夏の光

2021-07-17 18:54:07 | 東山の家


梅雨があけたら、いきなり真夏の空が広がりました。
太陽の光に重さを感じるというのか、とにかく夏の日差しは圧力がものすごいですね。
まだ夏の明るさに慣れていないのか、屋外にいるととても眩しく、明るいところと暗いところの明暗のコントラストが極端に感じます。

写真は夏真っ盛りの「東山の家」。
コンクリート造を活かして小さな坪庭ルーフテラスが造ってあります。
眩いばかりに照らされる坪庭と対照的に、室内には仄暗く安寧な雰囲気が漂います。



坪庭はトイレにも面していて、意外にも贅沢な空間です(笑)
風鈴の音も聞こえて。

夏の風情を楽しむというのは、なんだか眠くなるような安心感と、どこかつながっているようにも思います。



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茶室

2019-11-08 23:15:22 | 東山の家


これまでの仕事で、何度か茶室の設計をしたことがありました。
もともと茶室建築には興味がありましたから、京都の大徳寺によく見学に出かけました。

茶室の空間は、決まり事が多いようでいて、意外に自由なもの。そんなこともだんだんとわかってきます。
でも、建築デザインの世界でよく話題にのぼる茶室は、実は「変化球」ばかり。うっかりマネをすると、茶の稽古がしにくいということになってしまいます。

上の写真は10年ほど前に設計した「東山の家」四畳半の小間。裏千家の又隠を参照したものでした。もちろん楊枝柱もあります。
千利休の孫 千宗旦が造営したとされる空間は、四畳半の基本形をなすもの。
基本形に向き合いながら設計していると、だんだんとその奥深さに惹かれていきます。

そして時間を経て、いま取り組んでいるのは、コンクリートの四畳半席。
硬質でモノクロームの空間で、床の間も墨入りモルタルで塗られます。
なんだか見たことのない空間になってきました。

定型があるからこそ、その規範から離れる面白さは格別です。
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坪庭の記憶

2012-09-01 12:06:58 | 東山の家

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「東山の家」のお引渡しから一年が経ち、一年点検に伺った折、最近仕上がったという坪庭のしつらえを拝見することができました。

この住宅は鉄筋コンクリート造なので、2階に小さいながらも坪庭を設け、専用の防水措置を施したうえで土を入れ、庭としての風情を楽しめる準備をしてありました。塀と障子によって切り取られた窓からの眺めは、どんな雰囲気になっているのだろう、とても楽しみに階段を上がっていくと・・・そこには、はっと息を呑むような空間ができあがっていました。

坪庭のしつらえにあたっては、造園家が時間をかけじっくりと構想を練り上げてくださったそうです。というのも、この坪庭は階段の脇に位置しているだけでなく、リビングのソファに座りながらも、書斎の入口前の窓からも眺めることができ、そしてお手洗いにも面し、いろいろな角度から楽しむための庭なのです。ですので、特製の角形の鉢を据えるにもその角度を吟味し、点景や下草にも気を配ってくださったそうです。

下の写真はリビングのソファからの眺め。夏の光と緑が鮮やかに映えていました。

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次の写真はお手洗いの中からの眺め。雪見障子で、額縁のように切り取って。

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お施主様にお話を伺っていると、僕が訪れる少し前に、実はとても美しく花が咲いていたそうです。その時の写真を送ってくださいました。下の2枚はその写真です。夏の花、朝顔。誰しもが小さなころから慣れ親しむ花ですが、こんなに渋い色の花があるのですね。

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お話によると、青い朝鮮朝顔は一日の時間の経過とともにブルーからピンクに変わっていくのだそう。海老茶のほうは団十郎朝顔といって、団十郎の法被色に似ていることから名づけられたそうです、とのことでした。

一日の間に、色も変わっていく花。一期一会ということでしょうか。書斎の前の窓から満開の朝顔がちらりと覗いていた眺めは、とても暑かった夏の記憶と共に。

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コンフォルト

2012-01-06 12:12:39 | 東山の家

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明けましておめでとうございます。本年もブログにお付き合いくださいますよう、よろしくお願いいたします。

さて、雑誌「コンフォルト」最新号に、「東山の家」のことを取り上げていただきました。新年最初の号の特集は、「日本の美しいもの」。茶室についても特集が組まれ、「東山の家」の茶室を中心に撮影をしていただき、文章を書いていただきました。

この住宅は、1階がすべて茶室のための空間になっていて、四畳半茶室、八畳広間、待合、水屋が備えられています。四畳半の茶室は、京都・裏千家にある茶室「又隠」を念頭に置いて設計したものでした。(「東山の家」については、このブログの同名のカテゴリーもぜひご覧ください。)

