植栽の打ち合わせ

2012-01-30 11:33:41 | 青葉の家

植栽の打ち合わせのため、仙台に建つ「青葉の家」を訪れました。この家はまだ先月に竣工し、引渡しをしたばかりで、植栽もまだこれからでしたので、造園家を交えて打ち合わせをすることになっていました。

駅を降りると、仙台は小雪がちらついていました。現場監理で幾度となく訪れたこの街に来ると、「ただいま」というような気持ちになるから不思議です。いつもの道を通って現地へ向かいました。

エントランスホールに入り、空間のつながりを久々に確かめるようにしながらリビングに向かうと、観葉植物が窓辺に彩りを与えてくれていました。オリーブの木。シルバーがかった渋い色調の葉が、この家の雰囲気にはよく合っているように思います。

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ダイニングテーブルやソファなど、必要な家具がひととおり揃い、あるべき場所に置かれています。そうすると、「家の重心」のようなものがはっきりとあらわれて、居心地の良さが生まれているように思いました。引き渡してから最初に訪れる時は、うまく生活に馴染んでいってくれそうかなど、いろいろな思いが頭をよぎり、ちょっとドキドキするのですが、良い雰囲気の空間になっていて、ひと安心(笑)

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少し床の下げられたリビングは、天井高が3メートルのゆったりとした空間。そこに大きな木製の窓をつくり、庭と気持ちよくつながるように設計しました。その窓辺にはゆったりとした一人掛けソファとオットマンが置かれていて、思わず吸い寄せられてしまいました(笑)ここでコーヒーでも飲みながら読書をしたり音楽を聴いたりしていると、楽しいだろうなあ・・・。写真には映っていませんが、テラスの先にゆったりとした庭があって、そこに雑木を主体とした植栽が施される予定です。雑木特有の木漏れ陽が心地よいスペースになりそうです。

小雪まじりの空。天気の具合を映しこんだ自然光が、やわらかく室内を満たし、落ち着きのある陰影が生まれていました。まだ真新しい桜のフローリングも、タモでできた窓枠も、年月を経て飴色に変わっていくことでしょう。植栽は育ち、樹影を外壁や室内におとすことでしょう。角は擦り減ったり凹んだりするところもでてくるでしょう。家は、育っていくというべきなのか、年をとっていくというべきなのか。これからの永い歳月という時間によって、自ずと魅力が表れる家になっていってほしいと願っています。

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マルノウチ

2012-01-23 12:43:16 | 日々

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庭に面した、居心地の良いカフェ・レストラン。ここは「丸の内ブリックスクエア」と「三菱一号館美術館」に囲まれた「一号館広場」。近年の再開発によって生まれたスペースです。

丸の内は再開発による整備で、オフィス街としてだけでなくショッピングエリアとしても洗練された、という話を聞きます。それが単に、一流ブランドのためのテナントスペースを、とにかくぎっしり詰め込んで・・・ということではなく、ゆったりとした歩道の幅を確保し、舗装も無味乾燥としたものにならないように気を配り、木を植えて・・・という風に、新しい再開発エリアでありながら、街並みに質感やゆとりや奥行きが与えられていて、この界隈を散歩するのが楽しくなるように工夫されています。

再開発では、大規模の建物を建てると同時に、空地を一定面積以上確保しなければなりません。つまりどんな再開発でも、ある一定の「ゆとりスペース」は生まれますが、それが生き生きとした場所になっているかというと、必ずしもそうとは言えなさそうです。ですが丸の内の再開発では、屋外空地がうまく使われているように思いました。上の写真の広場も、面積としてはさほど広くないのですが、木々が植えられた小径がつくられ、写真を撮ったりする人も見られます。

