季刊誌「住む。」の今冬号の表紙を見たとき、その独特の風合いの写真に目が吸い寄せられました。ほの暗い空間のなかに木の家具が二つ三つ、置かれています。フェルメールの絵画と同じように、画面の左側からやわらかくやってくる光。「静かな、木の家具。」という名の特集のための表紙写真。表紙を飾るにはあまりに「静かな」その写真を見ながら、数年前に展覧会で知ったある画家のことを思い出しました。
ヴィルヘルム・ハンマースホイという名の画家。国立西洋美術館に並んだ作品群は、モノクロームを基調とした静かな画風で満たされていました。画面に描かれた正面の窓から、あるいはフェルメールと同じように画面の脇から静かにはいってくる光のなかで、たんなる事物が、ある尊厳を帯びているように見えたのです。
モチーフとなった室内のもともとの壁の色は「白」なのだろうと思うのですが、ハンマースホイの絵画のなかで、それは豊かなモノトーンの諧調に置き換えられています。壁の色にあえて翳りをもたらすこと。それは「静けさ」をもたらし、そこにある家具や道具などの事物に「趣をあたえる」ために欠かせないことのように思います。僕は設計する住宅の室内の壁や天井を、灰色を混ぜた白で塗るのですが、それは師である村田さんからの影響でもあります。こうすることで、フローリングから反射した光で室内が黄色っぽくなるのを抑え、美しい陰影の諧調のみを残すことができる、というようなことを教わりました。実際の住宅で、ハンマースホイの絵画や、あるいは「住む。」の写真のような深い陰影を室内にもたらすように設計することは非常に勇気がいることですし、難しいことではあるのですが、そこにある深い詩情は心のなかにしっかりと留めておきたいと思います。
ハンマースホイの展覧会のカタログからの引用によると、「ハンマースホイは、急いで語らなければならないような芸術家ではない。彼の作品は長くゆっくり語るべきであり、そして理解したいと思った時はいつでも、芸術の重要で本質的な事柄について話す充分な機会となるであろう。~ライナー・マリア・リルケ~」とも評されています。そんな懐深く奥行きのあるものを創り出したいと、常々思います。建物そのものが主張するというよりも、その内外にある事物の良き背景になろうとすることが、「懐深く奥行きのある」ものへの道筋のような気がします。