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小説 囚われた男(28)

2007-01-28 13:34:34 | 小説
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 同じ日曜日の午後六時。小暮さやと東の妻だった東桐世本名塚田美千代の二人は、マンション「信長」の近くにある、和風レストラン『秀吉』で向かい合って座っていた。
 テーブルには、てんぷら、刺身、茶碗蒸し、鯛の酒蒸し、野菜サラダそれに生ビールが並んでいる。ビールを口に運びながら
「それでどうするつもり?」さやが先を促す。
「いずれあのマンションを売って、移りたいと思ってるわ。事情を知ってる人は買ってくれないだろうし、場所柄、法人の社宅か出張社員の宿泊場所と言うのも考えられるので、法人にあたってもらうつもりよ」と美千代は言いながら鯛の刺身をつまんだ。

「仕事は続けるの?」とさや。
「もう、潜入捜査官はムリね。一回ぽっきりで、見返りの報酬も多額だったから引き受けたけど、二度としたくないわ。誰かの妻になるなんて。売春婦にでもなった気分よ。もし人権団体が知れば騒ぎ出すでしょうね。人権なんてゼロだもの」
「適当な人がいれば、再婚するとか」
「ええ、愛せる人なら考えてみる価値ありね」美千代は遠くを見つめる眼差しになった。

 美千代は急に我に返ったように
「わたしを殺す人ってどんな人? 同じ殺されるにしても、相手が分かった方がいい場合もあるでしょう」
「そうだけど、普通そんなふうに考えるかなー。まあ、素敵な人は確かね。ハンサムで筋肉質な体を鍛えてるって感じよ。それに優しいわ。それと、もう彼はわたしたちの味方よ」とさやは言いながらにこりとした。
「男嫌いのさやが言うんだから、相当素敵な人のようね。なんだか気になってきたわ」
「ところで、金曜日の件だけど確実になった?」とさやが真剣な顔で聞く。
「今週の水曜日あたりに確実になるわ。それまで待って」おいしい料理とビール、いつものように笑い声に包まれながら、夜は更けていった。

コメント
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