広場の記憶

2010-07-31 12:19:19 | 日々

自由が丘の駅前には、広場があります。広場といっても、荷卸しの車とタクシーやバスが走るロータリーで、人はその脇を通っていくような場所。そのまんなかに、いつの頃からか女神像がたっていました。背中に翼をもち、穏やかな面持ちのほっそりとした像。それが、いなくなってしまいました。
最近、駅前広場の整備事業が始まり、その間、撤去されたのです。今後、広場の中心にはタクシープールが整備され、女神像は広場の端っこに帰ってくるそうです。

自由が丘のシンボルは何ですか。以前、こんなアンケートがあったそうです。その時に近隣住民の多くが答えたのが、この女神像だったそうです。雑多な街並みのなかでシンボルを探す方がむずかしそうではあるのですが、そういえば駅前に女神像があったな、多くの人にとってはそのぐらいの思いだったかもしれません。

西欧の広場にある雄々しい騎馬像やオベリスクなどに比べれば、自由が丘の女神像はあまりに小さく華奢でした。でもこうしていなくなってしまって、何事もなかったかのように跡地がアスファルトで埋められる姿を見ると、明らかに何か喪失感のようなものがあるのです。きっと多くの人も、同じような思いでいるかもしれません。小さな女神像は、知らず知らずのうちに、僕たちのなかでなくてはならない「シンボル」になっていたのかもしれません。

今回の整備事業は、交通整理に重点がおかれたようです。でもかつては、整備案のひとつとして、車の入らない、歩行者だけの広場の案があったそうです。
女神像を中心として。
石畳が敷かれて。
いつか、周辺の交通網が整備され、駅前広場が歩行者だけの魅力的な広場になることを望みます。

写真はサンマルコ広場、F.ブローデル「都市ヴェネツィア」(岩波書店)から。記憶にしっかり残る、人間のための美しい広場。文化は違えど、そんな存在を、この小さな街にもつくっていきたいものです。

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ワールドカップ

2010-07-07 16:34:30 | 日々

サッカーワールドカップも、いよいよ残すところあと数試合。選手や試合内容だけでなく、いろいろなところに垣間見える「お国柄」も、この大会の魅力ですね。

大学時代は、ガウディの卒業論文を取り組んでいたこともあり、僕にとって最もアツい国はスペインでした。卒業旅行でスペインを訪れたとき、カディスという南西の街に寄りました。海越しにポルトガルが見える、はしっこの街。少し寂れた白い街のあちこちに、レアルマドリードのポスターが貼ってありました。マドリードから結構遠いのになあ、そんなことを思いながら、隅々の街にサッカーが浸透しているのを感じました。

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旅行中、僕の連れはずっとサッカーボールを持ち歩いていたのだけれども、それは言葉以上に「言葉」なんですね。ちょっと広場に腰掛ければ、ボールを見つけてすぐ少年達が集まってきます。彼がすかさずボールテクニックを披露すると、「ナカタ、ナカータ」と言って早速勝負を挑んできたようでした。ちょうどナカタがペルージャで名を轟かせ始めた頃でした。

建築科の学生であったにも関わらず、建築よりもサッカーの方が神聖なんだよ!と語る彼の熱弁には時折困ったけれど、4年に一度、ワールドカップの時には、やはりそうかもな、と思える時があります。

同じヨーロッパにありながら、ややローカルな位置にあるスペインの経済。そのなかでつくられる建築は、ロンドンやベルリンの建築ブームを横目に、よりローカルで、より慎ましやかで、より人々に向けられていて、だからこそ、美しいと思います。

いろいろな思い出と共に、今日のドイツVSスペイン戦は、スペインに一票!!

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