万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

EUから見るRCEPの無理筋

2019-12-11 18:30:41 | 国際政治
 TPP11、並びに、日EU経済連携協定の成立に乗じて、日本国政府は、メンバー国を拡げた自由貿易構想としてRCEPの設立を強力に推進しています。インドの離脱示唆に慌てた政府は、何としても同国をRCEPの枠組に繋ぎとめたいようです。しかしながら、自由貿易構想とグローバリズムとの間の理論的な非連続性を考慮しますと、諦めも肝心なように思えるのです。

 この問題は、イギリスのEU離脱や東欧諸国の移民受け入れをめぐる‘反乱’など、EUが曲がり角を迎えた要因でもあります。一般的には、グローバリズムは自由貿易主義の延長線上にあり、両者は連続性を以って理解されています。しかしながら、比較優位説を中核とする古典的な自由貿易理論を以ってグローバリズムを説明することも、理論的根拠を与えることもできません。そして、ここで気づかされることは、自由貿易主義の失敗がグローバリズムを正当化したのではないかと逆説です。

 EU(当時はEC)が市場統合に本格的に取り組むようになった80年代にあって、同プロジェクトを支える根拠としてしばしば取り上げられたのが、市場の自律的調整力に関する理論です。自由貿易主義には、国際収支が不均衡に至った場合、金本位制を前提とした国際収支の自動調節理論が唱えられていたものの、ブレトンウッズ体制の崩壊により管理通貨制度に既に移行していた80年代にあって、市場の自律的調整力が期待されたのは、‘要素移動の効果’です。

もとより、EUは、その設立時にあってモノ、人、サービス、資本の4つの要素の自由移動を掲げていたのですが、モノ以外の他の3つの要素に関しては、遅々として進まない状況が続いていました。しかしながら、市場統合を目的として定めた単一欧州議定書がその転機となり、加盟国の規制緩和と自由化政策により急速にモノ以外の要素移動が進むこととなります。そして、通貨分野においてもユーロが誕生し、国境のない単一通貨圏がヨーロッパに出現するのです。特に、ユーロ圏の形成を支えた理論として知られているのが、ノーベル経済学賞を受賞したロバート・マンデル氏の『最適通貨圏理論』です。同理論を単純化すれば、通貨不足の国と通貨過剰の国があった場合、両者の間で自由に通貨が移動できれば、前者はデフレを克服し、後者はインフレを回避できるとするものであり、両者が単一通貨圏を結成すれば、市場に自律的な調整力が働くとするものです。同調整力は、通貨に拘わらず、あらゆる要素にも適用可能であり、要素移動が自由化されるほど、市場の自律的調整力は高まるとされたのです。

EUの自由貿易圏の形成から始まって金融・通貨統合にまで歩を進めた統合プロセスをみますと、自由貿易圏と単一市場は一続きの発展過程と見られがちなのですが、よく考えてもみますと、両者の間には必然的な連続性があるわけではなく、自由貿易主義の結果として貿易収支の不均衡が生じるため、市場統合による要素移動は、本当のところはその解決策の一つのように思えてくるのです。EUでは関税同盟を結成していますので、関税率の操作による貿易不均衡の是正はもはやできず、ユーロに加盟した諸国は、自国通貨の切り下げや金融手段も封じられているからです。もっとも、EUの場合には、加盟には厳しい条件を付し、限り加盟国間に経済格差がない状態を維持してきたのですが…。

そして、自由貿易主義に内在する欠陥についてEUの事例が参考となるのは、冷戦の終焉後における中東欧諸国がこぞってEUに加盟した時に整えた受け入れ態勢です。既存の加盟国と新規加盟国との間には著しい経済格差があり、これを機に、共通財源を有するEUは、地域政策等を中心に域内における財政移転政策を強化したのです。つまり、EUでさえ、自由貿易主義を徹底すれば加盟国間において経済格差が生じることを認識しており、この問題を政策的に解決するための手立てを講じているのです。

かくしてEUは、要素移動の自由化と財政移転政策の強化を両輪として加盟国間の‘不均衡’を是正しようとしたのですが、要素移動の自由化により移民問題を始めとした諸問題も持ち上り(‘多様性の調和’をモットーとして掲げながらも要素移動を完全に自由化すれば、国家の枠組は融解してしまう…)、ドイツの‘一人勝ち’とも称されたように市場の自律的な調整力も期待するほどには働きませんでした(中東欧諸国よりも、むしろ、より条件の良い中国に製造拠点や投資が向いてしまった…)。また、アメリカも、トランプ大統領が就任直後からTPPからの永遠離脱やNAFTAの見直し手に着手ており、自由貿易圏から市場統合へのプロセスの必然的発展も否定されたのです。そして、EUの如き統治機構を備えていない他の自由貿易圏がEUを模倣した財政移転政策ができないことは明らかです。EUを反面教師的といたしますと、やはり、EUよりもさらに大きな経済格差が参加国間に存在するRCEPには相当の無理があるように思えるのです(本当は、TPP11にも同様の問題がある…)。

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