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つくっているもの

2009-01-30 15:28:02 | 日々

日々の暮らしを楽しくしていくために、どういう風にしていけばいいんだろう?特に住宅を設計する立場の人間として、よくこんなことを考えています。

たとえば昼食。簡単に何かを作って食べ、お茶を飲んで一服。ごく短時間であっても、居心地の良い場所でそんなぼけ~っとした時間を持てるのは、幸せなことなんだろうと思います。今ここで感じている居心地の良さは、一体なにによってつくられているのでしょう。

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目の前にあるもの。食べ終わった後のお皿。おはし。フライパン。ダイニングテーブル。この中のひとつでも、僕がデザインしたものはあっただろうか?いや、ない。目の前にある光景で僕がデザインしたものは、これらの食器や家具に降りかかる自然光の雰囲気、ただそれだけかもしれません。でもその光があることで、たんなる事物が美しく見える。たんなる日々の暮らしがちょっと居心地の良いものになる。かたちあるものだけでなく、それらを美しく浮かび上がらせる自然光の雰囲気をきちんとデザインすることが、建築家の大切な仕事なんだと常々考えています。

物事を写真に撮るというのは、どうしても形とか色とかが中心になってしまうけど、柔らかい光と居心地の良さだけを写真に撮ることができたら、空間の伝え方も変わるんだろうなあ、きっと。

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世界ふれあい街歩き

2009-01-16 14:34:32 | 日々

僕が好きなテレビ番組に、NHKの「世界ふれあい街歩き」という番組があります。世界各地の街を、まるで自分が街中を散歩していくようにカメラが巡っていく、というものです。道すがらの店に寄り道したり、すれ違った人に声をかけて会話をしたり・・・。オトボケ調のBGM、俳優たちの個性あふれるナレーションも魅力で、かしこまった旅番組というより、このゆるゆるさ加減がちょうどいい。日曜日の夜11時半~という時間も、なんとなく休みをこの番組で締める感じでちょうどいい。

仕事がら、視察を兼ねていろいろな街に行ったりしますが、建築関係の案内書だと、建物単体しか載っていないし、ガイドブックだと、やはり名所とか名店といったピンポイントの情報ばかりで、なかなか街の雰囲気というか、空気感を伝えてくれるモノがないんですよね。その点すばらしいのがこの番組。名所巡りは意外になくて、積極的に路地裏なんかにはいってくれたりして、街の息吹や質感を伝えてくれます。

旅に行ってから長く時間が経ったその後、どんなことを思い出しますか?僕の場合は、無意識に見ていたシーンや、街の音など、そんなものが断片的によく思い出されます。しかも行った直後というより、長い時間をかけて、記憶の深みから徐々に浮かび上がってくるようにして。そういう無名のシーンや音というのは、いわゆるガイドブックに載っている類のものではなくて、個人的な街のイメージとして残ったものなのでしょう。「世界ふれあい街歩き」は、そんな無名なものたちを、少し拾い上げてくれている番組なのかな、とも思っています。

2006年に始まったこの番組は、ベネチア巡りから始まったようです。やはり人気の街からなんですね(笑)。下の写真は放送2回目で紹介されたポルトガル・リスボンのもの。2年前に旅したときに撮ったものです。ある教会の出口でしょうか、場所はよく覚えていません。ただ、この瞬間のイメージははっきりと覚えています。扉の向こうからはいってくる光。磨り減った石の床。古びた路面電車のきしむ音。ガイドブックには載っていない、生きた街のイメージ。

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実さんしょ

2008-11-15 17:34:52 | 日々

京都の漬け物で、とても好きなものがあります。その名も実山椒。つまり山椒の実ですね。上賀茂神社の傍にある老舗の漬け物屋「なり田」のものが絶品。「実さんしょ」という名前で売られています。

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用事あって京都に行った父親が、ミヤゲで買ってきてくれました。この味は何と表現したらいいんでしょうかね、なにやらす~っとする感じ。温かいゴハンにそのままのせるも良し、お茶漬けにするも良し。それだけで充分なほど、いい意味で刺激的な(?)味なのです。本当は料理にぱらぱらっと振りかけたり隠し味にしたりするものなんでしょうけど。

それにしてもこの漬け物屋「なり田」。京漬け物「すぐき」をはじめ、美味しいのが評判で、遠方から買いに来る人もいるそうです。上賀茂社家町に面した風流な佇まいをしたお店です。支店は京都駅内の伊勢丹などにあるようですが、やはり品数は揃わないようです。交通の便は悪いですが、漬け物好きの方は、ぜひとも一度上賀茂へ。

もうだいぶ前のことになりますが、NHKの朝ドラで、漬け物屋が舞台になったときがありました。僕が中学生ぐらいのときだったかな。それで漬け物屋が急に脚光を浴びて、「漬物屋さんはぎょーさん儲かってはるみたいやでぇ」なんて会話をよく耳にしました。そして確かに「なり田」の看板おばちゃんも、高級国産車に乗り、ご自慢の前歯の銀歯が「金歯」に変わったのを見つけ、衝撃を受けた(笑)記憶があります。

