坪庭の記憶

2012-09-01 12:06:58 | 東山の家

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「東山の家」のお引渡しから一年が経ち、一年点検に伺った折、最近仕上がったという坪庭のしつらえを拝見することができました。

この住宅は鉄筋コンクリート造なので、2階に小さいながらも坪庭を設け、専用の防水措置を施したうえで土を入れ、庭としての風情を楽しめる準備をしてありました。塀と障子によって切り取られた窓からの眺めは、どんな雰囲気になっているのだろう、とても楽しみに階段を上がっていくと・・・そこには、はっと息を呑むような空間ができあがっていました。

坪庭のしつらえにあたっては、造園家が時間をかけじっくりと構想を練り上げてくださったそうです。というのも、この坪庭は階段の脇に位置しているだけでなく、リビングのソファに座りながらも、書斎の入口前の窓からも眺めることができ、そしてお手洗いにも面し、いろいろな角度から楽しむための庭なのです。ですので、特製の角形の鉢を据えるにもその角度を吟味し、点景や下草にも気を配ってくださったそうです。

下の写真はリビングのソファからの眺め。夏の光と緑が鮮やかに映えていました。

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次の写真はお手洗いの中からの眺め。雪見障子で、額縁のように切り取って。

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お施主様にお話を伺っていると、僕が訪れる少し前に、実はとても美しく花が咲いていたそうです。その時の写真を送ってくださいました。下の2枚はその写真です。夏の花、朝顔。誰しもが小さなころから慣れ親しむ花ですが、こんなに渋い色の花があるのですね。

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お話によると、青い朝鮮朝顔は一日の時間の経過とともにブルーからピンクに変わっていくのだそう。海老茶のほうは団十郎朝顔といって、団十郎の法被色に似ていることから名づけられたそうです、とのことでした。

一日の間に、色も変わっていく花。一期一会ということでしょうか。書斎の前の窓から満開の朝顔がちらりと覗いていた眺めは、とても暑かった夏の記憶と共に。

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コンフォルト

2012-01-06 12:12:39 | 東山の家

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明けましておめでとうございます。本年もブログにお付き合いくださいますよう、よろしくお願いいたします。

さて、雑誌「コンフォルト」最新号に、「東山の家」のことを取り上げていただきました。新年最初の号の特集は、「日本の美しいもの」。茶室についても特集が組まれ、「東山の家」の茶室を中心に撮影をしていただき、文章を書いていただきました。

この住宅は、1階がすべて茶室のための空間になっていて、四畳半茶室、八畳広間、待合、水屋が備えられています。四畳半の茶室は、京都・裏千家にある茶室「又隠」を念頭に置いて設計したものでした。(「東山の家」については、このブログの同名のカテゴリーもぜひご覧ください。)

「又隠」は千利休の孫・千宗旦がつくった茶室です。時は江戸初期。千利休がまとめあげた、侘びた茶室の思想は、その後、時代の流行に左右されて幾つもの流れに分かれていきました。戦国の世に磨かれていった「侘び茶」の美学は、平穏の時代にはいり、その意味も役割も自ずと変わっていきます。ものごとは、行き過ぎると窮屈になってしまうのはいつの時代も同じ。あまり観念的に本質論を突き詰めるよりも、ほどほどの方がラクだし、適度な演出があった方が楽しいじゃないか。そんな風に当時の気分を考えると、いろいろな雰囲気の茶室ができていったのは当然かと思います。そのなかで、利休の孫である宗旦は、利休の求めた求道的な茶の在りようを、さらに純化しようとしたそうです。その求道的な心は結果として、日々の暮らし方にまでおよび、清貧をつきつめた宗旦は周囲から「乞食そうたん」とまで言われたようです。そんな宗旦がつくった茶室が「又隠」。

