夕方の風景

2021-06-25 23:02:24 | 自由が丘の家


最近は、庭を楽しめる家を、というテーマで設計のご依頼をいただくことが増えてきました。
風光明媚なロケーションの敷地もあるけれど、多くは街なかの比較的ちいさな敷地。そのなかにほっと息をつけるような場所をつくりたい、という想いとともに家づくりが進んでいきます。

ぼくのアトリエ兼住居は、古くから残る庭に寄り添うように建てたから、一日を通して庭の様子を楽しめるはず・・。
でも、複数の仕事を同時に進めながら忙しく過ごしていると、日中にゆっくり庭でコーヒータイム、なんて余裕がなくなるのも実情です。
仕事がいくつかあれば、そのぶんトラブルや問題も生じますし、う~ん どうしようかな、とあれこれ考えて解決して、ちょっと疲れて庭に出るのは、夕方になってから。
今はまだ夕方といっても明るいけれど、一日が終わりに近づいて、太陽も徐々に低くなり華やかさがなくなってきた時間帯の庭というのは、独特の趣きがあるように思います。
緑は最後に光を受けてより鮮やかに輝き、一方で地面のあたりには闇が宿りはじめて。不思議な深淵さがあるように感じます。あ、もちろん蚊も元気いっぱいですが・・・。

設計案のデザインスケッチでは、木漏れ日あふれる日中のイメージを描いたりするのですが、実は、絵には表現できないこんな夕方の時間に、庭の癒しが現れるようにも思います。
京都の寺とかに行っても、閉門時間の午後4時ぐらいになって、庭に離れがたい風情が現れたりしますよね。

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アアルト展

2021-06-16 23:05:54 | アート・デザイン・建築


フィンランドの建築・デザインのレジェンド アルヴァ・アアルトとアイノ・アアルト夫妻の展覧会が世田谷美術館で開催されており、観に行きました。
大学で建築を勉強していた頃には、アアルトの建築の空間性だとか風土との呼応だとか、ロマンあふれる話をたくさん聞かされ、箱モノとしての建築ばかりに目が行っていました。
けれども今回の展覧会は、より身近な家具や什器や食器類によりフォーカスされた特集で、暮らしをいかに良いものにするか、という優しい眼差しに溢れた活動を展示したものでした。
きっと学生の時だったらあまり興味が湧かなかったかもしれないけれど、プロの建築家として仕事をするようになった今では、とても興味深いものでした。
それに、夫婦で建築・デザインの事務所を運営している(といっても規模はまるで違いますが)ところも共通していて、ついつい親近感は湧いてしまいます・・・ケンカとかならなかったですか~とか(笑)

え~、こほん。
特に奥さんのアイノ・アアルトの眼差しはより身近な暮らしに向けられていたようで、老人や子ども、療養中の人や福祉施設での家具や什器のデザインに、多くのアイデアが込められていることに感銘を受けました。
実用的であると同時に、それを使う人の心に寄り添うようなデザインは素晴らしいと思いました。



そんな展示を見て回りながら、少し前にリビングデザインセンターOZONEと協働した「共生社会に向けたデザイン・プロジェクト」のことを思い出しました。
そこでは、特に障がいのある人に焦点をあてて、コロナ禍で暮らしにいかに支障が生じているかをリサーチしたうえで、コロナ禍以降においても使えるユニバーサルデザインを考えよう、というものでした。

世の中にはたいがいのものは商品化されていて、それをいかに選ぶか、ということが多いように思うけれど、こうしていろいろと考えてみると、やはり無いものも多いことに気付きました。
以下に挙げるのは、僕たちの提案のひとつ。
「みんなのソファ」と題したもので、室内で車椅子に乗っている人も、なるべく自分の力で移動し、人の輪のなかに自然と参加できるようなソファとして考えたものです。



車いすから移乗しやすい高さの座面と、くつろぐのにちょうどいい高さの座面。
家族がみんなで座るこのソファにはちょっと段差をつけてあります。
テーブルを持ってきて、ごはんを食べたり宿題をしたり、
段差をまくらにうたたねをしたり。
家族の形態と気分に合わせたユニバーサルなソファ。



ソファには手すりがついていて自力で移乗しやすく、そして移乗台はサイドテーブルとしても使えます。

ちょっとしたアイデアだけれども、ハンディキャップのある人も、健常の人も、意識することなく輪になれる。
「心のバリアフリー」が実現できるといいなと思います。

アイノ・アアルトさんが100年前に考えたことに、僕たちも少しずつでも続いていきたいなと思います。


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ハンマースホイ、再び。

2021-06-13 22:26:12 | 大磯の家


観てしばらくしてから、じわじわと「効いて」くる絵画というものがあると思います。
ぼくにとってそのひとつは、ヴィルヘルム・ハンマースホイ(Vilhelm Hammershøi)の絵画。
フェルメールの画風からの影響もいわれる北欧の画家です。

モノトーンが基調となった静かな画風。室内画が多く、ドア越しに向こう側の空間が垣間見え、連なっていきます。
そこにある事物と光と影だけが淡々と描かれたような画風。
何を主題にしているのかがはっきりわからないぶん、そこにある事物の存在感が、記憶のなかでなんだか不意に脳裏をよぎるのです。

「大磯の家」でも、そんな空間が不意に現れました。
地山の自然と雑木の庭を堪能することをテーマにつくられた家ですが、その余白というのか、外が見えない廊下の先に、ハンマースホイのような空間が現れてくれたのです。
障子を通して片側から入ってくる光に照らされて、ヘリンボーン張りの床がこんなふうに感じられるとは。

ヘリンボーン張りの床材は、施工もとっても大変。
コツコツと根気強く位置調整をしながら大工さんが張っていきます。
ベッドが置かれたら床が見えなくなっちゃうんじゃないの?せっかく張ったのにぃ。
と大工さんに言われた気もしますが、いやいやこの感じ、最高です。


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旗竿地の魅惑

2021-06-06 23:38:20 | 月見台の家



建築デザインの世界でよく使われる言葉のなかに、「シークエンス」というものがあります。
歩み進めるごとに、目の前の場面が変化していく、という主旨の言葉です。

「月見台の家」は旗竿地に建っています。
建物の広さは全部で30坪に満たない小住宅ですが、道路から玄関に至るまでに旗竿状の通路を通ることになります。

玄関までの道のりをなるべくショートカットするのではなく、なるべく長くとり、変化に富むものにしましょう。
そう、つまり「シークエンス」を活かしたアプローチをつくりましょう。
そんな話をしながら玄関までのアプローチ計画を考えました。

それから10年。大きく育った樹木越しに通路やパーゴラがリズミカルに見え隠れし、奥へ奥へと誘われるような魅力的な雰囲気に。
通路の床の舗装は、工事で設置した部分もあれば、施主が自らレンガを敷き詰めてつくった部分もあり。
その合間を造園家による植栽と下草が茂っています。



いろいろな人の手が関わって共同作業でできたアプローチは、時の流れを味方につけてしっくりと馴染み調和しています。
春にはパーゴラ廻りのモッコウバラの花が華やかに繁茂し、秋にはモミジの紅葉のトンネルを抜けていきます。
今ぐらいの季節は、ジューンベリーの実がいい具合に色づいて、きっとそれを目当てに鳥がやってきているはず。

小さな家に、「シークエンス」は広がりと奥行きをもたらしてくれます。
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