趣向を凝らしたイベントスペースは、流行とともにいずれ消えることが多いもの。でも、緑のある気持ちの良い屋外空間や、そこにつながる「窓辺」のような場所は、いつの時代でも居心地良いものですし、そのような場所には、自然と人が集まってくるように思います。そんな変わらない魅力を、街並みの中に少しずつつくり込んでいけたら、日本の都市風景は、美しさと居心地の良さが同居する魅力的なものになっていきそうですね。

余談ですが、この広場に面した「三菱一号館美術館」では、オディロン・ルドンの展覧会が開かれているとのこと。前に観に行ったルドン展は、黒の時代のものでした。退廃的で物悲しくも美しいモノクロの絵は、胸にぐっと染みるものがありました。そして今度はその後の、鮮やかなカラーが溢れ出た時代のものが展示されるそう。楽しみです。

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シャルロット・ペリアンの展覧会

2012-01-14 14:17:58 | アート・デザイン・建築

鎌倉県立近代美術館・鎌倉館で開催されていたシャルロット・ペリアン展に行きました。

鶴岡八幡宮境内にあるこの美術館。初詣に訪れた人でごった返すなか、すぐ傍らにある美術館のあたりは人気も比較的すくなく、静かな雰囲気でした。時おり陽がさす程度の曇り空。空気が冷たくピンと張りつめ、日本の正月だなあ、なんてことをしみじみ感じたりします。

シャルロット・ペリアンはフランスの家具デザイナーで、ル・コルビュジエとの協働でも多くの名作家具をデザインしました。今回の展覧会では、ペリアンの日本との関係にスポットをあて展示構成されていました。

僕はあまり知らなかったのですが、日本の民芸に深い関心があったのですね。「民芸」とはそもそも柳宗悦が提唱したキーワードで、ただ実用のためにつくられた単なる道具類を、もっとも健康的で自由な「美」をもつものとしてとらえよう、としたものでした。個人的な作為がないところが肝要であるため、工芸作家が民芸に影響を受けつつ、自身の創作活動をすることは、本来的に民芸の思想と矛盾することにもなるため、きわめて難しいテーマでもあると思います。僕が柳宗悦の著書をいろいろと読んだ際の感想としては、自身の著書のなかで、世に多くある雑器を取り上げ、いかに素晴らしいかを説くことについてはとても饒舌なのですが、それらの「民芸」に影響を受けながらどのようにモノづくりを目指していくべきか、ということについては、どうも筆の調子が上がらないというか、お茶を濁すような言い方の印象もありました。ですから、ペリアンもきっと、あまり本質論に傾倒することなく、デザイナーの目として、民芸のもつ素朴でおおらかな造形を楽しんでいたのかもしれません。そうしてできあがった実験的な家具は、可愛らしく遊び心に溢れたもののように感じました。

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そんな遊び心に溢れたペリアンの家具と対照的に、坂倉準三が設計した美術館は、日本美を抽象化して表現するぞ!というような、ど真ん中のストレートを投げ込んでくるような力作。坂倉準三もル・コルビュジエの弟子です。完成当時は斬新であったであろう仕上げ材料の抽象的な使い方も、数十年の時間を経て今では、味というよりも古ぼけてしまった雰囲気。でも、1階の半屋外的な中庭空間と、そこからつながる池に面したポーチの空間は、とても魅力的です。大谷石の風合いが美しい壁の上を真っ白な天井が覆っています。陽の光がさすと池に反射して、白い天井面に水面の影がゆらゆらと映り、幻想的でとても美しい光景です。(この日は日差しが少なく、ちょっと残念でしたが・・・。)

姿かたちあるモノだけで語ろうとするのではなく、その場所で移り変わる雰囲気をデザインしようとすること。日本の庭園や日本画も、移り変わったり、目に見えないことを暗示的に示すことで、イメージを豊かなものにしようとする文化だと思います。

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姿かたちが元気ハツラツで、かわいくてカッコいいシャルロット・ペリアンの家具。