淡交社から発刊された、裏千家の写真集があります。建築写真家・二川幸夫氏による写真と、裏千家全域にわたる詳細な図面を、僕は以前からよく眺めていました。いろいろな茶室に関する本も読む中で、僕は千宗旦の、いわば覚悟の仕方のようなものに、とても感じ触れるものがありました。ですから、僕にとって「又隠」は特別な存在でした。そんな時、お施主さんから、はじめてご連絡をいただき、設計依頼のご依頼をいただいたのでした。「又隠」のような茶室をつくりたいと思っている。そんな話をお施主さんからお聞きしたときには、耳を疑うほどの驚きでした。

家をつくるというのは不思議なもので、通り一遍の機能がそなわっていればよいかというと、そうではありません。いわば精神的な、目に見えない何かを取り扱うことができないと、本当に良い家、良い場所はつくることができないというのが僕の考え方です。モノづくりだけに夢中になってはいけない。目に見えないものを、心の目を凝らしてよく見ようとすること。それが大切なのだろうと思います。そうして、「又隠」を手本としながら少しずつ変形がくわえられ、二つとない茶室ができあがりました。それが、きりりと緊張感のある独特の雰囲気になったのは、施工者と職人さんたちの、きわめて神経の行き届いた仕事によるものです。その姿を、この度の取材で撮影していただいたのは、写真家・西川公朗さん。僕と同年代の若い方ですが、今ではほとんど使われることのなくなった4×5(しのご)の大判カメラをガツンと構えて、気持ちを「上げて」いくのだそう。ひょうひょうと話される言葉の奥に、ゴリっとした強いものを感じます。そうしてできあがった写真は、幽玄な趣きのなかに、やわらかさのある雰囲気でした。

よろしければ、ぜひご覧いただけますと幸いです。「コンフォルト」のサイトはこちら。

http://confort.ksknet.co.jp/special/index124.html

また、オノ・デザインのサイトにも、「東山の家」の写真をアップしました。こちらもぜひご覧ください!

http://www.ono-design.jp/higashiyama.html

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東山の家.6 ~取材の一日~

2011-11-14 18:23:28 | 東山の家

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気持ちのよい秋晴れの日に、「東山の家」で、雑誌の撮影取材が行われました。暑さ真っ盛りの8月にお引渡しをした、茶室のある住宅。その暑さのなかでも、四畳半と八畳の茶室はそれぞれ、室内に入ると背筋がぴっとのびる緊張感のある雰囲気に仕上がりました。精魂こめてつくってくださった工務店と職方たちの力によって、そのような雰囲気が得られたのだと思います。引渡し前後に現場に行っては、まだ茶道具やお軸も掛けられていない、まだ何も無い茶室のなかで、よく時間を過ごしたのを思い出します。

この度の撮影取材で、ぼくは初めて道具や床飾りなどが備わった茶室の姿を見ることができました。お施主さんが揃えてくださった道具類の数々が、然るべき場所に置かれると、それを待っていたかのように室内が生き生きとし始めたように感じました。道具に柔らかく降る、障子を通した自然光。同時にそれは道具に陰影と趣を与えてくれます。室内造作と、光と、陰りと、人と、道具。それらが居合わせることでできあがる空間の雰囲気を楽しみながら、撮影中の、静かで穏やかな時間を過ごしました。

撮影取材にあわせ、いろいろとご準備とご協力をしていただいたお施主さんには、本当に感謝の気持ちでいっぱいになります。そして、建築家としては、設計した空間について編集者・ライターの方に文章にしていただき、写真家によって空間の姿を記録していただけるのは、冥利に尽きる思いでもあります。

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東山の家 5 ~京都の表具屋さん~

2011-08-01 12:22:27 | 東山の家

「東山の家」が、いよいよ竣工に近づいてきました。この住宅は茶室や水屋を備えており、その仕上げ方も特殊になります。通常の現場ではなかなか会うことのない方々に会うことができ、それもこの現場の楽しみでもありました。

木製の板戸や障子、襖なども、一口に和風といっても関東と関西では、またその寸法体系も異なります。障子の桟も、もうひとつ細く。それが京都の流儀でもあります。そんなようなことから、今回の現場では京都の建具屋さんに来ていただくことになりました。

