万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

韓国司法の判断はオウンゴールでは?

2019年12月28日 17時11分26秒 | 国際政治
 昨日の12月27日、韓国では、ソウルの憲法裁判所は2015年末に日本国政府と韓国政府との間で成立した慰安婦問題に関する日韓合意について、法的拘束力を認めない判決を下しました。ネット上では既に‘異常’という言葉が躍っていますが、この判断、慎重に考えてみる必要があるように思えます。

 「合意は守られなければならない」とする格言は、国際社会における条約を律する条約法条約の前文にも見受けられ、人類普遍の行動規範とされています。この規範は、国際社会のみならず社会一般において共通しており、合意の遵守はあらゆる関係に安定性を与える基礎でもあります。この大原則からしますと、韓国の憲法裁判所の判断は国際法の原則から逸脱しており、裁判所が法の基本原則を公然と否定した前代未聞の珍事とも言えましょう。この意味で、韓国の憲法裁判所は司法機関としての適性が疑われますし、合意を反故にされた日本国側が憤慨するのも同然のことです。

その一方で、‘原則の例外をどのような場合に認めるべきか’という問題に視点を移してみますと、日本国側にも、若干、韓国司法の判断を肯定的に考えてみる余地があるようにも思えます。この薦めは、韓国側の肩を持っているのでは決してなく、日本国側にもメリットとなるからです。‘例外なき原則はない’とする言葉もありますが、時と場合によっては、合意の誠実な履行が‘不可逆的’、かつ、‘不当’なる不利益を当事者の一方に与える場合があるからです。

例えば、ロシアが北方領土の領有を主張する際に根拠とするヤルタ協定は、ルーズベルト米大統領の独断によるものであり、上院の承認なき密約です。また、村山談話をも凌ぐ過剰な贖罪表現に満ちた日朝平壌宣言も、国会での批准手続きを経たわけではなく、当時の小泉純一郎首相が北朝鮮の金正日委員長と結んだ政治的な合意に過ぎません。国家の首脳や独裁者が勝手に結んだ合意がその国を無条件に法的に拘束するとなりますと、国益が著しく損なわれかねないのです。そして、政治の世界では、しばしばトップ間合意の形態は民主的手続きをスルーする抜け道となり、国民世論を無視する手段となってきいたのです。

2015年末の日韓合意についても、実際には、韓国側に極めて有利な内容であったにもかかわらず、韓国では対日譲歩とする批判が噴出する一方で、日本国内でも徹底的な事実追求と国際司法による解決を求める声がありました。しかも、それが、韓国が主張する日本軍による朝鮮人女性の強制連行説を国際社会において定着させるならば、日本国を永遠に不名誉な地位に貶めることになりましょう。結局、双方が不満を残す解決となり、どこかすっきりしない、賛否が分かれる合意内容であったのです。

 こうしたトップ合意のリスクからしますと、韓国の憲法裁判所が日韓合意を書面の交換や国会の承認を要する条約とは違う政治的な合意に過ぎないとし、政府間合意と条約とを区別した点については、頭から否定する必要はないのかもしれません。韓国司法としては、日韓合意の履行義務から逃れるためにこうした区別を行ったのでしょうが、韓国司法の自己中心的な思惑は別としても、政治的合意、特に、民主的手続きを経ない合意と国民多数の支持の下で正式なる批准手続きの下で成立した条約との区別そのものは、可逆的な安全装置ともなり得るからです。

このように考えますと、一先ずは、政治的合意と条約を区別することには一定の意義はあるとは言えましょう。それでは、政治的な合意が崩壊した慰安婦問題は、どのように解決すべきなのでしょうか。

第1の案は、今般、韓国の憲法裁判所は条約については法的拘束力を認めていますので、1965年の日韓請求権協定を法源として国際司法の場で解決するというものです。事実としては、当事、朝鮮半島出身の職業婦人たちが多く存在しており、その未払い分の給与なども同協定の内容に含まれていたはずです。同協定が定める仲裁委員会であれ、他の国際司法機関であれ、この点を裁判の争点とすることは可能です。

第2の案は、日本国政府が、韓国に対して同問題を国際司法裁判所、あるいは、常設仲裁裁判所に共同で提訴するよう要請することです。おそらく、韓国側は、人権問題として提訴するのでしょうが、法廷の場における事実認定に際して曖昧にされてきた事実関係が明るみになりますし(慰安婦被害の大半は民間事業者による犯罪…)、日本国政府の国際法上の法的責任の有無もはっきりします(例えば、韓国側が国家権力による強制性を証明できなければ、強制労働ニ関スル条約も適用できない…)。

そして第3の案は、改めて慰安婦問題の解決に関する‘条約’を韓国と締結することです。もっとも、この方法では双方に不満が残るでしょうから、最も可能性が低い案と言えましょう。

以上に幾つかの解決案を述べみましたが、実のところ、韓国側が政治的合意の法的拘束力を否定したことは、日本国に取りましては渡りに船であったかもしれません。政治的に解決できなければ、国際紛争の解決手段として残された道は、国際司法解決しかないからです。韓国側は、何としても国際司法解決を避けようとしてきましたが、今般の憲法裁判所の判断は、この意味において、オウンゴールではなかったかと思うのです。

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