少し写真を整理していたら、一枚の思い出深い写真が出てきました。思い出深いといっても、たんなる風景写真なのですが、大学の卒業旅行でスペインに行った際に、グラナダという街で、かのアルハンブラ宮殿の写真・・・ではなく、その界隈に広がるアルバイシンという街区を歩いていた時に、路地の途中に突然現れた光景に、思わず息を呑んで撮った写真です。当時はまだデジカメではなくリバーサルフィルムで。
アル~という地名は、イスラム支配下のもとにできた街であることを示していて、アルハンブラ宮殿もそうですし、ポルトガル・リスボンのアルファマもそうです。細い路地を迷路のように入り組ませ、敵を欺くようにしてできあがった街並みだといわれますが、このグラナダのアルバイシン地区もその典型のような街並みでした。当時は、観光客をねらったそれなりに物騒な地区として注意するようにも言われていました。のんびり腰かけてスケッチでも描きながら、というよりは、それなりに急ぎ足で歩いたのを覚えています。その途中で突然出会った風景がこれ。普通に考えれば、グラナダと言えばアルハンブラ宮殿ですし、アルハンブラ宮殿で贅を尽くした形のデザインをさんざん見てきたにもかかわらず、僕にとってグラナダの一番印象に残った風景は、この場所でした。
高く巡らされた塀と、散りばめられた幾つかの図像の断片。少し荒れた雰囲気の街区の只中であったこともあるかもしれませんが、控えめに路地に姿を現す鐘楼や聖像に、慈悲深いような美しさを感じたのでした。洗練されたデザインということとは次元を異にする、別の類の姿かたちの在り様を見た思いでした。姿かたちのデザインそのものに目的があるというよりも、それがあることによって、その存在の背景であったり暗示するものが、静かに喚起され、予感されるような、ものごとのあり方。そんなことに、僕はつよく惹かれたようでした。
旅行に行っていろいろなものを見てみますが、印象に残るものはどれも静けさを誘うようなものばかりだったように思います。その静けさというのは、先に書いたことにもつながっているように思います。そしてそれは、今、僕が設計してつくろうとしているものにも大きく関わりがあります。上の写真を久々に見て、なにかその出発点を見たような気がして嬉しくなってしまいました。