ふだん住宅設計の仕事をしているからといって、昨今の有名な建築や住宅作品を観るのがことさらに好きだということはなく、むしろ逆に、古びた無名の建物に心を惹かれます。
その最たるものが、イタリア中部の街 アッシジにあるサン・ダミアーノ修道院です。
建築の教科書には一切出てこないのですが、聖フランチェスコと聖キアーラにゆかりのあるこの修道院は、聖地でもあります。
ぼくにとっては、もう10年以上前に須賀敦子さんの著作でこの場所のことを知ってから、ずっと心の深くに居続ける存在です。
アッシジの街から、サン・ダミアーノへの坂道をゆっくりと降りていく。
小ぶりなオリーブの木が並ぶ光景と、鳥の鳴き声。
静けさと平和を感じ取ることのできる時間。
姿かたちは真似しようにもないのだけれど、自分が手掛ける住宅が、そんな風に平和な心地につながるものになることを祈るようにして、図面を引いています。
その空間のなかで過ごす人にとって、身の回りのごく些細なことが、まさに「恩寵」のように感じられるといいなと思っています。