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こんな感じどうですか、と見せていただいた障子の桟は5ミリに満たない細さです。杉材もなるべく綺麗な赤味を選んでいただいたようで、そんな風にしてできあがった障子には、得も言われぬ柔らかさがあります。

建具屋さんと一緒に来ていただいた京都の表具屋さん。普段から茶室や社寺関係の仕事が多いとのこと。この後また寺の仕事にはいる前になんとか予定を組んでいただいて、東京の現場に来ていただきました。
 時代は変われど、良き技と道具は変わらぬ、ということでしょうか。仕事の跡が染みついた道具類は、四畳半茶室の淡い光のなかで鈍く光り、独特の存在感を放つ、かのようです。この日は茶室の腰張りを貼っていただきました。腰張りというのは、着物が土壁にこすれるのを防ぐ、帯状の紙のことです。西の内紙、湊紙という2種類の紙を貼り分けるのですが、糊の調合にも工夫が必要で、後で張り替えができるような強さに調整しているそうです。下地の壁の粒子が浮き立つよう、ブラシを叩きつけるようにして張り仕上げていく方法は、見ていて実に独特です。
こうして腰張りと畳、そして襖がはいったとき、「現場」から「室内」に一気に変わったように思いました。

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あわせて襖の吊り込みもしていただきました。襖の引き手は、お施主さんのお好みで珍しい意匠のものも取り入れました。京都の表具屋さんをもってしても「なかなかつけることがないから、穴開けとか緊張しますわ。」と笑われながら開梱した襖の、なんという存在感!最後に調整し、一気に吊り込んでいきました。

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畳屋さんが一言ポツリ。「大工さんの仕事の精度がいいからうまくおさまったな・・・」。そんなことを聞きながら、そういえば、それぞれの職方の皆さんが、自分の後に続く仕事のことを気にしていたことを思い出しました。大工さんが下地をきちんとつくってくれないと、左官屋さんがいくら腕が良くても、結果として良い仕上がりにはなりません。少しずつのその気持ちと努力が重なって、家の佇まいや雰囲気に関わっていくのだろうと思います。

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タルコフスキー的

2011-02-04 20:33:24 | 東山の家

しばらくブログを休んでしまっていた間に、いくつかの住宅の現場が少しずつすすんできました。現場に赴いていろいろなチェックや打合せを終えた後のフリータイムは、楽しみの時間でもあります。建設途中のその瞬間にしかない雰囲気というか、空間性みたいなものを、仕事から離れて楽しんだりしています。

例えば、「東山の家」の鉄筋コンクリート造の現場。1階の型枠が組みあがり、コンクリートを打設する前のこと。床版を支える多くのパイプの列柱が林立するなかに、型枠を洗浄した水が、水滴となって型枠の隙間から降ってきます。

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コンクリートを勢いよく流し込んでいく前に訪れる一瞬の静寂。

事物を映し込む水溜り。

暗くよどんだ闇。そして光。

不安定なリズムを刻む、水滴の音。

そんななかに身を置いていると、これから創り出そうとしている空間とは別の類の、謎めいた雰囲気の空間を感じます。お、この感じは、もしやタルコフスキー的!?なんて、勝手な想像を巡らせるのも、大声では言えないけどちょっと楽しい時間です。

ソ連の映画監督アンドレイ・タルコフスキーの映画を観ていると、どの作品にも共通して「水」が印象的に登場します。廃屋の屋根の合間から落ちてくる雨水 が、床の上に、そして、暗示的に置かれた数々の空き瓶に降ってくる光景。独特の音を奏でながら、ずっとそんなシーンが長映しにされます。映画「ノスタルジ ア」の1シーン。

下の写真は、アンドレイ・タルコフスキーが映画のロケハンのために自ら撮ったポラロイドの写真集"Instant Light"からの1カット。この写真集のなかに満ちる独特の暗示に満ちた雰囲気に一番近いのは、完成した建物の空間よりも、建設中のときなのかもしれません。

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