昔、旅行でスペインに行ったときのこと。ピレネー山脈を登る列車に乗り、フランスとの国境近くにある街の駅で降り、駅に併設されていた食堂にはいりました。そこでは、昼間ということもあるのですが、すべての照明器具が消されていました。
少し高めの位置に設けられた窓から、やわらかい自然光がテーブルの上に降っていました。テーブルの上に置かれる料理や食器が、やんわりと降ってくる光によって、おのずと影をもち、美しい立体を浮かび上がらせていました。たんなる料理もとても美味しそうに見えるし!、たんなる食器も、自然光の効果で独特の艶が与えられ美しく見える、そんなことを体感した瞬間でした。
その時以来だんだんと、自然の光がつくりだす雰囲気や、影のことを考えるようになりました。たとえばフェルメールや、最近のブログでも書いたハンマースホイの絵画のような、光と影。そういうものを現実のものとすることが、僕にとっては追い続けてきた道でもあります。
「富士のふたつの家」の施工現場。2階のリビングの窓は、あえて大きさを絞り、奥行きを与えました。そこからはいってくる自然の光によって、まわりの大きな壁に諧調のある陰影が現れます。置かれた工事用の脚立までもが、何か独特の存在感をもつオブジェのようにも見えました。家が完成し、生活がはじまったとき、日々の暮らしが、光や影の美しさに満たされたとしたら、設計者としてこれ以上のよろこびはありません。
昼間は、活動のために明るさが必要だから、窓辺に居場所ができる。それ以外の場所は、おだやかな陰影につつまれる。そういうバランスがあってこそ、居心地の良さが生まれてくるのだと思います。だから、余計な明かりや演出はいらない。そう、ハンマースホイの絵のような。
夜は、本来、暗いもの。そう考えれば、光源のあるところに居場所ができて、その周りには、静かで深い陰影ができるのは当然と言えます。それが一番自然だし当たり前のことと気づけば、暗いところをなくすような照明なんて、いらなくなるはず。
節電を機に、そんな感覚が静かに広がっていくといいな、と思います。