港区まち創り研究会(まち研)ブログ

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CHAT GPTを試してみました

2023-02-26 20:49:22 | まちづくり
今はやりのAI「CHAT GPT」を試してみました。
的確な答えが返ってくるので、驚きでした。質問を続けているのが楽しくなります。
みなさんがこれを使いだすと、知識を得るとか勉強が必要なくなるのでは。
世界で最初につくられた都市はどこですか
世界で最初に作られた都市ということについては、定義によって異なります。しかし、一般的に考えられているのは、紀元前4000年から紀元前3500年の間に、メソポタミア地方にあるシュメール人によって、エリドゥという都市が建設されたということです。
エリドゥは、現在のイラク南部に位置し、都市国家として発展しました。エリドゥは、灌漑農業を発展させ、都市の成長と繁栄につながりました。また、エリドゥは、シュメール文明の中心地の1つであり、シュメール文明は、人類史上初めての都市文明の1つでした。

エリドゥの人口は何人ですか
紀元前4000年から紀元前3500年の間に建設されたエリドゥの人口については、正確な数字はわかっていません。ただし、考古学的な発掘調査により、エリドゥは紀元前3000年頃にはおよそ5,000人から10,000人程度の人口を抱える都市として発展していたと考えられています。
エリドゥは、当時の都市としてはかなり大きな規模を持っており、シュメール文明の中心地の1つでした。都市の発展には、灌漑農業による農業生産のエリドゥは上水道、下水道はありましたか
エリドゥが建設された時代は、上水道や下水道といった現代的なインフラストラクチャーは存在していませんでした。しかし、エリドゥは、水を取り込むための灌漑用の運河や排水用の排水路を持っていました。また、都市内には浴場やトイレのような施設もありました。
増加や、商業の発展などが寄与していたとされています。
エリドゥの都市計画は、縦横に道路が引かれ、市内を水路が流れていました。この水路は、浸透した水を都市の外に運び出すために使用されました。また、エリドゥは、その後の都市計画の発展に影響を与えたとされています。

エリドゥの都市の大きさはどのくらいですか
エリドゥの都市の大きさについては、正確な数字はわかっていませんが、紀元前4000年から紀元前3500年の間に建設された都市としては、かなり大きな規模を持っていたとされています。エリドゥは、縦横に道路が引かれ、水路が流れ、広い公共広場や寺院、宮殿、住居が建設されていました。
エリドゥの発掘調査によって、都市内に多数の建物が存在していたことが確認されています。また、エリドゥは、当時の都市としては珍しい城壁を持っており、周辺の砂漠地帯からの攻撃から都市を守ることができました。
一方で、当時の都市としては限られた規模であり、後にエリドゥよりも大きな都市が発展していきました。

寺院、宮殿、住居はどのような建築材料でつくられていましたか
エリドゥの寺院、宮殿、住居は、主に粘土やレンガで作られていました。当時のエリドゥでは、石材は豊富ではなかったため、代わりに土やレンガを主要な建築材料として使用していました。このような建築材料は、熱や乾燥、湿気といった環境条件にも耐えうる強度がありました。
また、エリドゥの建物は、しばしば塔状の構造を持ち、レンガや粘土で建てられた階段や狭い通路を備えていました。寺院や宮殿は、天井が高く、入口には大きな門がありました。また、住居は、しばしば複数の部屋や庭を持ち、一定の豪華さがありました。
これらの建物は、エリドゥの文化や宗教、政治的な権力の象徴であったとされています。


これって、私の都市計画の知識をはるかに凌駕しています。
これで、論文、講義ができますね。
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