それからもう何年も経ちますが、「なり田」の漬け物は変わらぬ美味しさを保ち続けています。どこぞやの料亭みたいに品格を落とさずに、よう頑張ってくれはった。今日の「実さんしょ」も絶品でしたよ。

いよいよ冬も間近。京漬け物は、これからが一番美味しいシーズンを迎えます。上賀茂名産「すぐき」も、ぜひ多くの人に召し上がっていただきたいものです。僕も機会があれば、今冬にまた行きたいなあ。

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ホームカミングデイ

2008-10-19 17:16:02 | 日々

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僕の出身高校・早稲田大学本庄高等学院で、この週末にホームカミングデイなるものがありました。学校全体の同窓会のようなものでしょうか。創立25周年を迎え、同窓会活動も積極的に行っていこうという主旨でした。第1期生でもまだ42歳、社会で中堅を担うようになってきた、といったところでしょうか。僕は9期生なので、学校全体からみれば古い方ですが、それでもまだ歴史の浅い学校ですね。

京都で生まれ育った僕が、なぜ遠く離れたこの高校を志望したか、今では判然としませんが、この学校の特色は「ホームステイ制度」があることでした。ホームステイといっても小さな寮のようなものですが、日本国内のみならず、世界中から帰国生が集まることに特色がありました。中には欧米での土足文化に慣れていて、靴のまま家の中にあがってくる学生もいたそうです。いろいろな方言が飛び交い、不思議な学校でした。

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僕が入学した18年前は、駅前こそ民家や商店がそれなりにあったものの、少し駅から離れれば田畑が広がる田舎でした。そこからさらに進んでいくと、丘のような山があります。その山の上に、高校はありました。赤松の林を抜けてケモノ道を上っていくと、鉄筋コンクリート打放しの校舎がありました。給水塔を中心に、中庭を囲むように回廊型に連なるグレーの空間。そのなかを黒い学生服姿の高校生が行き交う光景は、さながら山の上の修道院のような雰囲気だったかもしれません。しかし男子校の高校生が修道士のように大人しいはずはなく、いわば「山の上のおサルさんたち」という方がふさわしかったでしょうか(笑)

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山には700余名のおサルさんたちに加え、野生のキジ、鷹、まむし、野良犬、猫が自由気ままに暮らしていました。冷房が整っていなかった当時、教室には開け放した窓やドアから自然からの「来訪者」がよく出入りし、いろいろなハプニングも起きたものでした。

京都から上京し、上野を経由して群馬方面に向かう道中、だんだん街の喧噪が消え田舎になっていく車窓の光景を見ながら、入学したばかりの慣れない頃には、寂しく感じたことを記憶しています。遠い昔のことのようでありながら、今でも鮮やかによみがえる記憶の数々。コンクリート打放しという初めての「建築」に触れた記憶。同期6人の寮生活の記憶。そしてそのなかで、父親から送られたル・コルビュジエの著作「建築をめざして」を読みながら(もちろん意味はよくわからなかったけど)建築への興味を確かにしていった記憶。たった3年間の短い期間だったけれど、第2の原風景とも呼ぶべきものになったように思います。

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女神まつり

2008-10-13 20:39:44 | 日々

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地元の自由が丘でこの週末、「女神まつり」が開催されました。今年で36回目となるこの祭りは、いわゆる「祭り」のイメージとは異なる雰囲気をもっています。街にはためくフランス国旗、フランス料理やモロッコ料理の屋台の数々、陶磁器の出店などなど・・・。確かにどこかパリの下町クリニャンクールの蚤の市の賑わいを彷彿させます。というより、そういう雰囲気を出すように企画しているんでしょうね。なので御輿やハッピはありません。シャンソン歌手が歌い、ワインを飲みながらジャズを聴く。

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僕の生まれ育った京都には、由緒ある有名な祭り~祇園祭、時代祭、葵祭~があるにしても、それらは決して庶民が参加するための祭りではありませんでした。盆踊りなども記憶にありません。祭りは、近くて、遠い存在。京都にはありがちな感覚ですが、そんなようなものでした。ですから、祭りというものに対し、どこか淡泊な感情が育ってしまいました(笑)。東京に来て、庶民が参加し楽しむエネルギー溢れる祭りを目の前にして、少しそんな気持ちも変わりました。

「女神まつり」の「女神」とは、駅前にたつ銅像の名前です。翼をつけた天使のような像。地元の人々にとっての「自由が丘らしさ」は何かというアンケート結果で、この女神像も多くの票があったようです。そしてこの祭りのスタイルも自由が丘らしさの大切な面だという意見が多いようです。街並みに「らしさ」が出ることは素適ですね。

いつもは、仕事帰りに駅前広場の会場で開かれるジャズコンサートを聴く程度だったのだけれど、今年は昼から繰り出し、クスクスだのワインだの、いろいろ食べたり飲んだり。祭りに参加したわけじゃないけど、ようやく少し地元の名物を知ったかな?

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