20年前、人間ドックに入ったとき、腹部エコー検査で膀胱に小さな腫瘍が見つかり、内視鏡手術で切り取るという手術を受けた。以来、半年ごと膀胱に内視鏡を入れて腫瘍の有無を検査することを繰り返してきたが、10年前からは1年に1回となり、2年前からは3か月ごとの尿検査で済ませるようになっている。
膀胱の内視鏡検査は、膀胱鏡(ぼうこうきょう)検査ともいわれる。直径6mm、長さ30cmくらいの金属製の筒を、尿道口から挿入して尿道と膀胱を観察する検査である。当初は検査の前にあらかじめゼリー状の麻酔薬を筒を挿入して塗り込み、その後内視鏡を挿入して検査していた。想像してもらえばお分かりいただけるように、麻酔薬を塗ったくらいでは痛いことに変わりはない。医者が「口を開けて楽にしていて下さいよ」などと言いながら筒を挿入していくが、その間、両手で握りこぶしを作り必死でこらえていた。
20年近くもこんなことをやっていると、徐々に慣れてくるというか鈍感になってきたというか、最後の頃は医者が「麻酔と検査とで2回も筒を挿入するより、麻酔なしで1度の挿入でやりましょう」といい、麻酔なしでやるようにまで慣れてきた。ここまでくればもう膀胱鏡検査のベテラン患者といえる。とはいえ痛み回避のコツは「リラックス」というが、挿入する場所が場所だけに心身ともにリラックスとは中々いかない。
昨日、広島へ出かけ3か月ごとの定期検査を受けた。担当医師はいつもの50数歳の人の良い気さくなスポーツマン。前回雑談で、「膝が痛くて手術をしなければいけなくなった」と話していた。手術をしたのだろう。診察する机のそばに松葉杖が1本置いてある。「膝の手術はうまくいきましたか」と聞くと「もう少しで杖が要らなくなりそうです」「良かったですね」とのやり取りの後、医師が変なことを話し始めた。
「下半身麻酔で手術をした。手術後、歩くことが出来なかった間、ベッドの上で尿道にチューブを入れて排尿したが、そのチューブを入れるのが痛くて痛くて。自分で入れようとしてもうまく入らなくて」と苦笑する。「チューブや筒を入れるって、結構痛いですねぇ」と初めて自らの経験を話し始めた。「どうしたら痛くないですかねぇ?」と、患者の私に聞いてきた。その道、いや、尿道のベテランと認めているからであろう。
医師と患者の男2人が、しばらく尿道にチューブを入れる談義をした。別れぎわ医師に話した。「先生も、これで身をもって患者の痛みの分かる医者になられましたね」というと大笑い。同病ではないが、同じ秘所に痛みを経験した者同士だ。剣道、いや柔道、いや尿道のお陰で、今までよりほんの少しばかり心身鍛錬が出来、先生と私との絆も太くなった。