目に見えないものを活かした坂倉準三の美術館。

そんな二人の痕跡を味わいながらの、楽しい時間でした。

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コンフォルト

2012-01-06 12:12:39 | 東山の家

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明けましておめでとうございます。本年もブログにお付き合いくださいますよう、よろしくお願いいたします。

さて、雑誌「コンフォルト」最新号に、「東山の家」のことを取り上げていただきました。新年最初の号の特集は、「日本の美しいもの」。茶室についても特集が組まれ、「東山の家」の茶室を中心に撮影をしていただき、文章を書いていただきました。

この住宅は、1階がすべて茶室のための空間になっていて、四畳半茶室、八畳広間、待合、水屋が備えられています。四畳半の茶室は、京都・裏千家にある茶室「又隠」を念頭に置いて設計したものでした。(「東山の家」については、このブログの同名のカテゴリーもぜひご覧ください。)

「又隠」は千利休の孫・千宗旦がつくった茶室です。時は江戸初期。千利休がまとめあげた、侘びた茶室の思想は、その後、時代の流行に左右されて幾つもの流れに分かれていきました。戦国の世に磨かれていった「侘び茶」の美学は、平穏の時代にはいり、その意味も役割も自ずと変わっていきます。ものごとは、行き過ぎると窮屈になってしまうのはいつの時代も同じ。あまり観念的に本質論を突き詰めるよりも、ほどほどの方がラクだし、適度な演出があった方が楽しいじゃないか。そんな風に当時の気分を考えると、いろいろな雰囲気の茶室ができていったのは当然かと思います。そのなかで、利休の孫である宗旦は、利休の求めた求道的な茶の在りようを、さらに純化しようとしたそうです。その求道的な心は結果として、日々の暮らし方にまでおよび、清貧をつきつめた宗旦は周囲から「乞食そうたん」とまで言われたようです。そんな宗旦がつくった茶室が「又隠」。

淡交社から発刊された、裏千家の写真集があります。建築写真家・二川幸夫氏による写真と、裏千家全域にわたる詳細な図面を、僕は以前からよく眺めていました。いろいろな茶室に関する本も読む中で、僕は千宗旦の、いわば覚悟の仕方のようなものに、とても感じ触れるものがありました。ですから、僕にとって「又隠」は特別な存在でした。そんな時、お施主さんから、はじめてご連絡をいただき、設計依頼のご依頼をいただいたのでした。「又隠」のような茶室をつくりたいと思っている。そんな話をお施主さんからお聞きしたときには、耳を疑うほどの驚きでした。

家をつくるというのは不思議なもので、通り一遍の機能がそなわっていればよいかというと、そうではありません。いわば精神的な、目に見えない何かを取り扱うことができないと、本当に良い家、良い場所はつくることができないというのが僕の考え方です。モノづくりだけに夢中になってはいけない。目に見えないものを、心の目を凝らしてよく見ようとすること。それが大切なのだろうと思います。そうして、「又隠」を手本としながら少しずつ変形がくわえられ、二つとない茶室ができあがりました。それが、きりりと緊張感のある独特の雰囲気になったのは、施工者と職人さんたちの、きわめて神経の行き届いた仕事によるものです。その姿を、この度の取材で撮影していただいたのは、写真家・西川公朗さん。僕と同年代の若い方ですが、今ではほとんど使われることのなくなった4×5(しのご)の大判カメラをガツンと構えて、気持ちを「上げて」いくのだそう。ひょうひょうと話される言葉の奥に、ゴリっとした強いものを感じます。そうしてできあがった写真は、幽玄な趣きのなかに、やわらかさのある雰囲気でした。

よろしければ、ぜひご覧いただけますと幸いです。「コンフォルト」のサイトはこちら。

http://confort.ksknet.co.jp/special/index124.html

また、オノ・デザインのサイトにも、「東山の家」の写真をアップしました。こちらもぜひご覧ください!

http://www.ono-design.jp/higashiyama.html

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