グラナダの、ある風景のこと

2011-09-22 19:23:41 | 旅行記

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少し写真を整理していたら、一枚の思い出深い写真が出てきました。思い出深いといっても、たんなる風景写真なのですが、大学の卒業旅行でスペインに行った際に、グラナダという街で、かのアルハンブラ宮殿の写真・・・ではなく、その界隈に広がるアルバイシンという街区を歩いていた時に、路地の途中に突然現れた光景に、思わず息を呑んで撮った写真です。当時はまだデジカメではなくリバーサルフィルムで。

アル~という地名は、イスラム支配下のもとにできた街であることを示していて、アルハンブラ宮殿もそうですし、ポルトガル・リスボンのアルファマもそうです。細い路地を迷路のように入り組ませ、敵を欺くようにしてできあがった街並みだといわれますが、このグラナダのアルバイシン地区もその典型のような街並みでした。当時は、観光客をねらったそれなりに物騒な地区として注意するようにも言われていました。のんびり腰かけてスケッチでも描きながら、というよりは、それなりに急ぎ足で歩いたのを覚えています。その途中で突然出会った風景がこれ。普通に考えれば、グラナダと言えばアルハンブラ宮殿ですし、アルハンブラ宮殿で贅を尽くした形のデザインをさんざん見てきたにもかかわらず、僕にとってグラナダの一番印象に残った風景は、この場所でした。

高く巡らされた塀と、散りばめられた幾つかの図像の断片。少し荒れた雰囲気の街区の只中であったこともあるかもしれませんが、控えめに路地に姿を現す鐘楼や聖像に、慈悲深いような美しさを感じたのでした。洗練されたデザインということとは次元を異にする、別の類の姿かたちの在り様を見た思いでした。姿かたちのデザインそのものに目的があるというよりも、それがあることによって、その存在の背景であったり暗示するものが、静かに喚起され、予感されるような、ものごとのあり方。そんなことに、僕はつよく惹かれたようでした。

旅行に行っていろいろなものを見てみますが、印象に残るものはどれも静けさを誘うようなものばかりだったように思います。その静けさというのは、先に書いたことにもつながっているように思います。そしてそれは、今、僕が設計してつくろうとしているものにも大きく関わりがあります。上の写真を久々に見て、なにかその出発点を見たような気がして嬉しくなってしまいました。

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東伏見のコートハウス.1 ~終わりのない家~

2011-09-13 13:08:20 | 東伏見のコートハウス

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西東京で建てている住宅「東伏見のコートハウス」の工事が、いよいよ大詰めを迎えています。外部の足場も外され、窓の少ない、大きな左官塗の壁が姿を現しました。

この家は、中庭を中心に空間ができあがっています。光は中庭から室内に取り込まれます。中庭を通した柔らかく穏やかな雰囲気の光は、とても居心地のよいものになりました。

周囲の隣家に取り囲まれたような、約30坪の南北に細長い敷地。窓をどのように開けても、すぐ目の前に隣家の壁や窓にあたってしまいそうです。でも、コートハウス、つまり中庭型の住宅であれば、中庭越しに自分の家の窓が見えるおもしろさもありますし、隣家ともワンクッションおかれたような感じで、安心です。

この中庭、面積としてはさして広いわけではありません。でも、この家に住む家族のためだけの、秘めやかで愛らしい庭にしたいと思いました。大きな壁沿いの長いアプローチを通り、玄関を開けると・・・明るい中庭がパッと広がる。そんなイメージをもちました。家の外観は、そんなアプローチの雰囲気と植栽の背景になるように、極めてシンプルで秘めやかなものにしたいと思って形がきまっていきました。

工事中、これから塗ろうとするこの大きな壁面を目の当たりにし、左官屋さんは苦笑いを隠せない様子でしたが、下地処理から始まり、丁寧に塗ってくださいました。白く、静謐な壁。そんな雰囲気がでたことを、嬉しく思っています。

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この住宅では、中庭を中心としながらも不定形なプランになっていて、ポケットのようなコーナー、天井の高いダイニングなどがひと続きにつながっています。洗面室やバスルームも中庭に関係づけられ、大きな意味では、ひとつながりのワンルームの空間のなかに、いろいろなスペースがちりばめられている、というような家になりました。

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正面がどこなのか、よくわからない家。

内と外がつながったような家。

歩き回るのが楽しい家。

終わりがなく続いていく感じ。それは屋上へとつながり、テラスからは武蔵野の林につながっていきます。

市街地のなかの小さな敷地に建つ、このような住宅のあり方が「住環境」という言葉で表されるような、おおらかなものになるといいなあ、と思っています。

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アライバル

2011-09-04 15:16:27 | 

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美しい絵が話題になっていた絵本「アライバル」を買いました。この絵本には、言葉がひとつも出てきません。絵だけで物語が進んでいくのです。小さなコマ、大きなコマ、それらが物語の気分の抑揚に合わせるかのように使い分けられ、ぐいぐいと引き込まれていきます。

ある男性が、家族を残して見知らぬ国に行くのだが、そこでは・・・。

鉛筆で精緻に描かれた絵は、写実的でありながらも、そのシーンから伝えたいことが胸の内にスーッとはいってくる、計算しつくされた構図とデフォルメによって描かれています。なにしろ登場する街並みの風景や動物や草花が、この世には存在しないものなのです。主人公に感情移入をしながら、読者はその世界のなかに居合わせているかのような気持ちになります。

絵本というと子供向けのもののように思われがちですが、言葉のないこの物語は、子供から大人まで、それぞれの年齢に応じた解釈をできるものだと思いました。言葉がないぶん、「説明」という野暮なものがない。映像ではないから、幻想と現実を違和感なく感じとることができる。書評では、サイレント映画のようだ・・・と書かれていることも多いようですが、圧倒的に違うのは、物語を読み進むスピードすら、読み手に任されているということ。なにしろ、一枚一枚が珠玉の美しいイラストです。美しい線の一本一本に酔いしれながら、じっくりと時間をかけて読みすすむのも素適ではありませんか。

製作に三年もの月日がかかったとのこと。それはそうだろうなあ、と素直に思えてしまうほど、切ないくらいに印象的な絵です。そして作者のショーン・タン自身も、この物語のテーマとなっている「移民」としての背景をもっているそうです。単に想像だけで楽しくつくることでは得られない、重厚さと奥行きが、この絵本には詰まっているように感じました。

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