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樹影のタペストリー

2009-09-14 19:06:28 | 日々

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今朝、アトリエのある「自由が丘の家」で、思わぬ光景に出会いました。
階段の白い壁に、細長いタペストリーがゆらゆら。音もなく静かに樹影がゆれる、数分間だけの神秘的な光景。中庭にあるジューンベリーの枝葉の長さと、太陽光の角度がちょうどうまく折り合ってできたのでしょう。この家ができてから7年の間、この光景は見たことがありませんでした。

 住宅の設計は、その隅々までを把握してはじめて、よいものになると思っています。もちろん、そこにある光や影のことも。図面にすると何も無い空白のなかに、どんな光と影が満ちるか。それを血肉化しないと、美しい空間は生み出せないと僕は考えています。よくイメージしながら設計していくのですが、やはり自然のもたらす力は偉大で、時として思いもかけなかった光や影や光景が現れたりします。人の作為の上をいく美しさに、少々嫉妬(?)もしますが、やはりいいものですね。

 僕が設計する住宅では、よく壁や天井を白く塗ります。それは、白い壁や天井が、光や影を美しく映す背景になると考えているからです。
 窓は、必要以上に開けません。その方が、陰影の深い、奥行きのある空間ができると考えているからです。
 静けさとか、落ち着きとか。そんなことを大事にしたいと考えています。そこに偶然あらわれる光と影のマジックは、日々の暮らしにこの上ない新鮮さをもたらしてくれるようにも思います。

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軽井沢セミナー

2009-08-07 21:34:53 | 日々

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先週末に、早稲田大学芸術学校のセミナーで軽井沢に行きました。
雨、曇、雨・・・。ベテランの先生方が「こんなに晴れ間が無かったことはない」というほど、青空に見放されたセミナーとなりました。屋外でのワークショップやゼミが活動の中心となるだけに、できれば晴れて欲しかったのですが・・・。

 でも、小雨の降る自然は、緑が鮮やかに映え、湿度を含んだ涼やかな空気に、身も心も洗われるような気持ちになります。マイナスイオンを全身に受け、何か忘れていたものを取り戻したような(笑)、いい時間だったようです。
 僕は、白樺や松が群生する雑木林でのワークショップに参加し、続いて、近郊にある村野藤吾設計の美術館「小山敬三美術館」に行き、写真撮影のセミナーを行いました。
そのときのカットから2枚。

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ホームページを新しくしました!

2009-07-31 18:04:11 | 日々

オノ・デザイン建築設計事務所のホームページをマイナーチェンジしました。URLも変更になります。

WORKS欄に、現在進行中のプロジェクトの写真を加え、これまでの住宅作品の写真も入れ替えました。相も変わらずの手作りホームページですが、日々考えていることを伝えられるように、一生懸命つくってあります(笑)
ぜひご覧ください!

オノ・デザイン建築設計事務所のホームページへ

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ホームステイ

2009-07-28 21:12:18 | 日々

毎年この時期に、高校時代の同窓会があります。より詳しく言えば、寮仲間の同窓会。
僕は高校時代に京都の実家をでて、埼玉県にある早大本庄学院で寮生活をしました。寮といっても、大きな寮舎に大勢で寝泊まりするのではなく、学校周辺に散在する小さな寮に分かれたホームステイという形式でした。留学などのような純粋なホームステイではありませんが、ひとつのステイに対し20人ほどが入居します。僕の同期は6人。学校からも駅からもイチバン遠いところにある田んぼのなかのホームステイで、遊びに行く場所がなかった分、団結したようでした(笑)
当時は聞かない盛りの高校生だった我々も卒業して17年、30半ばになりました。この年になってようやく、ステイのおじさん、おばさんご夫妻のご苦労が少しずつわかるようになってきたものの、毎年バーベキューをご馳走になり、相変わらず甘えてばかりです・・・。
もう今はホームステイを閉寮されて、ご夫妻ふたりの生活に戻られています。部屋も風景もあの時のまま。変わって欲しくないという気持ちと、人気がなくなった部屋に寂しさを感じる気持ちと。
僕がいま密かに思い抱いていること。それは、おばさんが趣味にされているお茶のために、広い庭の一角に小さなお茶室をつくることです。それは僕のささやかな恩返しの気持ちです。なぜって、この寮の部屋の中で、僕はコルビュジエ著「建築をめざして」を読みながら、建築家への道を夢見たのですから。

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桜の樹の下の屋台

2009-02-19 18:54:56 | 日々

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自宅近くに、焼き鳥の屋台があります。小さな疎水べりに桜並木が続いていて、一本の桜に寄り添うように、その小さな屋台は建っています。もう動かすつもりはないのか、車輪などはついていません。格納してある板戸をぱたんぱたんと折りたたみ、カウンターをおこすと、ちいさな店に早変わり。それにしても日本の大工さんの知恵と技術はすごいもんですね。これだけの可動部分を綺麗におさめ、収納時にはミニマムな美しさすらたたえています。

とにかく小さくコンパクトにできているその屋台は、夕方にオープンします。おやじさんがひとり入るのがやっとの大きさ。屋台のカウンターの真ん中にひとつ、小振りの瓶が置いてあって、焼き始める前にその中に一回、ちゃぽんと串をつけます。それを炭火で焼きます。

赤い提灯の光。裸電球に照らされた、すすけたお品書きと、串の数々。もくもくとあがる煙。じじじ・・・という静かな焼き音。さらさらと疎水の流れる音。そのゆっくりと流れる時間に、なにか心落ち着く気持ちになります。時代がどのように変わろうと、ここだけは変わらない時間が流れているような。いえ、ここだけは変わらないでほしいと願いたくなるような。

仕上げにもう一回、瓶に串をちゃぽんとつけます。秘伝の、たれ。少しずつ足しながら使い続けているのでしょう、この複雑な味は一体なんだ・・・?

仕事が終わるのは、日付が変わる頃。しゃっしゃっしゃっと、後片付けの洗う音が、しんと静まりかえった辺りに響きます。辺り一帯の落ち葉もきれいに掃除され、翌朝にはいつも通り小さく、口を真一文字に結んだようにきゅっと引き締まって、屋台は桜の木に寄り添っています。こんな光景が変わらぬことを心のどこかで願いつつ、その脇をすりぬけて事務所に向かいます。でも、桜のある疎水べりという場所が、どこか儚げなんだよなあ。そういえば、日本の美しい風景も、どこか儚げなところに美徳があった。

今年の正月、屋台にはきちんと正月飾りがしつらえられていました。古びた屋台に、凛とした尊厳がやどっているような、そんな雰囲気でした。簡素なもののもつ美というのは、本来こういうことを指すのかもしれません。

桜の樹の下にある屋台。梶井基次郎の「桜の樹の下には」ではありませんが、桜というのは、いろんなことに思いを馳せさせる力をもっていますね。桜の季節まで、あともうすこし。

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