を違和感なく感じとることができる。書評では、サイレント映画のようだ・・・と書かれていることも多いようですが、圧倒的に違うのは、物語を読み進むスピードすら、読み手に任されているということ。なにしろ、一枚一枚が珠玉の美しいイラストです。美しい線の一本一本に酔いしれながら、じっくりと時間をかけて読みすすむのも素適ではありませんか。

製作に三年もの月日がかかったとのこと。それはそうだろうなあ、と素直に思えてしまうほど、切ないくらいに印象的な絵です。そして作者のショーン・タン自身も、この物語のテーマとなっている「移民」としての背景をもっているそうです。単に想像だけで楽しくつくることでは得られない、重厚さと奥行きが、この絵本には詰まっているように感じました。

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