「又隠」は千利休の孫・千宗旦がつくった茶室です。時は江戸初期。千利休がまとめあげた、侘びた茶室の思想は、その後、時代の流行に左右されて幾つもの流れに分かれていきました。戦国の世に磨かれていった「侘び茶」の美学は、平穏の時代にはいり、その意味も役割も自ずと変わっていきます。ものごとは、行き過ぎると窮屈になってしまうのはいつの時代も同じ。あまり観念的に本質論を突き詰めるよりも、ほどほどの方がラクだし、適度な演出があった方が楽しいじゃないか。そんな風に当時の気分を考えると、いろいろな雰囲気の茶室ができていったのは当然かと思います。そのなかで、利休の孫である宗旦は、利休の求めた求道的な茶の在りようを、さらに純化しようとしたそうです。その求道的な心は結果として、日々の暮らし方にまでおよび、清貧をつきつめた宗旦は周囲から「乞食そうたん」とまで言われたようです。そんな宗旦がつくった茶室が「又隠」。

淡交社から発刊された、裏千家の写真集があります。建築写真家・二川幸夫氏による写真と、裏千家全域にわたる詳細な図面を、僕は以前からよく眺めていました。いろいろな茶室に関する本も読む中で、僕は千宗旦の、いわば覚悟の仕方のようなものに、とても感じ触れるものがありました。ですから、僕にとって「又隠」は特別な存在でした。そんな時、お施主さんから、はじめてご連絡をいただき、設計依頼のご依頼をいただいたのでした。「又隠」のような茶室をつくりたいと思っている。そんな話をお施主さんからお聞きしたときには、耳を疑うほどの驚きでした。

家をつくるというのは不思議なもので、通り一遍の機能がそなわっていればよいかというと、そうではありません。いわば精神的な、目に見えない何かを取り扱うことができないと、本当に良い家、良い場所はつくることができないというのが僕の考え方です。モノづくりだけに夢中になってはいけない。目に見えないものを、心の目を凝らしてよく見ようとすること。それが大切なのだろうと思います。そうして、「又隠」を手本としながら少しずつ変形がくわえられ、二つとない茶室ができあがりました。それが、きりりと緊張感のある独特の雰囲気になったのは、施工者と職人さんたちの、きわめて神経の行き届いた仕事によるものです。その姿を、この度の取材で撮影していただいたのは、写真家・西川公朗さん。僕と同年代の若い方ですが、今ではほとんど使われることのなくなった4×5(しのご)の大判カメラをガツンと構えて、気持ちを「上げて」いくのだそう。ひょうひょうと話される言葉の奥に、ゴリっとした強いものを感じます。そうしてできあがった写真は、幽玄な趣きのなかに、やわらかさのある雰囲気でした。

よろしければ、ぜひご覧いただけますと幸いです。「コンフォルト」のサイトはこちら。

http://confort.ksknet.co.jp/special/index124.html

また、オノ・デザインのサイトにも、「東山の家」の写真をアップしました。こちらもぜひご覧ください!

http://www.ono-design.jp/higashiyama.html

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東山の家.6 ~取材の一日~

2011-11-14 18:23:28 | 東山の家

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気持ちのよい秋晴れの日に、「東山の家」で、雑誌の撮影取材が行われました。暑さ真っ盛りの8月にお引渡しをした、茶室のある住宅。その暑さのなかでも、四畳半と八畳の茶室はそれぞれ、室内に入ると背筋がぴっとのびる緊張感のある雰囲気に仕上がりました。精魂こめてつくってくださった工務店と職方たちの力によって、そのような雰囲気が得られたのだと思います。引渡し前後に現場に行っては、まだ茶道具やお軸も掛けられていない、まだ何も無い茶室のなかで、よく時間を過ごしたのを思い出します。

この度の撮影取材で、ぼくは初めて道具や床飾りなどが備わった茶室の姿を見ることができました。お施主さんが揃えてくださった道具類の数々が、然るべき場所に置かれると、それを待っていたかのように室内が生き生きとし始めたように感じました。道具に柔らかく降る、障子を通した自然光。同時にそれは道具に陰影と趣を与えてくれます。室内造作と、光と、陰りと、人と、道具。それらが居合わせることでできあがる空間の雰囲気を楽しみながら、撮影中の、静かで穏やかな時間を過ごしました。

撮影取材にあわせ、いろいろとご準備とご協力をしていただいたお施主さんには、本当に感謝の気持ちでいっぱいになります。そして、建築家としては、設計した空間について編集者・ライターの方に文章にしていただき、写真家によって空間の姿を記録していただけるのは、冥利に尽きる思いでもあります。

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