2005年から町会活動に関わり今年で20年になります!
特に、私は町会活動に関心があったわけではなかったのですが、菓子前会長に見込まれたのが運のつきで引き込まれてしまいました。
副会長を2年勤めて、2007年から町会長に任じられました。
前会長の努力で2006年会費の値上げなど規約を改正していただいたので、財政面で不安がなかったのは助かりました。
松ヶ丘会は戸建て住宅の会員が多いのと古くから居住している会員が多いので、比較的コミュニティ意識が高い地域でした。
町会活動は比較的やりやすい町会でしょう。
私の在任中は、幸い犯罪、火災も少なく、大きな災害もなかったので平穏にすぎて助かりました。
2011年、東日本大震災がありましたが町会ではほとんど被害はなかったです。
在位期間中、町会周辺に高輪子ども中高生プラザ、直通エレベータ、高松くすのき公園、HUG高輪複合施設など公共的施設が次々と建設されました。
住民にとってとてもありがたい施設なのですが、反対される方もおられてその調整に苦労しました。会議が多かったです。
できてみると、みなさん、喜んでおられるのでよかったと思いました。
また、戦後できた町会なので、古くからあるお祭りなどの年中行事がなく、うかい区議会議員、高輪一丁目アパート西田会長さんたちと相談して「高松桜まつり」を立ち上げました。
最初は、区の助成もなく手作りのおまつりで、机やいすなどを東海大学付属高輪台高校から借りたりして体をはっての準備で疲れました。
そのうち、東京都や港区の助成金がつき、地域のいろいろな団体も参加し、盛り上がり、また、楽になりました。
今年で11回になりますが、大分地域に定着してきた気がします。
防災についても地域の防災連絡協議会がしっかりした活動をしており、いざ災害という時には頼りになると思いました。
町会活動を20年して感じたのは、町会内部のまとまりだけでなく、周辺町会とのつながり、高輪地区総合支所、高輪警察署、高輪消防署、高輪子ども中高生プラザ、あいはーと・みなと、高松中学校、高輪台小学校、東海大学など周辺諸団体との連携の大切さを痛感しました。
2020年、上皇陛下ご夫妻が町会のとなりの高輪皇族邸に来られることになり、町会を散歩されるかと期待していましたが、ちょうどコロナ禍の時期と重なり、ほとんど町内を散歩することはなかったようです。一度だけ早朝お歩きになったようでした。でも、高輪をおたちになる日、高輪皇族邸に呼ばれてご挨拶できたのは、一生の思い出になりました。
昨年、町会長を梅津さんに引き継ぎ引退しようと思っていましたが、あれこれ残務やら引継ぎがあり顧問として残りました。
そんなわけで、20年町会活動に関わってしまいました。