今日は、この街にいます。

昨日の街は、懐かしい記憶になった。そして・・

634 津和野(島根県)日溜まりにアンペルマンの城下町

2015-04-20 16:15:19 | 鳥取・島根
山陰に行こうと思い立ち、いろいろプランを練っているうちに、山口路を廻ってみようということになった。なぜ山口なのかは説明が難しいが、滅多に行く機会がないから、という思いがあったのだろう。萩・石見空港から山口県をぐるっと回る計画で、島根県南部のその空港からは津和野を通って山口に向かうことになる。閑散とした地方空港だろうと想像していたら、行きも帰りも飛行機は満席だった。年度末、世間は慌ただしいのだろう。



津和野は山峡の盆地にある。城下町だというが、城跡は山のてっぺんにあって、どうやったら行けるのか分からない。稜線を鋭く切る石垣が望まれて興味深いのだが、8年前に来たとき同様、今度も街から見上げるだけにした。時代が落ち着いてからは殿様も里に降りて暮らしたのだろう。ささやかな藩庁跡などが残っている。その辺りが観光の中心地らしく、観光バスで運ばれて来たジジ婆やバックパックの外国人カップルで賑わっている。



私は津和野は2度目だから、物珍しさはない。だが以前来たとき同様、この街には好もしい印象を覚えることになった。街は観光を目指すことを自認した上で、観光客向けに商業施設や街路の整備を進めている。ただ往々に見かける、安っぽい土産物屋が軒を連ねるという光景はなく、だから客を呼び込もうと懸命に目を光らす商売っ気も薄い。そして温泉地でもないから、通りに気怠いいかがわしさが漂うこともない。清潔で明るいのだ。



見覚のある種苗店があった。目抜き通りの真ん中で野菜の苗や種を売っている。本業はそっちなのだろうが、土間には結構目の利いた焼き物が並べてもある。前回購入した酒器が今も置いてあって、「大川内山の鍋島です」と女主人は言った。当時はそれも知らずに買ったのだが、後で調べると「辻が花」というシリーズ物だった。ほかの店でも地域特産の石見和紙は当然として、作家ものなどいいものを置いている。だから値札も結構な数字だ。



隣りの呉服店に入ってなかなか出てこなかった連れが「久しぶりにしっかりした呉服屋さんを観たわ」と感心しながら戻って来た。展示、品揃え、応対のどれもがきちんとしている店だという。織物に疎い私は「こんな小さな街で呉服が商えるのか」と、そんなことの方が驚きである。種苗店にしてもこの呉服屋さんにしても、観光地の行きずりの商いとは一線を画している。それが城下町の気概というものか、津和野に通底する心地よさだ。



向かいの造り酒屋で新酒の利酒をいただいていて、アンペルマンを見つけた。ドイツの、旧東ドイツ地区で今も活躍中の、歩行者用信号のキャラクターだ。妙に嬉しくなって「どうしてここに?」と訊ねると、「鴎外さんの縁で」という答え。なるほど、ベルリンに留学した森鴎外はこの街の出身である。それで津和野町はベルリン10区と姉妹都市関係にあり、交流を続けているのだという。鴎外の生家は、長府の乃木希典旧家と似た佇まいだ。



街が見晴らせる高台に登った。外界とは山で隔てられた小宇宙は、掌で掬い取れそうな可愛さである。一筋の川の流れを頼りに人々の暮らしが始まったのだろう。この街から巣立ち、この街に帰った安野康光画伯は、懐かしい時代の古里を描き続けているという。おそらく画伯最後の大作になるのだろう。こうした才能を生んだ街は幸いである。暮らしの記憶が描き留められて行く。それはまた、訪ねる者にも幸せなことである。(2015.3.29)












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