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小説 人生の最終章(5)

2007-04-09 13:09:50 | 小説



 季節はどんどん移り変わり、爽やかな風を感じていたのが、もう夏日と言う言葉も聞かれるようになった。沖縄地方はすでに梅雨に入っていて、関東地方も近々(ちかぢか)雨の季節を迎える。
 けいも夫の死後、自分一人分のこまごまとした雑事は、あまり時間をとらない。例えば食事、夕食も大げさな献立はなくなった。イタリア料理にワインを楽しむというのも過去のものとなった。洗濯にしても掃除にしても、このマンションに越してきてからは、一時間もあれば十分だった。
 時間に余裕が出来て体を動かさなくなったので、健康のため近くのスポーツジムでトレーナーの指導を受けて鍛え始め、ジョギングも短い距離を楽しむようになった。
 今日も二十五度という夏日で、ジョギングをすると汗が浮き出てくる。ゆっくりと五キロのジョギングを終えてシャワーを浴びて、鏡に映る体を見ると五十一歳とはとても見えないほど張りがある。
 ふくよかな胸や弾力性のある太ももはまだ魅力を失っていない。ただ、ウエストと下腹に贅肉のかけらがつき始めている。オスはこの肉体を見ると、必ず奉仕するはずだ。そんな自信を少しは持っている。
 ふと、先日の香田の言葉が甦ってきた。外房に行こうと言っていた。外房は亡夫の実家があったところで、よく行ったものだ。こんな季節、海で過ごすのも悪くない。誘いにのるか乗らないかで、ずいぶん逡巡してきた。なぜなのかはよくわかっている。亡き夫に悪いと言う気持ちのためだった。ずいぶん古風なと思われるかもしれないが、浅見けいはそういう女だった。とは言うものの、体の片隅では、寂しさを癒すある種の温もりを求めているのも確かだった。



 香田はメールを送ろうか、どうしょうかと何度も考えていまだに決めかねている。浅見けいを誘ってから、もう一ヶ月近くも経つが、彼女からも何の音沙汰もない。男はある程度強引さがないと、女も応えないのではないかとも思う。それは若くて向こう見ずな年代ならば許されるのか。いや、そうではあるまい、情念というのは年齢に関係はない。
 返事がなければ、こちらから返事を求めればいい。メール・アドレスを教えてくれたのは、交信を否定しているものではない。

「浅見けい様
その後いかがお過ごしですか。よもや風邪などの病に侵されて、臥せるということはないでしょうね。先だってのお願い、いかでしょうか。ご返事をくれぐれもお願いいたします。
                              香田 順一」
コメント
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