写真エッセイ&工房「木馬」

日々の身近な出来事や想いを短いエッセイにのせて、 瀬戸内の岩国から…… 
  茅野 友

金属みがき

2011年05月17日 | 生活・ニュース

 毎朝のことであるが、トイレに入って便座に座ると、まずラジオのスイッチを入れ、無意識の内にロダンの「考える人」のスタイルになって眼をつむる。
 
 今朝は久しぶりに眼を開けて、室内に据え付けてある調度品を観察してみた。背中側には水タンクへ向かう細い水道配管が壁面から飛び出してている。左前方には手洗いが設置されていて、床に向かって太い排水管が下がっている。手洗いには、押すだけで水が出てくる水栓が付いている。
 右前方には男子用の便器があり、これにも押せば洗浄水が出てくるプッシュ式のボタンがある。これら何れの水栓金具にはクロムメッキが施されている。錆びている訳ではないが、表面は新品の時のような輝きは失せている。

  「よしっ、今日の仕事はこれだ!」。 朝食を終え、家じゅうの水栓金具をピカピカに磨くことに決めた。こんなことをするのはいつ以来だろう。掃除の時に、ぞうきんで拭くことはあっても、これを磨いた覚えはここ10年以上もない。
 まずは小道具をそろえなければいけない。そういえば、車のメッキ部品を磨くために買っておいた液状の「金属みがき」が納戸に置いてあることを思い出して取り出した。軍手をはめ、その上に少量の液体を落とし、各水栓をごしごしと両手で揉むようにして磨き上げていった。
 
 作業前、素手で触るとざらざらしていた感触のメッキ部分が、見違えるようにつるつるになっていく。効果が目に見えて現れる。これは仕事というよりも、面白い遊びのように思われるほど楽しい作業だ。
 トイレが終わった後、順序は逆になったが台所や洗面所の水栓もみんな磨いた。これに飽き足らず、玄関ドアの大きなパイプ状の取っ手まで光らせた。たちまち、家じゅうのクロムメッキの金具は、漫画でよく見るように、きらきらと輝く星がいくつも飛び出しているように見える。
 当初は光り輝いていたものが、いつの間にやら初期の輝きを失っていたことに気がついた。しかし、ちょっと手を加えてやっただけで、また元のように光り始めた。

 輝きを取り戻した水栓を眺めながら、今の自分を振り返ってみる。ここ数年、たわいない眼先のことで忙しいふりをしているばかりであった。自分磨きを怠っていたように思う。ここはひとつ、金属みがきならぬ自分を磨くために、しばし非日常の世界に浸る作戦を立ててみることにした。どんな計画を立てようか。実行する日だけは、何故か7月10日からと決めている。